第五章 円卓の騎士

第228話 円卓の少女

 現代の地球に帰還してから三日目。

 分かったことが幾つかあるので、そのことについて話しておこうと思う。

 まず〈全知の書アカシャ〉についてだ。

 詳しいことはアカシャが答えてくれないので確証はないが、〈星の記憶アカシックレコード〉から記憶と知識を読み込み、蒐集した情報を管理しているのが〈アーカーシャシステム〉という認識で間違っていなさそうだ。

 だからアカシャはなんでも知っているし、大抵の質問には答えてくれる。と言っても、例のアクセス権限とやらでダンジョンのことや、神や天使に関する質問には答えてくれないのだが……。

 呪いについても尋ねてみたが、お答えできませんだもんな。

 便利なようで、かゆいところに手が届かないのがアカシャだった。


『失礼ですね。マスターのアクセス権限が足りていないだけです』


 俺が悪いってことでいいけど、ならせめてアクセス権限を上げる方法くらい教えてくれてもいんじゃないかと思う。存在の〈位階〉を上げろと言われても、肝心のやり方が分からないのではどうしようもない。

 そういうところが、かゆいところに手が届かないと言ってるんだけどな。


『錬金術師なら、ご自身で方法を探されては如何ですか?』


 少し拗ねた口調で、そう言ってくるアカシャ。

 まあ、そのとおりではあるのだが……。感情豊かな人工知能ナビゲーターだ。

 それはそうとして、スカジのことについても話しておこうと思う。

 スカジの身体を検査した結果、やはり彼女は魂から錬成された存在ではなくテレジアと一緒で、人間から直接ホムンクルスに生まれ変わった特殊な存在であることが分かった。

 遺伝子や霊基情報も確認したが、オルテシア本人と見て、間違いないだろう。

 通常のホムンクルスと言うのは、魂から錬成された〈霊核〉や〈魔核〉と呼ばれるものを心臓コアに用いることで、霊基からパーソナルデータを読み取って〈生命の水〉で身体を構成して造られる。

 だが、テレジアとスカジは魂だけの状態ではなく、まだ自分自身の身体がある状態で生まれ変わった特殊なホムンクルスだ。と言っても、なにか問題がある訳ではない。そもそもホムンクルスの研究対象になったセレスティアも元は人間だしな。

 そう言う意味で考えるのであれば、テレジアやスカジは〈巫女姫オリジナル〉に近い存在と言えなくもない。だからと言って、魂から錬成した他のホムンクルスたちが劣っていると言う訳でもないのだが――

 問題があるとすれば、倫理的な問題の方だろう。


『錬金術師に倫理観なんてあるのですか?』


 余計なお世話だ。さすがに俺でも人体実験はしない……と思うぞ?

 とにかくスカジについては問題ないことが分かった。

 いや、一つ問題があるか。正確にはスカジの方の問題ではないのだが、〈魔女王の槍レジーナ・ハスタ〉から〈魔核〉の反応があったのだ。

 たぶん魔槍に取り込んだ〈魔女王〉の魂が残ったままなのだと思う。ただこれ、二万年も放置していたのが原因かは分からないが、完全に魔槍と同化してしまっているんだよな。

 俺のスキルを使っても〈分解〉が難しい状態だと分かった。

 魔女王の魔核が〈魔女王の槍レジーナ・ハスタ〉の核と同化しているからだ。

 そのため、アカシャに相談して〈精霊術〉の研究を進めていた。

 どうして〈精霊術〉なのかって? それについては追々、説明するとして――


「若様、これ似合っていますか?」

「ああ、いいんじゃないか?」


 くるりと回って短いスカートをなびかせ、髪の色と同じ青を基調としたカジュアルな衣装を見せてくるレティシア。

 実はあれから二年の月日が経過しているらしい。

 俺が姿を消してから一年足らずだと思っていたのだが、こっちではその倍の時間が流れていたようなのだ。これも恐らくは〈時空間転移〉の計算をミスったことが原因だと考えていた。

 俺が思っていた以上に時間を跳躍するというのは難しいようだ。誤差が一年で済んだからよかったものの下手をすると十年、いや百年単位で時間がズレていた可能性もあるってことだからな。

 もっと完璧なものに仕上げなければ、もう一度使う気にはなれない。

 なにせタイムスリップして帰ってきたら、浦島太郎になっている可能性があるってことだからだ。


「それじゃあ、これを頂きますね」

「フフッ、ありがとうございます」


 いま俺とスカジはレティシアの買い物に付き合っていた。

 月の楽園エリシオンに帰還する前に、レティシアとの約束を済ませておいた方がいいと考えたからだ。

 観光に付き合うと約束してしまったしな。それにレティシアには余計なトラブルを回避するためにも、ある程度の一般常識と知識は身に付けさせておきたい。〈言語理解〉のスキルで言葉はほぼ完璧に話せるようになったとはいえ、過去の世界と現代の地球では何もかもが違うしな。


