第225話 無限牢獄

「あのような魔法を使われる時は、きちんと周囲を確認してから使ってください」


 俺は今、セレスティアに叱られていた。

 攻撃の余波で全員吹き飛ばされそうになったらしく、セレスティアが結界を張って守ってくれたのだとレティシアから聞かされる。

 ああ、それで全身土埃で汚れているのか。


「セレスティアがいてくれて助かったよ。ありがとうな」

「分かってもらえれば、それで良いのですが……」


 先程までの勢いはどこにいったのか?

 照れた様子で、なにやら今度はもじもじとし始めた。

 余り褒められたり感謝されるのに慣れていないのかもしれない。


「それでシイナ様。〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉は……」


 空を見上げながら〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉のことを尋ねてくるセレスティア。

 ずっと気になっていたのだろう。

 視線の先には、なにもなかった・・・・・・・


「ほい、これだ」

「え……」


 セレスティアに一冊の本を渡す。

 天国の扉ヘブンズ・ドアなんて大層な名前がついていても、転移陣であることに変わりはないからな。

 なら閉じることも転移先を書き換えることも、それほど難しいことじゃない。しかし普通に閉じてしまったのでは、またゲートを開かれるかもしれない。そこで、この〈技能の書スキルブック〉を使用したと言う訳だ。

 この〈技能の書スキルブック〉には、解析した〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉の魔法式が付与してある。

 あとはこの〈技能の書スキルブック〉を使って、研究所の封印装置に出入り口を繋げてしまえば一件落着だ。


「本当にこの魔導書に〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉が?」

「ああ、それを使えば好きなところにゲートを開ける。ただ、早めに封印装置に繋げた方がいいだろうな」


 そうしないと、また別のどこかにゲートを開かれる危険がある。いまはゲートを閉じているが、閉じることが出来ると言うことは開くことも出来ると言うことだからな。


「なるほど……できるだけ急いだ方が良さそうですね」


 別の場所に〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉が出現する危険性をセレスティアも理解したのだろう。

 今度は〈青き国〉に出現する可能性もあると言うことだしな。

 そうなったら、この廃墟と化した王都のようになりかねない。


「早速、〈深層〉へ向かわれますか?」

「そうしたいところだけど、その前に……テレジア」

「はい、ご主人様」


 俺の考えを察し、先代とオルテシアの間にユミルを寝かせるテレジア。

 見た目は相当に酷い状態だった。

 右腕は消し飛んでいるし、血液が噴き出したようで全身が傷だらけだ。

 敵から受けた傷と言うよりは、魔力操作に失敗した時の症状に近いな。

 ユミルらしくないミスだが、それだけ頭に血が上っていたのだろう。

 となると、やはり――


(……俺が偽物だって気付かれているよな?)


 偽物だとバレている可能性が高い。由々しき事態だ。

 ユミルには悪いけど、先代が解決したと言うことにしないと未来にどんな影響を及ぼすか分からないしな。

 余りこういう手は使いたくないのだが――


「――〈構築開始クリエイション〉」

 

 ユミルの身体にスキルを使用する。

 彼女たちは人間のような見た目をしているが人間ではなく人造生命体だ。

 言ってみれば、意志のある魔導具のような存在とも言える。だから俺のスキルが通用する。

 肉体の破損を〈再構築〉で修復し、ついでに記憶を改変・・・・・する。

 ここだけの話、実は他のメイドたちにも記憶の改変処置を施していた。

 と言っても、俺に関する記憶を先代に置き換えただけの話だ。

 記憶と言うのは意外といい加減なもので、曖昧な記憶でも都合良く補完してくれるように出来ている。だから俺に関する記憶を完全に消してしまうよりは、先代のやったことにしてしまった方が矛盾が生じにくいと言うことだ。


「これでよしと。あとはコアに魔力を供給すれば、目が覚めるはずだ」


 それは先代に任せようと思う。

 折角、記憶を改変したと言うのに、また正体がバレる危険を冒す必要もないしな。

 この件が片付いたら、さっさと現代に帰還してしまった方が良いだろう。


「シイナ様……やはり、元の時代に帰られるのですか?」


 そんな俺の考えを察したかのように、どことなく寂しそうな表情を覗かせるセレスティア。

 別れを惜しんでくれているのだと思うと嬉しいが、元よりそのつもりだったしな。


「また、そのうち会えるさ。〈巫女姫〉は不老なんだろう?」

「……二万年も待たせるつもりですか?」

「逆に言えば、未来で確実に会えるってことだ」


 未来の世界でセレスティアが俺のことを覚えているかは分からないが、なんとなく再会できる予感はあった。

 時空間転移は気軽に使えるスキルではないが、時間と空間を超越できるということは異世界に転移するくらいのことは難しくないと考えるからだ。これからの研究次第ではあるが、手応えはあるので恐らく可能だと考えていた。


