第229話 屋台巡り

 テレジアの説得に協力する件は断ったのだが、


「この辺りの屋台は、ほとんど顔馴染みだから何でも聞いてくれていいよ。ベーグルなら、あそこの店がオススメかな」


 金髪美少女も屋台巡りに参加していた。

 最初は驚かされたが、悪い子ではなさそうだ。

 地元の子らしく、先程からオススメの店を案内してくれていた。

 その所為か、すっかりレティシアとも打ち解けている。


「若様、これ持っていてください」


 俺にジェラートを預けると、金髪美少女とベーグルの店へ走って行くレティシア。

 大学に入学して間もない頃、一ヶ月ほど面倒を見たロシアの兄妹のことを思い出す。

 近所のお祭りに連れて行ってやったのだが、まさに今のレティシアのようだった。

 うん、完全に子供のお守りだな。これ……。


「ご主人様、私の所為で申し訳ありません」

「テレジアが責任を感じることじゃないさ。それに子供はあのくらい元気な方がいい」


 たぶん一緒に遊んで欲しかっただけなのだろう。

 イギリスと言えば、アーサー王伝説が有名だしな。

 円卓の騎士に憧れる気持ちは理解できる。日本の子供が英雄ヒーローに憧れるようなものだ。

 円卓ごっこがしたかっただけなのだと考えれば、少女の行動にも納得が行く。

 子供と言えば――


「そう言えば、レミルは元気にやってるのか?」 

「はい。主様が弟子に取られた人間と一緒に、いまは探索者学校に通っています」


 は? レミルが学校に通っている?

 まったく予想しなかったことをスカジから聞かされ、困惑する。

 この二年で一体なにがあったんだ?

 というか、それって大丈夫なのか?


「……それ、大丈夫なのか?」

「いまのところは大きな問題を起こしていません。ユミルも悩んでいたようですが、最終的には〈トワイライト〉が出資する学校へ通わせることになりました。楽園のメイドを探索者学校に紛れ込ませているので、もしもの備えはしてありますし……」


 スカジの話から察するに、やはり反対はあったようだ。

 とはいえ、レミルは一度言いだすと話を聞かないしな。

 あれで頑固というか、ユミルも手を焼くほどだ。

 たぶんギャルの妹と仲良くしているうちに、自分も学校に通ってみたくなったのだろう。


「主様が反対されるのであれば、すぐにでもレミルを楽園へ連れ戻すように手配いたしますが……」

「いや、レミルの好きにさせてやれ」


 俺としては、レミルには伸び伸びと育って欲しいと思っていた。

 そもそも楽園のメイドたちにも生き方を強要するつもりはないのだ。

 彼女たちが他にやりたいことがあるのであれば、そっちを優先しても構わないと思っている。

 過去の世界から帰ってきて、その気持ちは更に強くなったと言っていい。

 折角、人間らしい感情を手に入れたのなら、この世界ではもっと自由に生きてもいいんじゃないかと思っていた。


「スカジはなにかやりたいことないのか?」

「……やりたいことですか?」

「ああ、〈狩人〉の仕事以外になにかやりたいことはないのか?」

「でしたら、私のやりたいことは既に叶っています。主様のお傍に控え、主様にお仕えすることが私の望みですから。こうして、お仕えできることが最上の喜びです」


 分かってはいたけど、これは難しそうだ。

 たぶんスカジ以外のメイドに同じ質問をしても、同じような答えが返って来るだろう。

 主に尽くすことがアイデンティティみたいなところが彼女たちにはあるからな。

 だから労働環境の改善を真剣に考えさせられた訳だ。

 放って置くと、休みなしで働き続けるからな。楽園のメイドたちは……。


「若様! これも持っててください!」


 大量のベーグルが入った袋を手渡してくるレティシア。

 そして、また金髪美少女と次の屋台に走って行く。

 渡したお小遣いを使い切りそうな勢いだ。戦闘機も買えるという魔法のカードをレギルから預かっているのでお金に関しては心配いらないのだが、さすがに買い過ぎじゃないか?

