第223話 堕ちた星霊

 勝利を確信した笑みを浮かべるルシフェル。

 しかし、なにかがおかしいと気付き始め、少しずつ表情が曇っていく。

 先程まで、ほぼ互角だったはずだ。なのに同じスペックの分身を百体近く生みだし、攻撃を繰り返しているにも拘わらず攻めきれない。

 それどころか、


「何故だ! 何故、攻撃が当たらん!?」


 ルシフェルの攻撃は易々と回避され、反撃を受けるようになってきていた。

 こんなはずがないと動揺するルシフェル。

 スピードやパワー。身体的なスペックに差はないはずだ。

 神核を持つ自分が、幾ら同じ〈神核〉を持っているとはいえ、ホムンクルス如きに後れを取るとは微塵も考えていなかった。

 しかし、


「もう、見飽きました」

「なに……?」


 ユミルは冷ややかな目で、そんなルシフェルを見下す。


「大きな力も使いこなせければ、意味はありません」

「私が力に振り回されているとでも言うつもりか!」

「はい。その魔導書も〈神核〉も、あなたの力ではないのでしょう?」


 借り物の力で威張ったところで、使いこなせければ意味はない。

 ルシフェルが力を持て余していることにユミルは気付いていた。


「いえ、未熟なのは私も同じですか。少し頭に血が上っていたようです」


 なのに、そんな相手に苦戦をしたのは冷静さを欠いていたからだと恥じる。

 自分でも分からない感情に支配され、頭が真っ白になってしまった。

 しかし、その感情の正体がユミルには分からなかった。

 だから自分の中で消化するのに時間が掛かってしまったのだ。


(知らない記憶。見知らぬ景色。あれが過去の記憶なのだとしても……)


 いまの自分には関係のないことだと、ユミルは感情を抑制する。

 マスターの命に従い、ホムンクルスとしての使命を果たすこと。

 前世の記憶を取り戻すよりも、それがユミルにとって最優先であった。

 故に――


「もう、終わりにしましょう。あなたには消えてもらいます」


 目の前の羽虫ゴミを処分することを決める。

 楽園のホムンクルスとして、マスターの敵は排除する。

 それが、ユミルのだした答えだった。


「ふざけるなあああああああッ!」


 そんなユミルの態度に、激昂するルシフェル。

 天使の最高位にして神に等しい力を手にした自分が、人形ホムンクルス如きに見下されるのが納得行かなかったのだろう。

 こんなことが許されるはずがない。なにかの間違いだと、再び一斉にユミルへ襲い掛かる。

 しかし、


「それは、もう見飽きたと言ったはずです」


 攻撃が届くどころか、一瞬にして三体のルシフェルが光に呑まれ〈分解・・〉されてしまう。

 ありえない――と目を瞠り、驚愕の表情を浮かべるルシフェル。

 ユミルのスキルは、星霊力には効果がないと思っていたからだ。

 実際、先程までは魔法障壁を突破できずに攻めあぐねていたはずだ。


「不思議そうな顔ですね。ただ、対応・・しただけの話です」

「……は?」


 意味が分からないと言った表情を見せるルシフェル。

 しかし、ユミルの言葉はそのままの意味だった。ただ、彼女は対応しただけだ。

 椎名がユミルを最強だと考えているのは、彼女が〈魔王の権能ディアボロススキル〉を持っているからという理由だけではない。ユミルが真に凄いのは、その理解力と対応の早さだった。

 仮に未知の技術や能力であっても、彼女であれば必ず理解・・し、対応してくる。椎名のように〈解析〉が使える訳でもないのにだ。

 それにルシフェルは大きな勘違いをしていた。ユミルのスキルは星霊力に効果がない訳ではない。椎名が過去にセレスティアの星霊力を〈分解〉し、魔力へと〈再構築〉したようにユミルのスキルも〈星霊力〉に干渉することは可能だった。

