第233話 理想の英雄
「嘘だろう……あのメイド、団長と互角に戦ってる」
困惑と驚きの声を漏らす〈円卓〉のメンバーたち。
世界最強の剣士にして欧州の英雄。世界に五人しかいないSランク探索者の自分たちのリーダーとオルトリンデが互角に戦っていることが、信じられないと言った表情を覗かせる。
その上――
(あのメイドよりも上位の存在が、まだ目の前にいる。だとすれば……)
スカジの力はオルトリンデよりも上である可能性が高いと、オリヴィアは考える。
更に言うのであれば、そんなメイドたちを従える〈楽園の主〉は彼女たちを遥かに超える存在かもしれないのだ。
冗談のような悪夢だと、オリヴィアは苦笑する。
そんなものは、もはや人間とは呼べない。神と呼ばれるべき存在だ。
楽園の主が人間でない可能性は以前から噂されていたが、いまなら確信できる。
人とは異なる次元に立つ存在だと――
(関わるべきじゃなかった。交渉? そんなものが通用する相手じゃない)
楽園との交渉に臨むことを決めたのは、打算があってのことだ。
仮に楽園と繋がりを持つことが出来れば、クランの大きな力になる。
国やギルドを相手に優位な立場を得ることも難しくはないだろう。
有り体に言えば、降って湧いたチャンスに目が眩んだのだ。
楽園に関わると言うことの意味とリスクを考えようとしなかった。
その結果がこれだ。
いま思えば、焦りもあったのだとオリヴィアは考える。
スカジに実家の名前をだされた時、思い当たることがない訳ではなかったからだ。
(せめて、クロエだけは……)
すべての責任は自分にある。
なんとしてもクロエだけは守ってみせると、オリヴィアは密かに決意するのだった。
◆
「なかなかやりますね」
クロエの実力が想定以上であったことからオルトリンデは内心驚いていた。
オルトリンデの武器は〈楽園の主〉より賜ったオリハルコン製のハルバードだ。とにかく硬く頑丈であることが自慢の武器で、姉妹のなかでも
そのに気になれば、一撃で高層ビルを倒壊させられるほどの破壊力がある。そんな武器とまともに打ち合えば剣の方が折れるはずだが、クロエはオルトリンデの攻撃を凌いでいた。
威力を受け流されているのだと分かるが、それだけではないとオルトリンデは察する。
小柄なクロエの背丈には不釣り合いな長剣。
それが、明らかに普通の武器ではないと悟ったからだ。
材質などは分からない。オリハルコンとも、ミスリルとも違う輝きを放つ剣。
「剣の技量も見事ですが、素晴らしい剣ですね。その剣の銘を伺っても?」
故にオルトリンデは尋ねる。
これほどの剣を人間が所有していることに驚かされたからだ。
「聖剣エクスカリバーよ。それが、どうかしたの?」
それはアーサー王の伝説に登場する剣の名であった。
物語のなかにしか存在しない空想の剣。しかし、それは確かに目の前に存在する。
だとすれば、実話を元にした話だったのだろうかとオルトリンデは考えるが、それはありえないと否定する。ダンジョンが現れるまで、この世界には魔力が存在しなかったからだ。
魔力とは、精霊が生み出す力のことだ。
そして、精霊は世界樹がなければ生まれない。
しかしこの世界には、
だから魔法の技術も発達が遅れている。
そんな世界で、これほどの力を宿した武器が生まれるはずがない。
だとすれば――
「そう、それがあなたの
空想上の武器を召喚するスキル。
それが、クロエの能力なのだとオルトリンデは察する。
恐らくは、それと似た能力を所持しているのだと――
「だけど――」
「――ッ!」
魔力を込めた渾身の一撃をクロエに叩き込むオルトリンデ。
先程までオルトリンデの攻撃を見事に捌いていたクロエの表情が驚愕に染まり、その小さな身体が弾け飛ぶ。
彼女が驚くのも無理はない。
一瞬にして、オルトリンデの放つ攻撃の威力が跳ね上がったからだ。
「〈
それは魔導具の力だった。
楽園のメイドには全員、椎名の製作した魔導具が与えられていた。
その性能は一般的に出回っている魔導具の力を大きく凌駕する。ダンジョンで稀に発見されることのある〈
オルトリンデのハルバードもそうだ。その能力は〈
戦闘が長引けば長引くほど、オルトリンデは強くなる。〈
しかし、
「戦いが長引くほど、こっちの方が不利ってことだね。なら――」
ここから本気でいく。
と口にした直後、オルトリンデでさえ目を瞠るほどの膨大な魔力が、クロエの身体から立ち上る。
オルトリンデが予想したようにクロエの武器はスキルによって作りだしたものだが、それが彼女の能力の本質ではなかった。
彼女の権能は〈
しかし、その能力は強力だった。
理想の自分をイメージすることで、三つまでの願いを叶えてくれる権能。
それが、彼女のスキルだ。
「――
彼女が〈
世界最強の絶大な魔力。
病気や怪我に悩まされない健康な身体。
そして、ずっと憧れていた
空想上の武器ではあるが、権能によって再現されたそれは本物と同じ力を持つ。
思い描いた英雄の能力をクロエは宿していた。
「いいでしょう! ならば、こちらも全力で相手をするだけです!」
クロエを強敵と認め、オルトリンデもまた全力で迎え撃つべく魔力を解放する。
クロエの武器が伝説の聖剣なら、オルトリンデの武器も〈楽園の主〉が製作した魔導具だ。
その性能は伝説の武器に勝るとも劣らない。
夜の街に轟音と閃光が迸る。
衝撃の余波で、粉々に砕け散るホテルの窓ガラス。
被害はホテルだけに留まらず、スカジの〈隔離結界〉にも亀裂を入れる。
「
そんな天災のような戦いを見守りながら、スカジは溜め息を漏らす。
このままでは結界が保ちそうにないと悟ったからだ。
「お願いします! 戦いを止めてください! クロエを助けて頂けるなら、なんでもします。望むものがあれば、なんだって差し上げます。だから――」
「そう言われてもね……」
縋り付くような勢いで、スカジに懇願するオリヴィア。
しかし、普段のオルトリンデは淑やかな振る舞いをしているが、その実は〈九姉妹〉のなかでも好戦的な性格をしていた。
こうなったら相手を殺すか、周りのものを破壊し尽くすまで戦いは止まらない。
「仕方ないわね……」
オリヴィアのためではなかった。
このままオルトリンデの暴走を許せば、椎名に迷惑を掛けることになると考えてのことだ。
二人を止めるため、〈
その直後、
「――
月の輝く夜空に椎名の声が響くのであった。
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