「分かりました。元より困らせるつもりはありませんでしたから。ですが……きちんと責任は取ってくださいね?」 


 責任? ああ、エミリアとシキのことか。

 勿論、責任は取るつもりだ。


「当然だな」 

「では、待ちます。二万年、シイナ様のことを待ち続けますから」


 ――覚悟していてくださいね。

 と、そう言って再会の約束をしてくるセレスティア。

 変わった再会の約束だなと思いながら、背中に視線を感じて振り返ると――


「私はどこまでも、ご主人様についていきますので」

「ああ、うん……」


 これだけは絶対に譲れないと言った固い意志をテレジアから感じる。 

 まあ、一人くらい現代に連れて帰っても問題ないだろう。

 ホムンクルスは人間じゃないしな。たぶん問題ないはずだ。


「そう言えば、シイナ様。アルカのことで聞きたいことが――」


 先代のことで何か疑問を口にしようとして、セレスティアの表情が固まる。

 理由は察しが付く。倒したと思っていたのだが――


「まさか、生きているとはな」

「そうか、貴様だったのだな……イレギュラー!」


 ちゃんと死んだか確認しないとダメだなと反省させられるのだった。



  ◆



 アルカだと思っていた相手の正体が椎名だったと気付き、激昂するルシフェル。

 そして、


「なに? ゲートがない? ど、どういうことだ!」


 ようやく〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉が閉じていることに気付く。

 ありえないと思いつつも誰がやったのかなど、考えるまでもないことだった。


「これも貴様の仕業か!」


 椎名を睨み付け、怒りに震えるルシフェル。

 同時に失策だったと、椎名を甘く見ていたことを後悔する。

 イレギュラーの存在は把握していた。しかし、ガブリエルやミカエルを殺された程度で、計画に支障はないと考えていたのだ。

 アルカが〈神の座〉に至るのであれば、それでいい。そうでないなら、また別の世界で同じことを繰り返すだけの話だ。ルシフェルにとってこの世界での出来事は、何千、何万回と繰り返されてきた実験・・の一幕でしかなかった。

 だからこその油断があったのだろう。

 たった一人のイレギュラーに計画を台無しにされるとは考えていなかったからだ。

 それだけに分からない。


(なんなのだ。こいつは……)


 神核を持つ自分を圧倒する力を持つばかりか、〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉に干渉することの出来る人間など聞いたことがない。数多の世界をダンジョンと共に渡り歩いたルシフェルでさえ、そのような人間に出会ったことはなかった。

 いや、そもそも人間なのかと言った疑問が浮かぶ。

 そのような非常識な存在が、ただの人間であるはずがないからだ。

 

「待て……〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉に干渉できる力を持った人間だと?」


 ダンジョンを管理するために与えられた〈全知アカシャの書〉がなければ、ルシフェルでさえ〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉をコントロールすることは不可能だった。

 仮にそんなことが可能な存在がいるとすれば、それはダンジョンを創造した神しかいない。

 そのことに思い至ったルシフェルの表情が驚愕と、憤怒に染まる。


「そうか、そうかそうかそうか! 貴様が――そうだったのか!」

「ん?」


 なにを言われているのか分からず首を傾げる椎名。

 しかし、かまうものかとルシフェルは〈神核〉の力を解放する。

 そして――


「いまこそ、復讐を果たす時だ! 全知アカシャの書よ――我が声を聞き、我が願いを叶えよ!」


 全知の書に願う。

 次元の狭間へと続く門を開き――時の牢獄に対象を封じ込める禁呪。

 神域魔法と呼ばれる神の力の一端だ。


永久とこしえの牢獄で、我が苦痛を味わうがよい!」


 本来は神にしか扱えぬ神域魔法だが、ルシフェルにはそれを可能とする権能があった。

 彼が〈全知アカシャの書〉を使える理由ともなっている能力――

 どのような魔法のアイテムでも使用することが出来る権能。魔導具を介したスキルや魔法であれば使用に制限はなく、それは神にしか使えない魔法であっても例外ではない。

 しかし発動は出来ても、神域魔法は神の力なくして効力を発揮することが出来ない。だからこそ、彼は神の力を――神核を求めたのだ。

 天使が不滅とはいえ、神でない存在がこの魔法を使えば自我を保つことも出来なくなるだろう。

 自滅覚悟だった。

 それでも復讐を遂げられるならと、ルシフェルは魔法を発動する。


「――無限牢獄トコシエノセカイ


 神を滅することは叶わずとも、封印することは出来る。

 虚無の世界で、自分が味わったものと同じ永遠の苦痛を神に与えること――

 それがルシフェルの願いだった。

 神核が嘗て無い輝きを放ち、まるで太陽の熱に焼かされるようにルシフェルの身体が塵と化していく。

 そして、魔法の発動を見届けると――


(これで、ようやく……)


 満足げな笑みを浮かべ、ルシフェルは光の中に消えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る