第231話 両親の安否

 事なきを得たからよかったもののレティシアにも困ったものだ。

 騎士団に所属していた頃の癖が抜けないのだと思うが、少しは自重して欲しい。

 ここに長居すると更に面倒なことになりかねないので明日、楽園に帰ることを決めた。元々、事故で転移したのであって長居をするつもりはなかったしな。

 帰還を遅らせたのはレティシアとの約束のこともあるが、確認しておきたいことがあったからだ。

 それは空白の二年に関することだ。


「まさか、こんなことになっているとはな」


 折角、地球に転移したのだから二年の間に起きた変化を、実際に自分の目と耳で確認しておきたかった。

 楽園のメイドたちの話だけでは、情報が偏る可能性があるからな。

 それで一つ分かったことがある。

 市場の人が話していたのだが、最近この街だけでなく他の場所でも治安が悪化しているらしい。

 原因となっているのは探索者・・・だ。


『探索者に荒くれ者が多いのって、スキルが原因だったりするのか?』

『そのようなことはありませんが、スキルとは魂の力です。好戦的な性格の者ほど戦闘向きのスキルを得る傾向はあります。推察するに問題行為を起こしているのは低ランクの探索者が大半であることから、経済的な困窮から犯罪に走るのではないかと』


 アカシャの言っていることは理解できなくもない。

 犯罪行為に走ると言うことは、探索者として結果がでていないと言うことだろうしな。

 低ランクの探索者の経済状況は余り良くはないと聞いている。勿論、危険な仕事だけに一般的な職業と比べれば実入りはいいのだが、そのすべてが収入になる訳ではないからだ。

 武器や防具。回復薬と言ったように、ダンジョンの探索に必要な道具は自分で揃える必要がある。

 最低限の装備を揃えるだけでも数百万の投資が必要という話だ。

 実入りも多いが出費も大きい。だからこそ、低ランクで燻っている者たちのなかには、安易な考えで犯罪に走るバカもいると言うことだ。

 きちんと計画的にダンジョン探索しているような人間なら、限られた予算のなかでなんとかやりくり出来るのだろうが、そんな人間が探索者を志すことの方が珍しいだろうしな。

 結果、借金をして首が回らなくなる探索者も少なくないのだろう。

 問題は――


『それが、楽園の仕業になっていることなんだよな……』


 話を聞いた人たちが揃って口にしていたのが、楽園に対する不満だった。

 楽園が高ランクの探索者を強引に引き抜いて、その所為で治安が悪化していると愚痴を漏らしていたのだ。

 月面都市に探索者を招くという話は聞いているが、少なくとも俺はそんな指示をした記憶はない。そもそも月面都市にギルドの支部を設立するという話は、俺の記憶が確かならギルドからの提案だったはずだ。

 ユミルやレギルが噂になっているような真似をするとは思えなかった。


『楽園を貶めようとしている者たちがいると考えた方が自然かと』


 まあ、そうなるよな。

 てか、アカシャなら知ってるんじゃないのか?

 全知なんだから、この世界のことも俺以上に知っているだろう。


『勿論、把握しています。探索者たちを裏で煽動している組織の名前でしたらお教えできますよ』


 え? ダメ元で聞いてみただけなんだけど、教えてくれるの?

 いつもみたいに『お答えできません』って断れると思っていたのに。


『私が答えずとも既に知れ渡っている情報ですから。楽園のメイドに聞けばよろしいのでは?』


 あ、なるほど。そういうことか。

 確かに楽園のメイドがそう言った連中を放って置くはずがない。

 既に情報を掴んでいると考えるべきだ。

 それで、その組織の名前は?


『北の狼――フェンリルと名乗っている魔術結社です』



  ◆



「〈北の狼フェンリル〉ですか? どこでそのことを……いえ、すべてを見通す主様の叡智であれば、当然のことでしたね」


 一人納得した様子で、しきりに頷くスカジ。

 結社のことを知ったのは、アカシャのお陰なんだけど……。

 なあ、アカシャの声って他の人たちには聞こえないのか?


『私の声はマスターにしか聞こえません』


 だよな……。

 前の持ち主の天使もアカシャの声が聞けなかったって話だし。

 となると、アカシャのことをどう説明したものかと迷う。


『おすすめしませんね。頭の心配をされるのがオチです』


 俺もそう思っていた。

 だから〈全知の書〉は〈黄金の蔵〉のなかに仕舞っていた。

 なのに、蔵の中に入れていても普通に念話が出来るんだもんな。


『私とマスターは〈魂の契約〉で繋がっていますので。空間や距離など関係なく、いつ如何なる状況でも意思疎通が可能です。勿論どれだけ離れていても召喚可能なので、私をどこかに放置しても無駄ですよ?』


 それ、もはや呪いの類では?