「お母様は如何なさいますか? そちらの衣装に合わせられるのでしたら、こちらのジャケットなど、とてもお似合いだと思います」

「お、お母様!? そ、それだと私と主様が夫婦ということに……いえ、でも……」


 店員の一言にスカジが狼狽えているが、レティシアの姿を考えると勘違いされても不思議ではないか。

 身長は百五十センチほどしかないし、ギャルの妹よりも小さいしな。

 と言っても、レティシアの実年齢は俺も知らないのだが――

 あの世界のことを考えると、見た目通りの年齢ではないと言うことだけは分かる。


『スカジ、話を合わせておけ』

『え、ですが……』

『面倒事を避けるためだ』

『は、はい。分かりました』


 念話で話を合わせるようにとスカジに指示をだす。

 勘違いしているのなら、そのまま勘違いさせておいた方が面倒が少ないしな。

 レティシアの青い髪は光の加減で青みがかった銀髪に見えなくもないし、俺はともかくスカジの方は家族で言い張れると思う。勝手に勘違いしてくれるのだから、言い訳をする必要はないと考えていた。


「それで、主様。これから如何なさいますか?」 


 買い物を終えて店をでたところで、これからの予定をスカジに尋ねられる。

 特に決めてないんだよな。俺はホテルに引き籠もって研究の続きをしていてもいいのだが、レティシアの観光に付き合うと約束してしまった手前、こうしてロンドン観光に付き合っていると言う訳だ。

 服も買ったことだし、あとは――


「若様、私は食べ歩きがしたいです」


 そう言えば、そんなこと言ってたな。

 なら――


市場マーケットにいくか。お昼も近いし、テレジアと合流しよう」


 市場であれば食べ歩きの出来る店もいろいろとあるし、レティシアも満足するはずだ。

 ちなみにテレジアが別行動を取っているのは、食糧の調達のためだ。

 服はいいのかと尋ねてみたのだが、自分にはメイド服があるからと断られた。

 なにやらメイド服に拘りがあるらしい。無理強いは出来ないから午前中は別行動と言う流れになった訳だ。

 しかしイギリスの名物って、フィッシュアンドチップスくらいしか思い浮かばないんだよな。あとローストビーフとか?

 イギリスは料理が美味しくないというイメージがあるが、こればかりは店によるとしか言えない。

 あ、そうだ。こういう時こそ――


『アカシャ。これから向かう先で、おすすめの店をピックアップしてくれない?』

『マスターは私をなんだと思っているのですか?』


 いやだって、使えるものは有効活用しないとな?



  ◆



 不満を漏らしながらも、ちゃんと答えてくれるアカシャはツンデレだと思う。

 念話で連絡を取り、テレジアと合流するために市場へ向かうと――


「ご主人様……」


 市場の出入り口に、困った顔で佇むテレジアの姿があった。

 なにかトラブルがあったのかと思い、事情を聞こうとしたところでテレジアの背中から青い瞳をした金髪ロングの美少女が顔をだす。

 見た目はレティシアとそれほど変わらない背格好の少女だ。


「迷子か?」

「迷子じゃないし、あなたがテレジアの主?」


 迷子かと思ったのだが、どうやら違うらしい。

 なにがあったのかとテレジアに尋ねてみると、少し前にひったくりの騒ぎがあったそうだ。お年寄りの観光客が鞄を取られたらしく、その犯人をテレジアが取り押さえたと言う話だった。

 これだけなら良いことをしたじゃないかと褒めて終わるところなのだが、


「相手はE級とはいえ、探索者だったのよ? それも〈身体強化〉系のスキル持ち。それを一瞬で、スキルも使わずに取り押さえたの。凄かったわ。体術だけならリヴィより上かもしれない」


 その現場をこの少女に目撃されたそうだ。

 興奮を隠せない様子で、テレジアの活躍を語る少女。

 なるほどな。テレジアが困っていたのは、そういうことか。

 

「だから、テレジアを〈円卓〉に誘ったのだけど、自分には既に仕えている主がいるって言うから、あなたのことを待ってたのよ。彼女の力を使用人なんかで腐らせておくのは勿体ないわ。世のために役立てるべきよ。だから――」


 テレジアの説得に協力してと、初対面の金髪美少女に頼まれるのだった。

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