第224話 神の力

「最後になにか言っていたが、所詮は人形の戯れ言よ」


 このまま星と運命を共にするがいいと、笑みを浮かべるルシフェル。

 勝利を確信した、その時だった。


「……は?」


 召喚した小惑星が突如、目の前から消失したのは――

 なにが起きたのか分からず、ユミルの仕業を疑うルシフェルだったが、


「どうやら生きてはいるみたいですね」


 気を失ったユミルを抱きかかえるメイドの姿を見つける。

 メイドの正体はテレジアだった。

 空間転移で上空に転移し、落下するユミルを空中で受け止めたのだ。


「いまのは貴様がやったのか? いや……」


 小惑星を消滅させるような芸当を、ユミル以外に出来る存在がいるとは思えなかった。ルシフェルの頭にミカエルを殺したイレギュラーの存在が浮かぶが、明らかに目の前のメイドは違う。

 銀色の髪に金色の瞳。

 人間ではなくホムンクルスだと一目で分かる特徴をしているからだ。


「答えぬか。どうやったかは知らぬが、逃げられると思わないことだ」

「逃げる? 逃げた方がいいのは、あなたの方では?」


 放心するルシフェル。

 テレジアがなにを言っているのか理解できなかったのだろう。

 しかし、


「作業をしてたら急に隕石が降ってくるんだもんな。この世界、隕石が降ってきすぎだろう……。『晴れ時々、隕石』って……昔そういう話の絵本があった気がするけど、実在する話だったとは……」


 ぶつぶつと独り言を呟く声に気付き、空を見上げるルシフェル。

 すると、そこには漆黒の外套を纏ったアルカ(?)の姿があった。


「バカな! 貴様は死んだはずだ!?」


 死んだはずの人間が現れたことに驚くルシフェル。

 そんなルシフェルの反応を見て、「ああ」と納得した様子でアルカ(?)は手を叩く。そう、ルシフェルは勘違いしているが、彼がアルカだと思っている人物の正体は椎名だった。

 天使もホムンクルスと同じで外見ではなく、魂の色や性質で人間を見分けている。そのため、アルカと同じスキルを持った椎名のことを一目で偽物と見抜くことが出来ないでいた。

 変装もしているのなら尚更だ。

 しかも、奪ったはずの〈神核〉と同じ力を椎名から感じるのだから勘違いするのも無理はなかった。


「なんか、お前どこかで見たことがあるな?」

「ふざけるな! くっ、なにがどうなっているのだ!?」

「ああ、前にダンジョンで狩った天使のボスにそっくりなんだな」

「さっきからなにを言っているのだ。貴様は――!」


 話の通じない相手に苛立ちを募らせ、感情のままに魔法を放つルシフェル。

 全知アカシャの書から放たれた雷撃が椎名に迫る。

 ユニークスキルに相当する〈神の雷〉だ。しかも、星霊力によって強化されていた。

 黒焦げにするつもりで放った雷撃だったのだが、


「ぐあああああッ!」


 いとも容易く跳ね返され、そのままルシフェルに直撃する。

 全身を雷撃に焼かれ、よろよろと体勢を崩すルシフェル。


(バカな――なにが起きた?)


 魔法を跳ね返されたことは理解できる。

 しかし星霊力を纏った魔法障壁を、いとも容易く突破されたことがルシフェルには理解できなかった。

 なにをされたのか、まったく理解できない。

 困惑と戸惑い。そして、得体の知れない恐怖が心を支配する中――


「〈拡張エクステンション〉――〈千の雨・改サウザンドレイン〉」


 ルシフェルの頭上に、魔法の雨が降り注ぐのだった。



  ◆



「アルカが幼くなっていることにも驚きましたが……」


 アルカの頭を膝の上に乗せ、地上に降り注ぐ無数の光を見上げるセレスティア。

 それは椎名の放った〈千の雨〉の光だった。

 以前に見たものとは桁違いの破壊力。一発一発が高位の魔法に匹敵するほどの破壊力が込められていた。カドゥケウスの力で、魔法の威力を〈拡張〉したのだと察せられる。

 椎名がこの一ヶ月、作戦の準備を進めながら密かに実験をしていた成果が、これだった。複数のスキルを組み合わせるだけでなく、既存の魔法であっても〈拡張〉を使用することで魔法式に用いられる変数パラメーターを操作して威力を増幅したり、効果を追加できることに気付いたのだ。

 その結果が、いまルシフェルが体験している改良版の〈千の雨〉と言う訳だ。 


「……あれ、星霊力が込められていますよね?」


 星霊力で強化されていることに気付くセレスティア。

 椎名のことだ。魔法を強化するために最適な方法を選んだ結果、魔力をただ圧縮するのではなく星霊力へと変換するに至ったのだと察せられる。しかし、口にするのは簡単だが、誰にでも出来ることではなかった。

 アルカなら可能かもしれないが、逆に言えばそのレベルの実力者でなければ難しいということだ。それにアルカでも、この規模の魔法を魔力ではなく星霊力で行使するのは難しいだろうというのがセレスティアの考えだった。

 実際セレスティアでさえ、星霊の力を使うのは身体への負担が大きいのだ。

 加減を誤れば、命を落としかねない諸刃の剣。それが星霊力だった。

 だと言うのに――

 

