第221話 全知の書
結論から言うと試みは上手くいった。
上手くいったのだが……レティシアに念話で相談することにする。
『レティシア。モンスターの相手しているところ悪いんだけど……』
『どうかされたのですか? まさか、お二人とも……』
『ああ、そこは安心してくれ。
『……いまサラリととんでもないことを仰いませんでした?』
別におかしなことは言っていない。今回のは蘇生とも少し違うしな。
オルテシアの方は〈
と言っても、オルテシアの方も妙なことになっているのだが……。
魂が〈魔核〉へと変化して人間の身体をベースにしたホムンクルスみたいな状態になってしまっていた。出会った頃のテレジアや〈魔女王〉に近い状態と言った方が分かり易いだろう。
ただ安定はしているので、すぐに調整が必要な状態ではないのが幸いだ。
問題があるとすれば――
(なんか、スカジに似ているような……)
肉体年齢や顔付きが少し変わって〈魔女王〉の面影が現れていた。
ベースはオルテシアで間違いないのだが、何度見ても知り合いそっくりだ。
髪を頭の左右で結んでツインテールにすれば、スカジと瓜二つだった。
というか、間違いなくスカジだよな? スカジってオルテシアだったのか?
これだけでも戸惑う理由は十分だと言うのに――
『そんなことはどうでもいいんだけど、先代が
『どうでもいいで流さないで欲しいのですが……はい? いま、なんと……』
『だから、先代が幼女になった。小さくなったんだよ』
レティシアが戸惑うのも無理はない。俺も戸惑っているしな。
何度も言うようだが、先代が幼女になった。
見た目は五、六歳と言ったところだろう。原因は察しが付いている。
誰にでも分かり易く説明すると、肉体というのはコンピューター端末で言うところの
で、すべての魂には個体識別番号のようなものが割り振られていて〈星の記憶〉と繋がっている。俺がなにを言いたいのかは、これで理解してもらえると思うが、ようするに〈星の記憶〉は記憶や人格のバックアップ――クラウド的な機能を有していると言うことだ。
ただ、誤解のないように言っておくと、同じ人格や記憶を持った人間を量産できる訳ではない。最初に言ったがすべての魂には個体識別番号が割り振られていて、これの複製は出来ないようになっているからだ。
だから、すでに〈星の記憶〉と繋がっている魂があると、その魂から〈霊核〉を錬成しても別の番号が割り振られて、まったく別の存在が生まれることになる。レミルが良い例だろう。
レミルは俺の魂から錬成したホムンクルスだが、まったく似ていないしな。
そのため、俺は〈魂の錬成〉と言った訳だ。これは錬金術の領域だからな。
オルテシアの方はともかく、先代を復活させられるかは五分五分だと思っていた。
肉体から離れた魂がまだ〈星の記憶〉と繋がっていれば、錬成した〈霊核〉は先代ではなく別人として生まれて来る可能性が高いからだ。
しかし成功したと言うことは、既に先代の魂は〈星の記憶〉との接続が切れていると考えて良いだろう。たぶんモンスターに捕食されたか、魔素に分解されて自然に還ったかのどちらかだと思う。
で、最初の話に戻る訳だが、先代が幼女になった理由は簡単だ。
たぶんレミルが幼くなったのも、これが理由だったのだと今なら分かる。
霊核を錬成する際に使用した〈魂の欠片〉が小さすぎたのだ。
『どうして、そんなことに……』
『〈
『聞き慣れない言葉ばかりですが、ようするに回収した魂が小さすぎたから肉体も幼くなったと?』
『ざっくりと言えば、そういうことだな』
こうなったのは、先代の身体にも理由があると思う。
いまの先代の身体は人間よりホムンクルスに近い身体の構造になっているからだ。
前に検査した時はそんなことなかったと思うのだが、身体を構成する物質が〈生命の水〉に近いものに置き換わっていた。星霊力をマテリアル化したものに近いように思う。
言ってみれば、全身が〈賢者の石〉で出来ているようなものだ。
そのため、魂の状態が身体に影響を及ぼしたのだろう。
「……本当に幼くなっていますね。オルテシアも少し変わりました?」
ある程度、周辺のモンスターを片付けたところでレティシアが戻ってきた。
先代とオルテシアの状態を見て、どこか呆れた様子で溜め息を漏らす。
「まあ、若様のすることですし、今更驚きませんが……」
今回は完全に不可抗力なのに酷い扱いだった。
俺はなにも悪くないと思うのだが……これでも頑張ったんだぞ?