 おーい、アカシャ? あ、黙りやがった……。

 都合が悪くなると、いつもこんな感じなんだもんな。


「申し訳ありません。我々も〈北の狼フェンリル〉については、まだ調査中でして……組織の実態を掴めていないのです」


 意外な答えが返ってきて驚く。

 楽園のメイド――なかでも〈狩人〉の優秀さは俺が一番よく知っている。

 彼女たちなら結社の正体くらい既に把握していてもおかしくないと思っていたからだ。

 となると、ただのマフィアやチンピラと言った感じの組織ではないのかな?

 魔術結社って言うくらいだしな。こういう展開は昔なにかで見たことがある。

 世界を裏から支配している闇の組織があって、国や企業にも組織の人間が潜んで暗躍しているって展開――さすがにそれは考えすぎか。現実にそんな漫画みたいなことがあるはずもないしな。


『マスターって鋭いのか鈍いのか、時々わからなくなることがありますね』


 どういう意味だ?

 こんなのよくある設定だろう。現実にあるはずもないフィクションだ。


『そういうことにしておきます。ところで、お気付きですか?』

『ああ、ホテルを包囲している連中・・のことだろう?』


 俺の魔力探知に先程から引っ掛かっている集団があった。

 魔力を纏っていることから一般人ではない。

 恐らく探索者ではないかと思う。

 昼間の連中の仲間が報復にきたのかもしれないな。


『落ち着いていますね』

『だって、このメンバーを害せると思うか?』


 正直、チンピラ如きでどうにかなる面子とは思えない。

 昼間の連中くらいなら何百人いようと、テレジアやレティシアの相手になるとは思えなかった。

 それに――


「ホテルの周りには〈狩人〉を潜ませているんだろう?」

「はい。やはり、お気付きでしたか。どうなさいますか?」


 スカジと〈狩人〉のメイドたちもいるのなら尚更だ。

 彼女たちがいて、襲撃を許すとは思えなかった。

 実際、ホテルが取り囲まれていることに気付いていたみたいだしな。

 

「なにもしてこないなら放置で構わない。襲撃を企てているようなら、痛めつけて適当な場所に転がしておけばいい。あとで面倒なことになるから、できるだけ殺さないようにな」


 俺がそう言うと「畏まりました」と言ってスカジは頭を下げ、姿を消す。

 やはり、さっさと楽園に戻った方が良さそうだな。

 ただ、問題はどうやって戻るかだ。〈空間転移〉を付与した〈技能の書スキルブック〉を使えば一瞬じゃないかと思うかもしれないが、前にも言ったように転移魔法は同時に転移する人数や距離に応じて必要とする魔力が増える。

 副会長のお陰で魔力消費が抑えられるようになったとは言っても、地球から月に転移しようと思うと、かなりの魔力量が必要になる。その上、ちょっとでも転移先がズレたら宇宙空間に投げ出される危険もあるからな。気軽に試せるようなことではなかった。 

 となると、近くのダンジョンから〈帰還の水晶リターンクリスタル〉を使って月まで戻るのが一番安全な方法だ。スカジたちもダンジョンのゲートを利用して、こんな風に様々な国で活動している訳だしな。

 ここから一番近いダンジョンと言うと――


『グリーンランド自治州ですね』


 そう、グリーンランドだ。

 そう言えば、両親の消息もグリーンランドで途絶えたままになっているんだよな。

 レギルの調査結果では、ダンジョンの出現に巻き込まれたという話だったが、俺自身は両親が亡くなったと思っていなかった。

 墓まで作っておいて何を言っているんだって話ではあるが、実感が湧かないんだよな。死体を見ていないと言うのも理由にあるが、あの両親がダンジョンに取り込まれたくらいで死ぬとは思えなかったからだ。

 実際、俺もこうして生きている訳で、他にもダンジョンの帰還者は大勢いる。

 なら、どこかでまだ生きているのではないかと言うのが、俺の予想だった。


『そうだ。俺の両親が、いまどこにいるのか答えてくれないか?』


 ダメ元で、アカシャに質問してみる。

 これで死亡が確認できたのなら、それはそれで諦めもつくと思ったからだ。

 しかし、


『お答えできません』


 と、アカシャは答えるのだった。

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