第222話 王と英雄の資質
同じ頃、各国ではモンスターとの激しい戦闘が繰り広げられていた。
とはいえ、当初の予想よりも数が少なく――
「なんか、弱くなってないか?」
「ん……弱体化してる」
ソルムとアニタが言うようにモンスターが弱体化していることもあって、戦いは五分――いや、僅かに人類の方が優勢に進めていた。
それでも余裕がないのは、減ったと言ってもモンスターの数が圧倒的すぎるからだ。
その数は数百万。〈紫の国〉と〈青き国〉の二つに迫っているモンスターだけでその数だ。本来であれば、抵抗できずに国ごとモンスターの波に呑まれていても不思議ではないほどの戦力差があった。
そうなっていないのは、やはり学院長をはじめとした世界トップクラスの実力者が集っていると言うこともあるが、椎名の生徒たちの存在が大きかった。
歴戦の魔法使いや冒険者と比べれば、まだまだ未熟なところはある。しかし、同世代と比べれば圧倒的に実力は秀でていて、ベテランの冒険者に負けずとも劣らない活躍を見せていた。
なかでもイグニスの成長が目覚ましく、同じ椎名の生徒の目から見ても恐らく一番の功労者は彼だと声を揃えるほどの活躍ぶりであった。
それというのも――
「凄いですね。イグニスは……あの魔導具を使いこなすなんて……」
「兄様は昔から器用でしたから。スキルなんかに頼らなくても凄いです」
レイチェルが話すように、イグニスがここまで活躍しているのは椎名から貰った魔導具のお陰によるところが大きかった。と言っても、その魔導具を使いこなせている時点で、ミラベルの言うように凄いことなのだが――
イグニス用に調整された魔導具と言うこともあるが、仮に他の者が使っても同じようには使えないだろう。六人が椎名から貰った魔導具のなかでも特に扱いが難しいのが、イグニスの魔導具であった。
その名は〈
その対象の数や効果範囲に制限はない。同じ戦場であれば、イグニスはすべての味方を強化することが出来る。しかも、その強化幅が凄まじく、大凡二倍から三倍の身体強化や感覚強化を得られ、魔力の増幅機能まで付与されるという神器も真っ青の壊れ性能だった。
通常この手の強化系スキルと言うのは、自分自身に付与するものでも五割増し程度が一般的だと言うのにだ。
ただ、これだけの能力だ。当然、制約はある。
本来は魔導具に使用する〈魔力同調〉を人間に使用することで、自分の魔力と他人の魔力を同調させ味方を強化するスキル。それが〈
味方と魔力を同調させ感覚を共有することで潜在能力を限界以上に引き出す反面、魔力同調の精度が甘いと負の感情や苦痛なども一緒に使用者へ伝わってしまうのだ。
適性のない者が使えば、精神に異常をきたしかねない危険な魔導具だ。
イグニスがこの魔導具を使えるのは彼自身が〈魔力同調〉のスキルを使えることと、これまで真面目に魔力操作の技術を磨いてきた結果でもあるのだろう。彼自身の努力が実を結んだ結果と言う訳だ。
とはいえ、
(すべての魔導具が私たちの適性に合わせて調整されている。やっぱり、姉さんが認めた人ね)
一番凄いのは椎名だと、イスリアは考えていた。
全員の得意分野や魔力適性を、本人たち以上に把握していると言うことになるからだ。
教師の適性があるとか、そう言うレベルの話ではない。
普通の人間に出来ることではないと、イスリアは感じていた。
得意分野を見抜くくらいのことは他の教師にも出来ると思うが、全員の魔力適性や秘めた才能を本人たち以上に把握して魔導具を調整するなんて真似、どんな魔導具技師にも出来ない芸当だからだ。
「
風の大精霊を召喚し、天候を操作するイスリア。
そして、
「
暴風と雨がモンスターを襲い、雷が大地に降り注ぐ。
大精霊の召喚には既に成功しているとはいえ、ここまで威力の高い広範囲の攻撃を使えば以前のイスリアであれば、すぐに魔力切れを起こしていただろう。こんな真似が出来るのも、彼女の適性に合わせた魔導具のお陰だった。
イスリアの周囲に浮かぶ球状の物体こそ、彼女用に調整された魔導具であった。
その名は
魔導具のなかにはもう一つの世界が広がっていて、そこにイスリアは契約した精霊を住まわせていた。それが彼女に精霊が手を貸す条件となって、通常よりも少ない魔力で〈精霊術〉の行使や大精霊の召喚を可能としている訳だ。
ただ、これも適性がなければ使えない。箱庭の世界は所有者のイメージに左右され、魔力や魂の性質も大きく環境に影響を及ぼす。そのため、精霊の好みに合う環境を用意できなければ、まったく意味のない魔導具だった。
元から精霊に好かれる体質の人間であれば使えるかもしれないが、それでもイスリアほどの効果は発揮しないだろう。大精霊を召喚できるほどの力を持ち、巫女姫の後継者を姉に持つイスリアだからこそ使える魔導具でもあった。