 まあ、〈黄金の蔵〉に入れておけば、アイスが溶けることもベーグルが腐ることもないのだが……。

 ジェラートとベーグルを蔵に仕舞い、見失わないようにレティシアの後を追うのだった。



  ◆



「……十分、楽しんだみたいだな」

「はい。堪能しました」


 そりゃそうだろうと思う。

 黄金の蔵のなかには、レティシアの買った商品が大量に仕舞われていた。

 そのほとんどが食べ物で、ちょっとしたパーティーが開けそうなくらいの量だ。

 

「……あなた、マジックバッグを持っているの?」


 隠していた訳ではないが、〈黄金の蔵〉に仕舞うところを見られていたらしい。

 そう言えば、日本では魔導具の所有が法律で制限されているって話があったな。

 でも、あれって日本だけの話だと思っていたのだが、


「ああ、似たようなものを持ってるな」

「でも、あなた探索者じゃないわよね? 魔力を感じないし……」


 そりゃ、一般人を装うために魔力は抑えているしな。

 魔力制御を極めれば、身体の外に魔力が漏れないように抑え込むことも可能だ。

 しかし、この言い方。もしかして――


「お前、探索者なのか?」

「……え、わたしのことを知らないの? 本当に?」


 驚いた。金髪美少女は探索者だったようだ。

 見た目はレミルやレティシアとそれほど変わらないのに、こんな子供でも海外では探索者になれるんだな。

 あ、でもレミルも探索者学校に通っているんだったか。

 小中学生くらいにしか見えないが、こんな見た目でも十六歳なのかもしれない。


「そこそこ有名人のつもりだったんだけど……この国の人じゃないみたいだし、そういうこともあるのかな? あなた、アジアの人みたいだけど、どこからきたの?」

「えっと……日本かな?」


 楽園での暮らしが長いこともあって、もう自分が日本人だという感覚が薄れているんだよな。

 ちなみに今の俺の格好は、スカジに見立ててもらった紺のカジュアルなスーツに身を包んでいた。俺が学生時代に着ていた服と比較すると、ゼロが二つくらい違う高級ブランドの衣装だ。

 スカジもモダンなパンツスーツを着ているので、周囲に上手く溶け込んでいる。

 銀髪は珍しいが、日本と違って悪目立ちすることはないからな。

 まあ、テレジアは良くも悪くも目立っているみたいだが……。

 やはりメイド服を着て外を出歩くのは、紳士淑女の国イギリスでも珍しいようだ。


「どうして自信がなさそうなのよ……。いいわ。訳ありぽいけど、聞かないでおいてあげる。だからテレジアを――」

「それは断ると言っただろう。本人が嫌がってるんだから諦めろ」

「うー……」


 まだ諦めていなかったらしく、不満そうに睨み付けてくる金髪美少女。

 余程テレジアのことが気に入ったんだな。

 とはいえ、本人が嫌がっているのに無理強いをするつもりはなかった。

 金髪美少女もそこは理解しているのだろう。強引にテレジアを連れていこうとしないあたり、彼女なりに筋を通そうとしているのだと分かる。


「仕方ないわね。今日のところは退いてあげるわ。諦めた訳じゃないけど」


 俺に言われても、テレジアの気持ちが変わらない限りは意味ないんだけどな。

 しかし、そんなに円卓ごっこがしたいのだろうか?


「そう言えば、名乗ってなかったわね。わたしはクロエ。あなたは?」

「シイナだ。それ以上は聞かないでくれると助かるかな?」

「分かっているわよ。約束は守るわ。これでも〈円卓の騎士ラウンズ〉だしね!」


 円卓ごっこは、まだ続いていたらしい。

 探索者になったのも円卓の騎士に憧れてと言ったところかな?

 そう考えると、微笑ましいものだ。


「それじゃあ、俺たちはそろそろホテルに戻るよ」

「あ、わたしもそろそろ戻らないと……余り遅くなると捜索隊が組まれそうだし」


 捜索隊って……意外と良いところのお嬢様なのか?

 そう言えば、有名人みたいなことを言っていたな。

 金髪美少女に別れを告げ、ホテルに戻ろうとした、その時だった。

 爆発音のようなものが響き、表通りの方から悲鳴が聞こえてきたのは――


「いまのは、まさか――あなたたちは安全なところに避難して!」

「あ、おい」


 制止する間もなく爆発音のした方に走っていく金髪美少女。

 まだ事故か、事件かも分からないのに、さすがに無鉄砲すぎる。

 探索者の資格を持っているとはいえ、まだ子供だ。

 円卓の騎士に憧れているのは分かるが、現実はヒーローごっこのようにはいかないしな。


「仕方ない。スカジ、頼めるか?」

「はい」


 俺の考えを察して、金髪美少女の後を追うように姿を消すスカジ。

 スカジに任せておけば大丈夫だろう。

 取り敢えず、俺たちは離れた場所から状況を確認――


「あれ? レティシアは?」

「申し上げ難いのですが、彼女を追ってすでに……」


 いつの間に……。

 天使を真っ二つにした斬撃が頭を過る。あんなものを街中で放てば大惨事だ。

 レティシアが聖剣を抜かないことを祈りながら、俺とテレジアも後を追うことにするのだった。

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