「私でもあれだけの星霊力を行使するのは身体への負担が大きいというのに、シイナ様は余裕そうですね……」

「若様ですから」


 椎名には、まだまだ余裕があるように思える。

 そんなセレスティアの言葉に、どこか達観した表情で相槌を打つレティシア。

 まだ付き合いは三ヶ月ほどではあるが、それでもアルカ以上に非常識な人間だと言う認識をレティシアは椎名に抱いていた。

 いや、椎名あれを人として扱うのは間違いだと考える。神の領域に至った人間ではなく、神が人の姿をした存在という方がしっくりと来ると、椎名のことをレティシアは分析していた。 

 実は椎名の正体がダンジョンを創造した神で、教会の信仰する錬金術師ヘルメス・トリスメギストスだとしても驚かない自信があるくらいだった。

 それほど、椎名の力は想像を絶している。それだけに興味深い。

 いまやレティシアの興味の対象は、アルカから椎名へと移っていた。元々、騎士団長をしていたのもアルカに興味を持ったからであって、騎士道や忠誠心などレティシアには微塵もないからだ。

 彼女はあくまで〈聖剣の勇者〉として、自分のなかのルールに基づいて行動しているに過ぎなかった。


「あ、あれはまずいかもしれません……」

「まさか、あれは……!?」


 魔法の雨が止んだかと思うと、空が黄昏に染まる。 

 膨大な星霊力で空を覆い尽くしたのだと、レティシアとセレスティアは気付く。

 となれば、その次に来る攻撃は予想できるものだった。

 ――堕ちる天空フォールダウン。オルテシアとの戦いで椎名が見せたオリジナルの魔法。

 闘技場を消滅させた広域殲滅魔法だ。

 そんなものを全力で放てば、どうなるかなど容易に想像が付く。


「レティシア! あなた結界は――」

「すみません。私の聖剣は攻撃特化なので、そういうのは……」

「ああ、もう! 私の後ろに下がっていなさい!」


 攻撃の余波に備え、防護結界を展開するセレスティア。

 その直後、黄金に輝くが地上へと落ちてくるのだった。



  ◆



 魔力を固めて作った足場の上から地上を見下ろすと、一辺十キロほどの四角く切り抜かれた穴が見える。

 俺の放った〈堕ちる天空フォールダウン〉で出来た大穴だ。

 かなり範囲を絞ったつもりだったのだが、想定よりも被害が大きかった。

 まあ、もう誰も住んでいない王都だし、別にいいよな。


「及第点と言ったところか」


 丁度良さそうな相手だったので魔法の実験をしてみたのだが、完成度は八割くらいと言ったところだろう。威力は申し分ないのだが、やはり魔力の消費が激しいのが欠点だ。もう少し最適化を突き詰めれば、エクストラスキルの魔力消費も今より二割は抑えられると考えていた。

 とはいえ、実戦で使えるレベルには仕上がっていると思う。


「テレジア。ユ……彼女の容態はどうだ?」

「見た目は酷い怪我ですが、命に別状はないかと」


 人間なら死んでいてもおかしくないような大怪我に見えるが、ユミルはホムンクルスだしな。

 ぶっちゃけ、核さえ無事なら身体がどれだけ欠損しようが死ぬことはない。それよりも、ホムンクルスの心臓である〈霊核コア〉にトラブルが発生した場合の方が問題だった。

 ユミルが意識を失ったのは、恐らくは魔力枯渇が原因だろう。

 ホムンクルスは魔力がなければ、活動することが出来ない。そして一度、魔力が枯渇するとコアが休止状態スリープモードに入り、自分の意志で目覚めることが出来ないのだ。

 なにせ休止状のホムンクルスを再起動するには、コアを魔力で満たしてやる必要があるからな。

 その上、原初の六人――特にユミルを目覚めさせるには、膨大な魔力が必要だ。

 回収した魔素から抽出した余剰魔力は〈時空間転移〉を付与した〈技能の書スキルブック〉に吸収させちゃったしな。魔力炉を使えばいい話だが、どちらにせよユミルを目覚めさせるなら設備の整ったところでやるべきだろう。

 なら、ユミルには悪いけど後回しにするべきか。

 しかし、


「良いタイミングだったな。どうやって追いついたんだ?」

「ご主人様から頂いた〈空間転移〉の〈技能の書スキルブック〉を使用しました」


 どうやってここまで来たのかと思っていたら、それがあったかと思い出す。

 でもあれ、本来は行ったことのある場所にしか転移できない代物なんだよな。

 テレジアは〈白き国ここ〉に来たことがあるのかと尋ねると、


「セレスティア様が一緒でしたので」


 そんな答えが返ってきた。

 魔導具に付与したスキル〈鷹の目〉を使って地上を確認してみると、本当にセレスティアの姿があった。

 むしろ、こっちの方が驚きだ。

 国の方はいいのだろうかと思ったが、責任感の強い彼女のことだ。作戦のことを心配していたのかもしれない。

 なら、結果・・はちゃんと報せておいた方がいいなと考え――


「まずはセレスティアと合流するか。彼女の治療もするから付いてきてくれ」

「はい、ご主人様」


 テレジアに声をかけ、セレスティアのもとへと向かうのだった。

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