 ただ、そのためには理解・・が足りていなかったと言うだけの話だ。

 星霊力から魔力を生み出せるのであれば、逆も可能だと言うこと――

 その仕組みさえ理解してしまえば、


「があああああああああ! バ、バカなああ!」


 魔法障壁を破り、対象を〈分解〉することなど容易い。

 再生したはずのルシフェルの右腕が、ユミルの放った光で消滅する。

 昏き光。それは〈暁〉と対を為す〈黄昏〉の光。

 錬金術において、それは〈終焉〉と〈破壊〉を意味する。


「鬱陶しいですね。消えて・・・ください」


 ユミルの両手から〈昏き光〉が放たれたかと思うと、あれだけいたルシフェルの分身が一瞬にして〈分解〉され、消滅する。

 余りに理不尽な光景に理解が追いつかず、困惑するルシフェル。

 それは〈暁の錬金術師〉と呼ばれた女と対峙した、あの時の記憶と感情を呼び起こさせるものだった。


「こんなことがあってたまるか!」


 必死に恐怖を隠すかのように叫び、巨大な隕石を召喚するルシフェル。

 それは小惑星を召喚し、地上に裁きを与えるミカエルの権能であった。

 椎名には通用しなかったが、それでも地上の文明を滅亡させるだけの破壊力がこの〈星堕としメテオフォール〉にはある。

 しかし、


昏き終焉の光ラグナレク・ロア――」


 ユミルが空に向かって光を放った直後、それは消滅・・する。

 まるで最初から存在しなかったかのように、一瞬で跡形もなく消え去った。


「な、なんなのだ。こいつは……このは……」


 神核を宿しているのだとしても、ありえないと困惑するルシフェル。

 圧倒的なまでに理不尽な力。こんなものがあっていいはずがないと――

 恐怖を覚えた、その時だった。


「――ッ!」


 昏き光を放ったユミルの右腕が弾けたのは――

 右腕を失い、全身から血を噴き出し、体勢を崩すユミル。

 一瞬、自分の身になにが起きたのか分からなかったが、理解する。


「ハハハ、そうか! 天は私を見放さなかった! それだけの力だ。幾らホムンクルスの身体が人間よりも頑丈に作られているとはいえ、何度も耐えられるはずがない!」


 ルシフェルの言うとおりだった。

 大きな力ほど、反動は大きい。強大な力は制御を誤れば、自分に跳ね返る。だからこそ魔力操作の技術が重要なのだが、感情に身を任せ力を暴走させたことも要因の一つにあるのだろう。

 ユミルの身体はとっくに限界を迎えていた。


(……申し訳ありません。マスター)


 自分の身体のことよりも使命を果たせないことをユミルは悔いる。

 そんな彼女の頭に過ったのは、覚えていない前世の記憶の続きだった。

 大人へと成長した少年の亡骸を抱きながら、なにかを願うように叫ぶもう一人の自分。

 その願いに答えるように世界樹が眩い光を放ち、二人の身体を包み込む。

 あたたかな光に包まれ、そして――


『私は〈世界樹〉に願った。私の生徒アルカを助けて欲しいと――』


 大切な教え子の命を奪った者たちに復讐・・がしたいと――

 それが、〈暁の錬金術師〉と呼ばれた彼女の最初で最後の願いだった。

 世界樹と契約した彼女は、星霊の絶大な力で天使の軍勢を蹴散らした。

 だが、それだけでは終わらなかった。彼女の復讐の相手は、他にもいたからだ。


『私は天使だけでなく人類も憎んだ。すべては天使が仕組んだことだったけど、自らの欲のために私を騙し、生徒の命を奪った彼等が許せなかった』


 すべては〈神核〉を生み出すための天使の計略だったのだが、大切な教え子の命を奪ったのは人間たちだった。

 しかも天使がいなくなったと知ると、彼女の力を恐れて排斥しようとしたのだ。

 なかには、その力は我々が管理するべきだと主張する愚かな人間もいた。

 人間も天使も本質は変わりがない。汚く、醜く、度し難い。

 だから、滅ぼした・・・・


『そして、私は生徒アルカと共にダンジョンで眠りについた』 


 深い眠りから覚めないアルカを〈生命の水〉で満たしたポッドに入れ、彼女もダンジョンで眠りについた。

 しかし、その時には既に彼女の身体は限界を迎えていたのだ。

 肉体は消滅し、残されたのは〈星霊〉の核にして神の心臓――〈神核〉だけだった。

 それが、彼女の記憶のすべて。


「終わりだ――」


 再び巨大な隕石を召喚するルシフェル。

 ユミルの視界が炎に包まれ、暗い闇の中へと意識は沈んでいく。

 そのなかで――


「いえ、終わるのは、あなたの方です……」 


 ルシフェルの最期・・を確信し、ユミルは意識を手放すのだった。

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