第219話 反逆者

 完全に出遅れた。

 天使と思しきモンスターの姿を目にした途端、ユミルが飛び出して行ったからだ。

 モンスターはお任せくださいとか言っていたけど、幾らなんでも気合いが入り過ぎじゃないか?

 と思っていると――


「陛下!」


 レティシアが焦った様子で駆けだした。

 よく見ると、天使が先程立っていた場所に二つの人影が倒れているのが見える。

 あれって……もしかしなくても、先代とオルテシアのようだ。

 まだ結構な距離があるのに、スキルも使わずにレティシアはよく一目で分かったな。

 ああ、だから天使の姿を目にするなり、ユミルは飛び出して行ったのか。

 ん? 待てよ?

 あれが先代だと気付いたのだとすれば、やっぱり変装がバレてるんじゃ……。


「若様! 陛下とオルテシアが――」


 珍しく慌てた様子のレティシアの姿に、嫌な予感が頭を過る。

 相手が天使とはいえ、先代がモンスター如きに後れを取るとは思っていなかったのだが――


「ああ……マジか」


 近寄ってみると、二人とも死んだように眠っていた。

 死んだようにと言うのは、実際にはまだ呼吸をしているからだ。

 外傷も見当たらないし、本当に眠っているだけのように見える。

 しかし、これは――


「二人とも魂が抜き取られているな」


 状態を〈解析〉するまでもなく一目で分かった。

 カラダに魂が入っていないのだと――


「若様、二人は……」

「残念だけど、これだと〈蘇生〉や〈回復〉は無理だな。しかし……」


 先代の方はともかくオルテシアの方はどういうことだ?

 彼女の魂は〈魂の契約書ギアスロール〉によって縛られている。そのため本来であれば、肉体から離れた魂は契約に従って〈魂の契約書ギアスロール〉に回収されるはずだ。

 これって、もしかすると――


「――解析アナライズ


 オルテシアの胸元に手を当て〈解析〉を試みる。

 やはり、俺が思っていたとおりだ。

 オルテシアの魂は、肉体から完全に離れている訳ではなかった。

 なら、どこにあるのかと言えば――


「――再構築開始クリエイション


 オルテシアの魔力と一体化し、隠れていた魔槍が胸元から現れる。

 そう、〈魔女王の槍レジーナ・ハスタ〉だ。


「若様、それは……」

「〈魔女王の槍レジーナ・ハスタ〉だ。ここにオルテシアの魂が封じられているみたいだな」

「では、陛下も……?」


 そうか。先代の魂も魔槍に取り込まれた可能性があるのか。

 前にも一度、魂の一部を魔槍に吸収されたことがあったしな。

 試してみる価値はあるかもしれない。


「レティシア。俺はこれから二人の蘇生を試みる。その間、意識を集中する必要があるから――」

「お任せください。若様には指一本触れさせません」


 どこに隠れていたのか知らないが、無数のモンスターに取り囲まれていた。

 どれも見覚えのあるモンスターばかりだ。

 恐らくは〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉から出て来たモンスターだろう。

 とはいえ、レティシアの実力なら後れを取るような相手ではない。

 彼女になら安心して任せられる。


「――構築開始クリエイション


 魔槍を地面に横たわる二人の間に置き、俺はスキルを発動するのだった。

 


  ◆



 椎名が二人の蘇生を試みている頃、遥か上空ではルシフェルとユミルの激しい攻防が繰り広げられていた。

 音速を超え、第二宇宙速度に到達する速さで衝突する二つの影。

 二人が衝突する度に大気が震え、雷のような轟音が空に響く。


(バカな! なんだ。この力は――)


 一見すると互角に見える戦いのなかで、ルシフェルは焦りを隠せずにいた。

 まさか、たかが・・・ホムンクルスが自分に匹敵する力を持つとは思ってもいなかったからだ。

 いや、同等などではなかった。


「くッ――」


 ユミルの拳に触れた瞬間、ルシフェルの右腕が消し飛ぶ。

 最上級の魔法ですらものともしない熾天使の結界を、簡単に貫いてくるユミルの攻撃に焦るルシフェル。腕くらいであれば瞬時に再生するとは言っても、直撃すれば即死するような攻撃を繰り返されれば焦るのも無理はない。

 光に触れただけで魔力へと〈分解〉する力。

 それは魔力によって肉体が構成されている天使にとって、まさに天敵と呼べる力だった。


「その力は……そうか、貴様は!」


 なにかに気付いた様子を見せるルシフェル。

 アルカのスキルによく似た力。

 自分を殺した・・・スキルだけに忘れるはずがなかった。

 そして、そのスキルで無数の天使を屠ったの顔を忘れるはずがない。


「髪の色は違うが、間違いない。貴様、あの時の女だな!」 


 星霊の巫女にして錬金術師。最も神に近いと噂された適合者。

 金色の髪をなびかせし、暁の錬金術師――

 それが、ユミルが人間であった頃に呼ばれていた通り名であった。

 ルシフェルは嘗て、人間であった頃のユミルと戦い、敗れた。

 天使は不滅だ。殺されても死ぬことはないが、新たな依り代・・・を見つけ復活するのに長い歳月を必要とする。熾天使の依り代となるのは大半が冒険者などの強い力を持った者で、肉体そのものではなく条件を満たした人間の魂――〈魔核〉だけが天使の依り代となるからだ。

 ガブリエルも、ラファエルも、ウリエルも、そしてミカエルも――

 ルシフェルと同様に全員が前世のユミルによって殺されていた。

 他にも彼女によって殺された天使の数は、億を超える。

 世界のために命を捧げ、数多の屍を築いた魔女。それが彼女だ。

 しかし、


「あの時と同じだと思うな!」 


 ルシフェルはアルカから奪った〈神核〉を自身の胸元に押し当て、吸収する。

 神の力の根源――原初たる星霊の力に唯一適合できる神の心臓。

 それが、この〈神核デウス・コア〉であった。

 嘗て、ルシフェルはこの〈神核〉を回収するためにユミルを殺そうとしたことがある。

 しかし返り討ちに遭い、熾天使が全員殺されるという事態に陥った。

 その上、ダンジョンは封印され、気の遠くなるような歳月を〈虚無〉のなかで過ごすことになったのだ。


「見よ――これが、神の力だ!」


 ルシフェルの髪の色が銀から金色へと変化し、暁の輝きを放つ。

 これこそ、適合者たる証。神人のような紛いものではなく、真に神と呼べる存在の証だった。

 遂に手に入れたのだと、ルシフェルは歓喜する。

 この力を手にするためにダンジョンの〈管理者〉として数多の世界を渡り歩き、幾星霜の時を待ち続けたのだ。

 ダンジョンを創造した神に等しい存在に、反逆するために――

 だが、


「そうか。貴様も〈神核それ〉を持っていたのだったな」


 ユミルの髪もまた、暁の輝きを放っていた。

 嘗て、暁の錬金術師と呼ばれた魔女も〈神核〉の適格者だった。

 世界樹の契約者は他にも数多くいたが、完全な適合に至った者はユミル以外にルシフェルは知らない。セレスティアでさえ〈星霊〉の力を持て余していることからも、その領域に至ることがどれほど難しいのかが分かる。

 努力や才能だけでは、どうにもならない壁。

 特定の条件を満たした者でなければ、絶対に〈神核〉を宿すことが出来ないからだ。

 ダンジョンとは、適合者を選別するための仕組みでもあった。

 人間にスキルを与えることで、適合者に至る資格を持つ者を選別しているのだ。そうしてダンジョンを攻略した者に試練を与え、適合者が現れるのを待つことがルシフェルの使命だった。

 しかし、気の遠くなるような歳月を待ち続けたが、適合者が現れることはなかった。

 ルシフェルにとって、それは永遠の苦痛でもあった。

 天使の名を与えられ、ダンジョンによって生かされ続ける天使は例え肉体が消滅したとしても死ぬことはない。長い歳月のなかで多くの天使は自分が何者であるかも忘れ、ただ黙々と使命を果たす存在へと成り下がっていった。

 そんななかでルシフェルだけは自我を保ち続け、天使になる前の記憶を持ち続けていた。

 他の熾天使は皆、自分が何者であったかも忘れ、依り代の影響を強く受けるほどに自我が希薄になっていたと言うのに、ルシフェルだけは自分を強く保ち続けていたのだ。

 ダンジョンという仕組みを作った神への強い復讐心がそうさせたのだろう。

 それ故に――


「ようやく機会を得たのだ! 誰にも邪魔はさせん!」


 双眸に憎悪と怒りを滾らせ、その力をユミルへ向けるのだった。

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