第226話 アーカーシャシステム

 油断した。まさか、あんな奥の手を隠し持っていたとはな。

 無限牢獄トコシエノセカイとか言っていったっけ?

 聞いたことのないスキルだが、なかなか興味深い。

 というのも、いま俺は無限に続く広大な虚無の世界にいるのだが、この空間どうやら〈無限収納〉と同じ性質を持っているようなのだ。

 世界のどこにも存在せず、時間という概念からも外れた空間。

 もしかしすると、このスキルを〈解析〉して開発したのが〈黄金の蔵〉なのかもしれない。

 どうして、そんなことが分かるのかって?

 それは――


『アカシャ。他になにか知っていることはあるか? このスキルのことをもっと詳しく知りたいんだけど』

『マスター。〈無限牢獄トコシエノセカイ〉はスキルではなく魔法です』

『魔法? これ、スキルじゃないのか?』

『はい。正しくは術理――マスターの言うところの魔法式によって構築された魔法であると断言します。必要であれば、〈無限牢獄トコシエノセカイ〉の魔法式を閲覧することも可能ですが如何致しますか?』

『それじゃあ、頼む』


 頭の中に魔法式が流れ込んでくる。うん、確かにこれは魔法だな。

 ようするにここは次元の狭間に存在する空間の一部で、そこに出入り口を繋げるための魔法が〈無限牢獄トコシエノセカイ〉と言う訳か。アカシャ・・・・がスキルではなく魔法と言った理由にも納得が行く。これなら再現は難しくなさそうだ。

 既にお気付きと思うが、この〈全知アカシャの書〉――通称アカシャが教えてくれたため、この空間についてもいろいろと分かったと言う訳だ。

 なんでも〈全知の書〉は〈アーカーシャシステム〉に接続するための端末らしく、さっきから頭の中で喋っている彼女はシステムに組み込まれたナビゲーターのような存在らしい。

 こんな便利そうなものをどうしたのかって?

 持ち主の天使が死んだことで、所有権が近くにいた俺に移ったそうなのだ。

 それで一緒についてきたと言う訳だ。


『それは正確ではありません。あの者はシステムに接続する権限を貸し与えられていただけで、正式なマスターではありませんでした。アクセス権限も最低限のものしか許可されていませんでした』


 心の声に勝手に反応しないで欲しいのだが……まあ、そう言う訳だ。

 前の持ち主の天使には、アカシャの声が聞こえていなかったらしい。これもアクセス権限と言うのが関係しているらしく、いま俺は魔力回路を通して彼女と常時接続している状態だった。

 全知と名が付いているだけあって、ほとんどの質問には答えてくれる。

 本人曰く知らないことはないそうで、ただ――


『もう一度、アーカーシャシステムについて教えてくれるか?』

『アーカーシャシステムは全知を司る情報蒐集システムです。――――を通じて、ありとあらゆる情報を蒐集。世界の知識と記憶を管理するために――――によって開発されました』


 と、このように答えてはくれるのだが、ところどころ虫食いになったみたいに聞こえない箇所があるのだ。

 どうやらアクセス権限と言うのが関係しているらしく、前の所有者よりも俺の方が権限は上らしいのだが、それでも閲覧できない情報が結構ある。ダンジョンについても尋ねてみたのだが、そっちも閲覧できない情報が多く目新しい情報は得られなかった。

 もう少し融通が利かないものだろうかと不満がなくもない。


『アクセス権限を上げることを推奨します』

『そんなことが出来るのか?』

『現在のマスターの〈位階〉では、閲覧できる情報に著しく制限が掛かっています。新たな機能の解放及び情報の制限を解除するには、存在の〈位階〉を上げることが推奨されます』

『存在の位階?』

『存在を示す力のことです』


 昔から影が薄く人付き合いの苦手な俺に存在感を示せとか、無茶を言ってくれる。


『どうすれば、存在力が増すと思う?』

『その質問には、お答えできません。権限が不足しています』


 またアクセス権限が足りませんという奴か。

 まったく答えられないものには、大体こういう答えが返ってくるのだ。

 まあ、他のことなら大体の質問には答えてくれるので便利ではあるのだが……。

 特に魔法やスキルに関する知識は助かっている。まさに図書館いらずだ。

 そんな風にアカシャとの一問一答を楽しんでいると――


「ご主人様。食事の準備が整いました。少し、休憩されては如何ですか?」 


 魔法の家から良い匂いが漂ってきて、テレジアに声をかけられるのだった。



  ◆



 相変わらずテレジアの料理は美味かった。

 最近は味付けも俺好みになってきて、益々腕に磨きが掛かっているようだ。

 え、テレジアがどうしているのかって?

 それは一緒に〈無限牢獄〉に囚われたからだ。

 ちなみに、もう一人ついてきた人物がいる。


「変わった料理ばかりですが、とても美味しかったです。前から気になっていたのですが、これはテレジアの故郷の料理なのですか?」

「いえ、ご主人様の故郷の料理です」

「若様の? それは楽しみが増えました。食に拘りのある世界なのですね」


 レティシアだ。

 なんでも俺が転移するのを察知して、テレジアだけでなくレティシアも〈無限牢獄〉が作り出したゲートに飛び込んだそうだ。

 幸いセレスティアたちは難を逃れたみたいだが、レティシアにどうしてそんな真似をしたのかと尋ねたところ――


「若様と一緒の方が楽しそうでしたので」


 とのことだった。

 元々、俺が現代に帰る時、一緒についてくるつもりだったそうだ。 そんな軽いノリで騎士団長の仕事を放棄していいのかと思わなくもないが、先代ならあっさりと許可を与えそうな気がする。

 先代に忠誠を誓っていると言う訳でもなかったようだしな。 


「若様、ここからでられそうですか?」

「ああ、そこは問題ない。出口がないなら作ってしまえばいいだけだしな」

「……さすがですね。もう、このくらいで驚いたりはしませんが……」


 アカシャに提供してもらった魔法式は、既に〈解析〉が終わっている。

 この空間を脱出するだけなら難しいことではなかった。

 その点から言うと、凄いのは俺ではなくアカシャだと思う。


『当然です。私は全知を司る存在ですから』


 はいはい、感謝していますよ。

 ただ、一つ問題があった。


「空間の外にでるのは簡単だけど、そこはたぶん元いた世界じゃない。世界の狭間はざま、別の空間へと繋がっている。だから〈時空間転移〉を使用するしかない訳だけど、レティシアは本当にいいのか?」


 恐らく空間の外は、例の〈白い部屋〉に繋がっていると思うのだ。

 そのため、このまま現代に帰還するつもりでいた。いま手元には〈時空間転移〉の〈技能の書スキルブック〉が一つしかないし、これを使ってしまうとまた魔力を貯める必要があるからだ。

 やるべきことはやったし、あとは先代がどうにかするだろう。

 ただ、レティシアは本当にそれでいいのかと尋ねる。


「はい、元よりそのつもりでしたから。〈青き国〉を出立する時に、騎士団にも退団届けを提出済みです」

「いつの間に……それ、ちゃんと受理されたのか?」

「なにか言っていた気がしますが、騎士団で一番偉いのは私なので」


 問題ありませんと話すレティシア。

 たぶん、間違いなく問題が起きていると思うのだが、気にしないでおくか。

 そのくらいの後始末は、先代に任せてしまっても問題ないだろう。


「テレジアは……尋ねるまでもないな」

「私のいるべき場所は、ご主人様のいらっしゃる場所ですから」


 まあ、そうだよな。

 聞くまでもなくテレジアの答えは分かっていた。


「若様の生まれ育った世界。楽しみです」

「期待するほどのものはないと思うけど……まあ、観光くらいなら付き合うさ」

「約束ですよ? 食べ歩きを所望します」


 言質を取ったとばかりに笑みを浮かべるレティシア。

 こうしていると年相応の子供にしか見えないんだけどな。

 聖剣の勇者。レティシアも異世界人なんだよな。

 機会があれば、彼女の世界の話もいろいろと聞いてみたいと考えるのだった。




後書き

 残すはエピローグのみです。

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