そう、即ち――
「おい、あの金色の髪は……」
「ああ、間違いない……」
イスリアの緑色の髪が、微かに緑を帯びた金色へと変化する。
兵士たちの動揺する声が聞こえてくるが、それも無理はなかった。
この世界で金色の髪を持つ者は、二人しかいない。セレスティアとエミリアの二人だけだ。即ち、世界樹が新たな時代の契約者として、イスリアを認めたと言うことに他ならなかった。
「イスリアの奴、こんな大勢の前で大精霊の力を使うなんて……これから大変だぞ」
「ん……でも、イグニスとイスリアが注目を集めてくれてるから助かってる」
「目立ちたくない気持ちは分かりますが……あの二人だけに頼る訳にはいきません」
これ以上、目立ちたくないという気持ちを隠そうともしないソルムとアニタを嗜めるレイチェル。気持ちは分からなくもないが、イグニスとイスリアだけに任せると言う訳にも行かない状況だ。
全員で力を合わせなければ、この困難を乗り越えることは出来ないだろう。
だから――
「分かってる。ここで情けない姿を見せたら、先生に申し訳ないしな。それに目立った活躍が一つもなしだと、あとで家族にドヤされそうだ」
「私も商会の名を売るくらいのことはしないと、このままだと大赤字……」
理由は人それぞれだが、目的は一致していた。
結局このまま世界が滅びてしまったら、そうして悩むことすら出来なくなってしまうからだ。
故に、彼等は――
「まったく、あなたたちは……」
「でも、この方が
世界の命運を懸けた厳しい戦いに臨むのだった。
◆
「想定していたよりもモンスターの数が少ない。それにモンスターが弱くなっているという報告もあることを考えると恐らくは――」
椎名が上手くやってくれたのだと、〈緑の国〉の女王コルネリアは察する。
彼女は今、〈緑の国〉の王城にいた。前線にでても自分では足手纏いにしかならないと分かっているのと、他にやるべきことがあったためだ。
それが――
「さすがは〈賢王〉と呼ばれる方ですね。彼を英雄に仕立てのは正解でした」
「それは私の功績ではありません。彼にその資質があったからです」
楽園と通じ、作戦を指揮することにあった。
いま話している相手は、サリオン家当主のロゼリアだ。
彼女のスキルで戦場の状況を把握し、ここから作戦の指示を行っていた。
と言っても、コルネリアに出来るのはおおまかな指示だけだ。それを実行する人間が無能では、成果を得ることは出来ない。そう言う意味でロゼリアはコルネリアの考えを理解し、作戦を実行するのに最適な人材だった。
イグニスを英雄に仕立てる案もコルネリアがだし、それをロゼリアが実行に移したのだ。
イグニスの〈
魔力同調で他人の魔力と同調すると言うことは、ある程度の信頼を得ていなければ難しい。皆がイグニスを仲間だと認めなければ、効果は発揮されないと言うことだ。
だから彼を英雄に仕立てる必要があった。
皆の心を一つにするために――
しかし、それはイグニスに英雄の資質があったからだとコルネリアは答える。
そうでなければ、この作戦が上手く行くことはなかっただろう。
「一番すごいのは、そんな彼の資質を見抜き、最適な魔導具を与えられたシイナ様です」
それだけに陰の功労者は椎名であると、コルネリアは話す。
こうして、女王という地位にいるからこそ分かるのだ。
それは人の上に立つ者として、なによりも代え難い才能だと――
椎名には王の資質があると、コルネリアは評価していた。
「ええ、だから私たちはあの方に懸けることにしたのです」
楽園に引き籠もっていれば少なくとも命の危険に晒されることなく、これまでと変わらない日常を送ることが出来ただろう。しかし、それではダメだとロゼリアは考えた。
王に守られるのではなく、王と共に戦う臣下でありたい。
それが、楽園に住まう者たちの想いであり、決意であった。
後書き
あと数話で過去編が終わるので、ひさしぶりに後書きを残して起きます。
既に現代編の執筆をはじめている状況ですが、この話は後から付け足しました。
実は書き終えてからも加筆をいれたりして、十話分くらいは確実に増えてます。
もうここまで長くなってしまったのなら、少しくらいエピソードを付け足しても大きくは変わりませんしね……。
恐らく誰も予想しなかった終わりを迎えるので、そこもお楽しみ頂ければと。
かれこれ過去編に入ってから四ヶ月くらい連載してた気がしますが、現代編の方が書きたいことは山ほどあるので、これからもお楽しみ頂ければ幸いです。今後とも応援よろしくお願いします。
過去編が完結したら近況ノートの方に総括を掲載予定です。
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