第235話 裏切りと恭順
「オルトリンデ……どうかしたのか?」
昨晩から様子のおかしいオルトリンデを見かねて、スカジに尋ねる。
なにやら落ち込んだ様子で、ずっと暗い表情を浮かべているからだ。
ちなみに昨晩の内にホテルの部屋は引き払い、いまは〈トワイライト〉の支社が入っているロンドン市内のビルに滞在していた。
「主様から頂いた魔導具を失ったことを気にしているのかと」
魔導具? ああ、〈
なにを気にしているのかと思えば、言えば代わりの魔導具をだしてやるのに。
「オルトリンデ。代わりの武器だ。これからは、これを使え」
「え……」
黄金の蔵から壊れたものと同じハルバードをだして、オルトリンデの傍に置く。
俺の着ている外套と同じで、別に唯一無二の魔導具と言う訳ではないしな。
同じものがまだ何本か、蔵のなかには眠っていた。
「よろしいのですか?」
「ああ、これからは壊れたら俺に言え。代わりの魔導具くらい用意してやるから」
「ご主人様……ありがとうございます」
そもそも〈分解〉を使って装備を消したのは俺だしな。
そう言えば、金髪美少女と戦っていた理由をまだ聞いていなかったことを思い出す。あの戦闘がなければ、俺がスキルを使用することもなかった訳だし、理由を尋ねておくか。
「オルトリンデ。一つ聞きたいことが――」
昨晩のことをオルトリンデに尋ねようとした、その時だった。
扉をノックする音が、俺の声と重なったのは――
「主様。例の二人を連れてきました」
そう言えば、こっちの問題もあったな。
ん? 例の二人?
スカジの部下に連れられてやってきたのは、昨日のナイスバディのお姉さんと――
「シイナ!? え、どうして?」
呼んでくるように頼んだのは俺だが、なんで金髪美少女も一緒にいるんだ?
ナイスバディのお姉さんだけだと思って、こっちは変装していないんだが?
ほら、金髪美少女も俺の顔を見て驚いているし――
「あなたが〈楽園の主〉だったの!?」
◆
「主様の前ですよ?」
糸のようなもので身体を拘束され、床に転がるクロエ。
それを見た椎名は溜め息を漏らしながら、
「スカジ、やり過ぎだ。俺は気にしていないから」
「主様がそう仰るのでしたら……」
スカジを嗜める。
その光景を見て、椎名が〈楽園の主〉であることを再確認するオリヴィア。
楽園のメイドが傅く存在など〈楽園の主〉をおいて他にいないからだ。
それに昨晩、椎名から感じた魔力はクロエを凌ぐもので、オリヴィアですら意識を持って行かれそうになるほどのものだった。その魔力をまったくと言って良いほど、いまの椎名からは感じない。それが逆に恐ろしく感じる。
少しも身体から魔力が漏れていないと言うことは、あれほどの絶大な魔力を完璧にコントロールしていると言うことになるからだ。
それはもはや人間業ではない。
やはり神に等しい存在なのだと、オリヴィアは確信する。
「悪かったな。怪我はないか?」
「う、うん……こっちこそ、ごめんなさい」
クロエを気遣う優しげな声も、オリヴィアには空恐ろしいものに感じる。
クロエは世界に五人しかいないSランクの探索者だ。なのに落ち着いた椎名の態度からは、少しも警戒していないことが分かる。それは即ち、クロエを脅威に感じていないと言うことだ。
仮にクロエが万全の状態であったとしても、昨日のように対処できる自信があるのだろう。そんな相手に交渉を持ち掛けようとしていた自分の愚かさをオリヴィアは痛感する。
だから――
「お願いがあります。私はどうなっても構いません。ですから、どうかクロエの命だけは……」
深々と頭を下げ、オリヴィアは懇願する。
クロエを助けるには、椎名の慈悲に縋るしかないと悟ったからだ。
「なに言ってるのよ。レヴィ! わたしはそんなことを望んでなんか――」
「黙っているように言ったはずよ。あなたは人類の希望なの。こんなところで死なせる訳にはいかないのよ。分かって頂戴」
「わからない! レヴィに守ってもらわなくても、わたしは最強なんだから!」
◆
「わからない! レヴィに守ってもらわなくても、わたしは最強なんだから!」
目の前で言い争う二人。よく分からないのだが、どうやら知り合いだったようだ。
そのことから、なんとなく昨晩の経緯が見えてきた。
恐らく金髪美少女は友人が素行の悪い連中とつるんでいることを知って、罪を犯す前に止めようとしたのだろう。そして、夜の街を捜索していたところ昨晩の出来事に遭遇した。
そこで誤解が生じたと言う訳だ。
状況から察するに、友達を助けようと必死だったのだと思う。
だからオルトリンデに剣を向け、戦闘に発展したと――
『マスター……いえ、なんでもありません』
アカシャがなにも言わないと言うことは、どうやら俺の考察であっているようだ。
そういう友人が俺にはいないから、ちょっと羨ましくもある。
いや、かなり歳が離れているみたいだし、友人と言うよりは姉妹のような関係なのかもしれないな。
「心配しなくていい。命まで奪うつもりはないから」
「……本当?」
「そのつもりなら、ここまで連れてきたりしないさ。正体を隠していたのは悪かったと思うが、少しは信用して欲しいな」
金髪美少女が疑う気持ちも分からないではない。
俺が正体を隠していたことは事実だし、そんな相手から信用してくれと言われても警戒するのは当然だ。
しかし、口封じのために命を奪うつもりなら昨晩の内にやっている。
そもそも人を殺してまで守りたい秘密でもないしな。
「わかった。シイナを信じる。テレジアの主だし、悪い人には見えないしね」
どうやら信用してもらえたようだ。しかし、テレジアの信用が凄い。
一体なにをしたら、ここまで懐かれるのかが気になるレベルで金髪美少女の信用を得ていた。
「とはいえ、お咎め無しとはいかないか」
未遂とはいえ、犯罪に加担していたことは事実だ。
これと言った被害を受けていないので、俺としては許してもいいと思っているのだがメイドたちは納得しないだろうしな。
となれば、この場合の最適な答えは――
「よし、決めた。スカジ、彼女の世話を頼む。しっかりと
メイドとして、しばらく働いてもらうことにするのだった。
◆
「あなたの教育を主様から任された訳だけど、私から言わなくても分かっているわね?」
「……はい。理解しています」
スカジの問いに神妙な面持ちで頷くオリヴィア。
自分が生かされたのは〈円卓〉の副長という立場とレッドグレイヴの人間だからだと、オリヴィアは椎名の考えを察していた。
楽園の役に立つのであれば、今回のことは見逃すと――
逆に言えば役に立つことを示せなければ、後が無いと言うことだ。
「ですが、クロエだけは……」
「そこは安心していいわ。主様から
クロエは人質に取られたのだと、オリヴィアは察する。
しかし状況から考えれば、それも仕方のないことだと理解していた。
問答無用で命を奪われなかっただけ、マシと言える結果だと――
それに役に立つことを示せれば、クロエの安全は保障されると言うことだ。
オリヴィアが〈円卓〉を作ったのは、クロエを実家の干渉から守るためだった。
そのことを考えれば、楽園がクロエを庇護してくれるのは悪い話ではない。
「三日の猶予を与えるわ。あなたが有能であることを結果で示して頂戴」
「必ず、ご期待に応えてみせます」
クロエを守るためなら、どんなことでもしてみせる。
例え――
(レッドグレイヴ家を……家族を裏切ることになったとしても、私は……)
それが、オリヴィアの覚悟だった。
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