しかし、それをレティシアに言ったところで理解してもらえるかというと難しいだろう。
詳しく説明しようとすると、錬金術の話になるしな。
専門知識がないと理解するのは難しいし、説明するのも面倒だ。
「……若様、なにをされているのですか?」
「いや、こっちの方がやっぱりしっくりくるなと思って」
「意味が分からないのですが……」
オルテシアの髪型をツインテールにしてみたのだが、やはりこの方がしっくりと来る。
しかし、まさかオルテシアの正体がスカジだったとはな。
あ、逆か。スカジの正体がオルテシアだったと言うべきか。
そう言えば、スカジの身体はまだ詳しく検査したことがなかったな。
現代の楽園に戻ったら「身体を見せてくれ」と頼んでみるか。
どうしてこうなったのか興味があるので、一度詳しく検査してみたい。
「一応、この髪を縛ってある
「ああ、そういことですか」
なにがそういうことなのか分からないが、納得してもらえたようだ。
取り敢えず先代とオルテシアのことは、これで良いだろう。
魂が身体に馴染んで魔力が回復すれば、そのうち目覚めるはずだ。
「レティシア。二人のことを頼めるか?」
「勿論、構いませんが、若様はどうされるのですか?」
「〈
空を見上げながらレティシアの疑問に答える。
直径一キロほどの巨大なゲートが、荒廃した〈白き国〉の王都上空にあった。
あれを封印しない限りは、モンスターが際限なく溢れてくることになる。
そのための準備をしてきた訳だし、さっさと封印してしまった方が良いだろう。
◆
成層圏にも達する遥か天空で、衝突する二つの光。
人智を越えたルシフェルとユミルの戦いは激しさを増していた。
互いに〈神核〉を宿し、神に等しい力を持つ者同士だ。その力は想像を絶する。
例えるなら、ただの拳が核ミサイルに匹敵する威力を持ち、衝突する度に星が瞬くような爆発が起きる。そんな都市すら一撃で壊滅するような攻撃を互いに繰り出しながらも、戦いは膠着状態にあった。
理由は単純だ。いま二人が身体に纏っているのは魔力ではなく星霊力だった。
魔力の源であり、より高次の力――星霊力によって守られている二人の身体は魔力による攻撃は一切通さず、同じ星霊力を用いた攻撃でなければダメージを与えることは出来ない。
その上、お互い幾層にも編まれた強固な魔法障壁を展開していた。
だから攻めあぐねているのだ。相手の障壁を破壊し、一撃を入れられるかどうかが、この戦いの勝敗を決めると本能で理解しているからこそ、互いに隙を窺っているような状況であった。
しかし、
「やはり、そのスキルでは〈神の力〉まで分解できないようだな」
ユミルの力が〈星霊力〉には効果がないと悟って、ルシフェルは勝ち誇った笑みを浮かべる。
唯一の懸念は障壁を分解され、また一方的に攻められることだった。
しかし、スキルを封じてしまえば、自分が負けるはずがないと絶対の自信があるのだろう。
実際、それだけの自信を持つ理由がルシフェルにはあった。
ユミルになくてルシフェルにあるもの。
ルシフェルは
それが――
「アカシャの書よ――我が望みを聞き、
正確にはダンジョンを管理するために与えられた魔導書で、この魔導書にはダンジョンによって発現した恩恵と権能がすべて記録されている。
魔導書を持つ者は、それらのスキルを自由に行使することが出来ると言う訳だ。
まさに神の叡智が詰まった魔導書と呼ぶに相応しい神器であった。
「ハハハ、どうだ。驚いたか?」
無数のルシフェルがユミルを取り囲む。これはラファエルの権能の効果だった。
自分と同じ能力を持った分身を生み出す権能。
魔力が尽きない限り、無限に分身を生み出すことが出来る強力な権能だ。
そして、いまのルシフェルには〈神核〉が――無尽蔵とも言えるだけの力がある。
自分の分身を幾ら召喚しようとも、この程度で力が尽きることはない。
「これで貴様は終わりだ」
ルシフェルはニヤリと笑うと、一斉にユミルに襲い掛かるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます