第218話 失われた記憶

「まあ、こんなものか」


 大凡、魔素を吸い尽くしたところで〈全域魔力吸収ワールドアブソーブ〉を停止する。

 説明し忘れていたが、これは〈魔力吸収マナドレイン〉の拡張版エクストラスキルだ。

 大結界の解析やホムンクルスたちの避難など、作戦のための準備を進めながらも俺は〈カドゥケウス〉の可能性について模索してきた。その一つが、この〈拡張〉を使ったエクストラスキルだった。

 従来のスキルを〈拡張〉によって変化させたスキル。今回は単純にスキルの効果範囲を大陸全土・・・・に〈拡張〉しただけだが、他にもいろいろと出来ることが検証の結果わかっている。

 一から説明すると話が長くなるので、それは追々実践するとして――


「どうかしたのか? 二人とも」

「いえ……もう、呆れて言葉もでないというか……」

「マスター。身体に異常はありませんか?」


 なんのことだ? 二人がなにを心配しているのか分からない。

 ただ魔素を吸収しただけだしな。

 前から言っているが、魔素は魔力の残りかすだ。

 そのため、魔素から魔力を取り込むことは可能だが、効率は非常に悪い。

 例えば、魔力を十の力とするなら魔素を取り込んで得られる力は一か二と言ったところだ。

 なにせ、やっていることは魔力のリサイクルだからな。

 さすがにこれだけ大量の魔素を集めれば、それなりの量の魔力にはなるが、制御しきれないほどではなかった。

 それに――


「問題ない。まだ余裕があるくらいだ」


 まだ、かなりの余裕があった。

 集めた魔力の半分くらいは手持ちの〈技能の書スキルブック〉に吸収させたからだろう。お陰で〈時空間転移〉の〈技能の書スキルブック〉も魔力がフルチャージされていた。これで、いつでも元の時代へ帰還できる。

 俺自身の魔力量もかなり増えた気がするが、まだまだ余裕があるし暴走するようなこともないだろう。

 むしろ、調子が良いくらいだ。いまなら〈全回路接続フルコネクト〉を使わなくても、カドゥケウスの力を自在に使えそうな気がする。


「……本当に人間ですか? あ、いえ……神人でしたね」


 未確認生物UMAのような扱いをしないで欲しいのだが……。

 まあ、神人って先代やセレスティアみたいに人間を辞めてるような人たちのことだし、ある意味で間違ってはいないのだが、あの二人と同じにされても困る。俺はまだ人間をやめたつもりはないしな。

 

「さすがは楽園を統べる御方。少しでもマスターを疑った自分を恥じるばかりです」


 疑った? 引っ掛かる物言いだが、ユミルの態度を見るに正体がバレたと言うことではなさそうだ。

 とにかく、これで呪われた魔素の問題は解決したはずだ。

 当初の作戦とは段取りが違うが、結果オーライと見るべきだろう。

 本当は先に〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉を封印した後、先代とセレスティアに守ってもらいながら〈大結界〉の魔法式を改変して〈魔力吸収マナドレイン〉で結界内の魔力を根こそぎ吸い上げる計画を立てていたのだ。

 ようするに結界内に魔力の真空状態を作り上げることで、モンスターが活動できなくしてしまう計画だったと言う訳だ。

 ただ、その作業には結界の中心に向かう必要があった。

 天国の扉ヘブンズ・ドアをそのままにしておくとゲートの向こうから魔力が流れ込んでくるし、大結界の魔法式に手を加えるには〈白き国〉の王都にある魔法陣を直接書き換える必要があったからだ。

 そのための魔法式も準備してあったんだけどな……。無駄になってしまった。

 まあ、この作戦を考えた時は〈カドゥケウス〉のことを知らなかったし〈拡張〉も使えなかった訳だしな。

 臨機応変に動いた結果だと考えれば、悪くない結果だと思う。


「あとは〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉を封印するだけか」

「モンスターはお任せください。マスターに指一本触れさせません」


 そう言って貰えると助かる。

 ユミルとレティシアには、もう一踏ん張りしてもらう必要があるしな。

 魔素は確かになくなったが、魔物やモンスターが消えた訳ではない。

 これ以上、魔物が発生しなくなったくらいで、まだまだ大量のモンスターが残っていた。

 弱体化はしている様子だが、世界樹がある限り霊脈の魔力もそのうち回復するだろうしな。

 そうすると、何割かのモンスターは消えずに残る可能性が高い。

 ただ、そこまで面倒を見きれないので、最初から冒険者たちに頑張ってもらうつもりでいた。彼等もすべての魔物やモンスターがいなくなるよりは、適度に残っていた方が仕事にあぶれることもないだろうと考えてのことだ。


「レティシア、どうかしたのか?」


 真剣な表情で空を見上げるレティシアを不思議に思い、声をかける。


「静か過ぎるんです。わ……陛下が魔素をすべて吸収したからだと思っていましたが、結界の中心に近いと言うのにモンスターの姿が見えませんし……おかしいと思いませんか?」


 言われてみると、確かに……。

 先程まであんなにいたモンスターの姿がまったく見当たらなかった。

 先代が倒した可能性もあるが〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉からは絶えずモンスターが出現しているという話だし、まったくいないというのは不自然な気がする。

 結界の中心で何か起きているのか?

 先代なら相手が〈奈落〉のモンスターであっても後れを取るとは思わないが……。


「急ぎましょう。嫌な予感がします」


 そう言って走り出すレティシアの後を、俺とユミルは追いかけるのだった。



  ◆



 ユミルは椎名を疑った自分を恥じていた。 

 本来、自分の持つ魔力量以上の魔力を制御することは至難の業だ。

 卓越した魔力操作の技術があれば不可能ではないが、だからと言ってそれにも限界がある。本来は椎名のように魔力炉と自身の魔力回路を接続するようなやり方も、命の危険が伴う行為であった。

 なのに、あれほどの量の魔素を吸収しても身体に異常を来すどころか、余裕すら見せる態度。レティシアが『人間ですか?』と、思わず口にした気持ちがユミルには分かる。

 魔力を糧とするホムンクルスでさえ、限界を超えて魔力を吸収することなど出来ないからだ。


(あれだけの魔素を吸収しても身体に異常がないと言うことは、恐らくマスターの魔力量は……)


 魔力の総量は、魔力の器となる魂の質や強度によって決まる。

 だからユニークスキル持ちは、普通の人間よりも遥かに強大な魔力を持ち、冒険者として大成する人間が多い。それでも並の冒険者の十倍から多くても百倍と言ったところが精々であった。

 ホムンクルスは最低でも、このユニークスキル持ちに匹敵する魔力量を持つとされているが、椎名は少なくともホムンクルス千体分――いや、それ以上の魔力を吸収できるだけの魔力量を持つのではないかとユミルは考える。

 世界樹の巫女でさえ、それほどの魔力を吸収すれば許容量を超え、命を落とすことになる。セレスティアが〈星霊〉の力を封印しているのは、その力に人の器では耐えることが出来ないからだ。

 世界樹と契約した巫女姫ですら、神に等しい〈星霊〉の力は持て余す。だとすれば、椎名の魂は人の枠を超え、神と同じ領域にあると言うことだ。

 それだけの魔力がありながら周囲に気付かせることがないのは、椎名の魔力操作の技術が神がかっているからだと推察できる。身体の外に漏らすことなく完全に魔力を抑え込んでいるのだと――


(この方は間違いなく〈楽園の主〉の資格を持っている。神に等しい存在――)


 それだけの力があるのなら、ホムンクルスの力など必要ないはずだ。

 だから〈健康診断〉などと偽って、ホムンクルスたちを研究所で眠らせたのだと、いまなら察せられる。

 足手纏いになると判断されたのだと考える。


(自分たちの無力さを、こんなにも痛感する日がくるなんて……)

 

 ホムンクルスにとって主の役に立てないことは、なによりも辛いことだ。

 ましてや主に気を遣わせるなど、本来あってはならないことだ。


(マスターに見放されないためにも、私たちに出来ることは……)


 現状に満足せず、知識と技術を磨くことの大切さをユミルは痛感する。

 そうしなければ、いずれマスターに愛想を尽かされ、捨てられるかもしれない。

 そうなってからでは、すべてが遅い。

 この戦いが終わったら、皆と相談をしようと――


「え……」

 

 考えを巡らせた、その時だった。

 視界にそれが飛び込んできたのは――

 地面に倒れる二つの人影。その傍に立つ天使と思しき存在。

 心臓が音を立て、ユミルの脳裏に記憶に無い光景が浮かぶ。


先生・・みたいに上手くいかない……。コツがあるなら教えてくれよ』

『そんなものはないわ。上達するコツがあるとすれば、それは練習あるのみね』

『練習しても全然できる気がしないんだけど……』

『いずれ出来るようになるわ。あなたには才がある。だから――』


 ――きっと私を越える〈錬金術師〉になれるわ。

 どこかの教室。知らない景色。見覚えのない光景。

 なのに見知らぬ少年と語らい、笑みを浮かべる自分の姿がユミルの脳裏に浮かぶ。


「せめてもの慈悲だ。一撃で終わらせてやろう――」


 天使が光輝く槍のようなものを手に持ち、振り下ろそうとした直後。

 ユミルの頭に錬金術の師として少年と過ごした十数年の記憶が走馬灯のように駆け巡る。そして、少年から大人へと成長した教え子・・・を血だまりの中で抱きかかえる自分の姿が頭に浮かんだ、その時――

 ユミルは無意識に飛び出していた。

 音を置き去りにする速さで間合いを詰めると、


「貴様は――くッ!?」


 力任せに天使――ルシフェルに殴りかかる。

 咄嗟に手に持った光の槍で迎撃を試みるルシフェル。

 雷鳴の如き轟音が響き、眩い光の中で二つの影が衝突するのだった。

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