第232話 結社の手掛かり

 椎名が滞在中のホテルを取り囲んでいるのは昼間の犯罪者ではなく、欧州最大のクラン〈円卓ラウンズ〉のメンバーだった。

 その数は総勢、五十名。

 指揮を執っているのは、オリヴィア・レッドグレイヴ。〈円卓〉の副長であった。


「副長、本当なんですかい? 楽園の関係者がこのホテルに滞在してるって」


 青を基調とした〈円卓〉の制服に身を包んだ無精髭を生やした三十代半ばと思しき中年の男が、どこかやる気がなさそうな顔でオリヴィアに尋ねる。

 三百人いる構成員のなかでも特別な地位を与えられた十二人の騎士。

 そのなかで第五席を与えられているのが、彼――ブラッドだった。

 冴えない見た目の男だが、これでもクロエを除けば騎士団随一の剣の達人だ。


「少なくとも、私はそう睨んでいるわ。メイドを従えていた男の正体は不明だけど、あのクロエが認めるほどの実力を持った銀髪のメイド・・・・・・なんて、他に思い当たらないでしょ?」


 その上、ギルドのデータを調べてみたが、テレジアなんて名前のメイドは登録されていなかった。

 クロエから聞き取りをした他の関係者もそうだ。

 これだけ条件が揃っていれば、疑うなと言う方が無理だとオリヴィアは答える。


(まずは相手の思惑を確認するのが先ね。クロエに任せれば、話し合いどころでは済まなくなるかもしれないから……)


 オリヴィアに楽園と事を構える意志はなかった。

 元々は話し合いのつもりだったため、クロエだけでなく他のメンバーも連れてくるつもりはなかったのだ。

 しかし、銀髪のメイドの話を聞きつけた団員たちから副長だけでは危険だと詰め寄られ、こちらから手をださないという条件で彼等を連れてきたと言う訳だった。

 ちなみにクロエを連れて来なかった理由は、彼女が一緒だと話し合いにならない可能性が高いと考えたからだ。

 クロエは昔から思い込みの激しい子で、自分が騙されていたと知れば交渉どころではなく戦闘に発展する可能性が高い。だから戦闘を避けるために、クロエを連れて来なかったと言う訳だった。


「なら、その男の正体は噂の〈楽園の主〉かもしれませんね」

「……クロエは魔力を感じなかったと言っていたわよ?」


 魔力を抑えることは出来ても、ゼロにすることは出来ない。

 それは探索者であれば、誰もが知る常識だった。

 だからオリヴィアもクロエの言葉を疑わなかったのだ。

 しかし、


「俺が話に聞いている楽園のメイドだとすれば、主以外の人間に従うとは思えないんですよね。それに相手は常識で推し量れない存在なんでしょう? 魔力を完全に抑え込む方法を体得しているのかもしれませんし、外見だって本当の姿かどうか分かったものじゃない。これまで一度も正体を明かしたことのない存在が、姿を晒して市場を彷徨うろつくなんて怪しいなんてもんじゃないでしょ」


 ブラッドの考えは違った。

 仮に演技だとしても、楽園のメイドが主人以外に従うとは思えなかったからだ。

 彼女たちを自国に引き抜こうとする動きはこの二年の間に幾つかあったが、どれも失敗に終わっていた。

 相手が誰であっても楽園のメイドが傅くことはない。それは有名な話だった。

 そんな彼女たちが付き従う存在など〈楽園の主〉以外に考えられないというのが、ブラッドの考えだ。

 それにメイドと一緒にいた男の話も、どこまで信憑性があるのか怪しいと思っていた。

 スキルを使って姿を変え、諜報員スパイを生業としている探索者もいるくらいなのだ。

 となれば、外見などあてにはならない。

 実際、同じようなスキルを持った探索者は〈円卓〉にもいる。


「だとすると、敢えて目立つような行動を取った?」


 ブラッドの話が正解なのだとすれば、銀髪のメイドを連れて市場に足を運んだのも衆目を集めるのが狙いだったと考えるのが自然だ。

 問題はどうしてそんな真似をしたのかだが、 


「……クロエと出会ったのも偶然じゃない?」


 仮にクロエが利用されたのだとすれば、いまのこの状況は――


「まさか、彼等の狙いは――まずい、ブラッド! すぐに撤退指示を――」


 自分たちを誘き寄せるための罠である可能性が高い。

 そう思い至ったオリヴィアであったが、時は既に遅かった。


「――ッ!」


 いつから、そこにいたのか?

 ホテルを包囲していたはずの自分たちが銀髪のメイドに包囲されていた。

 魔力探知にも引っ掛からず、気配もまったく感じなかった。

 そのことからブラッドの推察が当たっていたことをオリヴィアは確信するのだった。



  ◆



「全員、捕らえました。抵抗の意志はないようです」

「そう。そうなると、やはり……」


 狩人の副長――オルトリンデの報告を聞き、なにか悟った様子を見せるスカジ。

 椎名の指示は様子見もしくは敵の無力化であったが、捕縛に切り替えたのは理由があってのことだ。


「この件の対処を命じられる前に、主様は〈北の狼フェンリル〉について尋ねられた。あなたは、これをただの偶然だと思う?」

「まさか、この者たちが〈北の狼フェンリル〉と繋がっていると?」


 椎名が〈北の狼フェンリル〉の名を口にしたことが、ずっとスカジは引っ掛かっていた。

 まだ帰還して間もない椎名が〈北の狼フェンリル〉のことを知っていたことに驚かされたが、未来を見通すとも噂される〈楽園の主〉の叡智であれば不可能な話ではない。だとすると、椎名は既に〈北の狼フェンリル〉について〈狩人〉以上に情報を掴んでいる可能性が高い。

 となれば、質問の意図はどこにあったのかという疑問が頭を過ったのだ。

 もしかすると、主は〈北の狼フェンリル〉に繋がる手掛かりを示そうとしてくれたのではないかと、スカジは考えていた。

 それなら、昼間の椎名の行動にも説明が付くからだ。レティシアの観光に付き合っているだけのように見せて、楽園に敵対的な者たちを釣り上げることが狙いだったのだとすれば―― 

 

「まだ確定ではないけど、可能性は高いと思っているわ」

「ありえません……私たちが……〈円卓ラウンズ〉が〈結社〉と通じているなどと……」


 魔力の糸で拘束された状態で、オリヴィアはありえないとスカジを睨み付ける。

 円卓は人類の希望。欧州の英雄――Sランク探索者のクロエが率いるクランだ。

 北の狼フェンリルのことはオリヴィアも知っているが、そのような怪しげな組織と〈円卓〉が繋がっているなどと言い掛かりをつけられては、到底聞き逃せる話ではなかった。


「オリヴィア・レッドグレイブ。〈円卓〉のサブリーダーにして、レッドグレイヴ家の令嬢ね」

「私のことまで……やはり、クロエと知り合ったのは偶然ではなかったのね」


 スカジに名前を知られていることに驚きながらも、やはりと納得するオリヴィア。

 円卓のことを調べ上げていると言うことは、昼間のことも偶然とは考えられなかったからだ。


「仮に〈円卓〉が〈結社〉と通じていなくても、あなたの実家はどうかしら? 後ろめたいことが一つもないと言い切れる?」

「それは……」


 ありえないとは言い切れなかった。

 レッドグレイヴはイギリスを代表する名家だが、それだけに敵も多く綺麗事だけでは済まない裏の顔を持っていた。

 オリヴィアが〈円卓〉を組織したのも、実家の干渉からクロエを守るためでもあった。

 しかし、


「お願いします。あなたたちの主と話をさせてください」


 二年前の〈皇帝〉の一件が頭を過り、それだけは阻止しなければならないとオリヴィアは必死に頭を働かせる。

 誤解を解かなければ、楽園を敵に回すことになると考えたからだ。

 そうなれば、〈皇帝〉に続いてクロエまで――

 と、クロエのことがオリヴィアの頭を過った、その時だった。


「誰かが、私の〈隔離結界〉を越えてきたようね」


 そう言ってスカジが空を見上げた直後、


「みんなを離しなさい!」


 夜の街にクロエの声が響いたのは――

 月明かりを背にビルの屋上から、スカジたちを見下ろすクロエ。

 そして、剣を召喚すると一気にスカジとの間合いを詰めようと、加速する。

 しかし、そんなクロエの前に――


「――邪魔しないでッ!」

「それは無理な相談ですね。あなたの相手は、このオルトリンデが務めます」


 オリハルコンの胸当てに、巨大なハルバードを手にした銀髪のメイド。

 九姉妹ワルキューレの三女、オルトリンデが立ち塞がるのだった。

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