第215話 英雄の道筋

「セレスティア様を〈紫の国〉へ送ってきました」


 そう話すのは亜麻色の髪の少女、イグニスの妹のミラベルだ。

 彼女のスキルは〈黒き神の悪戯〉という空間操作系・・・・・のユニークスキルだ。

 副会長のスキルとの大きな違いは、転移ではなく交換・・と言う点だ。物の配置を入れ替えるスキル。ユニークスキルと言うだけあって、その対象に制限はない。神の悪戯を再現する能力だった。

 しかし、その大きすぎる力故に彼女は〈魔力欠乏症〉を発症し、ベッドで寝たきりの生活を送ることになった。〈万能薬〉で病気が完治し、椎名のもとで学んだことでどうにかスキルを使いこなせるようになったが、それでもスキルの有効範囲は数キロ程度が精々であったのだ。

 それが今は専用の魔導具を用いることで〈月の楽園〉と〈青き国〉のダンジョンのゲートを交換・・して大勢の人たちを離れた場所に一瞬で移動させたり、セレスティアを遠く離れた〈紫の国〉まで一瞬で送り届けられるまでになっていた。

 と言っても、これだけの能力だ。当然、制約はある。

 転移ではなくあくまで交換なので、人間、動物、建物なんでも良いので交換したいものと同等・・のものが見つからなければ配置を交換することが出来ないという制約があった。

 等価交換。それが、このユニークスキルに設けられたルールだ。

 これを人に当て嵌めるのであれば、余りに魔力量の差が大きいと配置を交換できないと言うことになる。


「セレスティア様の代わりって、誰を対象にしたんだ? まさか、魔王陛下か?」


 そのことを知っているソルムは、ミラベルに誰を対象にしたのかと尋ねる。

 セレスティアに近い存在となると、サテラくらいしか思い浮かばなかったからだ。

 しかし、


「魔王城ですよ」

「……は?」

「私のスキルは建物なら使われている材質や大きさ、人間や動物であれば魔力量や魂の強度と言ったように、交換対象が世界に与える影響力を数字に置き換えて総合的に判断しているみたいなんです。〈紫の国〉でセレスティア様と交換できそうなものって魔王城くらいしかなかったので……」


 世界樹と繋がっているセレスティアは無限に等しい魔力を内包している。

 そのため、交換対象に巨大な魔力炉でもある魔王城しか選択することが出来なかったのだろう。


「あ、でも魔王城に避難していた人たちも一緒に転移してきたから、むしろよかったのではないかと」

「お前の妹、無茶苦茶だぞ。イグニス……」

「ああ、うん。なんか、ごめん」


 自分の妹のしでかしたことに対して、謝罪するイグニス。

 それしか方法がなかったとはいえ、〈紫の国〉では城が消えて今頃は大騒ぎになっているはずだ。


「本当は先生のところまで一気に転移できたら良かったのですが……」

「先生の位置まで把握できるのか? その魔導具……」

「月から地球を観察できるくらいなので、星の裏側だって見えると思いますよ?」


 妹の話に驚くイグニス。

 ミラベルが椎名から貰ったのは〈アルゴスの瞳〉と言う魔導具だった。

 目に見えない無数の瞳を飛ばし、遠くの物を覗き見ることが出来る魔導具だ。同じような能力に〈鷹の目〉というスキルがあるが、有効範囲は精々が数キロと言ったところだ。

 優れた魔法使いでも百キロに届かないくらいだろう。

 それを距離の制限なく幾つも使える時点で、どれだけ規格外な魔導具かが分かる。

 しかし、


「兄様、ごめんなさい。先生の位置は掴めそうにありません」

「どういうことだ?」

「大結界の中心に近付くほど視界が霧のように閉ざされていて、前も後ろも分からないような状態で……」 


 上手く行かなかったことをミラベルは兄に説明する。

 こんなことは初めてだと、不思議そうに首を傾げるミラベル。

 彼女は気付いていないが、これは呪われた魔素の影響だった。

 動物を一瞬で魔物に変えてしまうほどの濃密な魔素が、世界の半分を覆っている状況だ。嘗て〈白き国〉があった場所、結界の中心に近付くほど魔素は濃くなり、それが霧のように〈アルゴスの瞳〉の視界を遮っていた。

 影響を受けるのは〈アルゴスの瞳〉だけでない。余程、魔力操作の技術に卓越していなければ、すべての魔導具が制限を受けるか、使用できなくなっているはずだ。それほどの魔素が嘗て大結界のあった場所には充満していると言うことだ。

 そして、その魔素は徐々に浸食の範囲を広げ、世界すべてを呑み込もうとしていた。


「先生の居場所なんて気にしても仕方がないでしょ? あの人なら大丈夫よ。姉さんが認めた人なんだから。それよりイグニス、あなた巫女姫様に大見得を切ったんだから、ちゃんと活躍しなさいよ。でないと、恥を掻くわよ」

「ん……あの映像はみんな見てた。イグニス有名人だね」

「うっ……」


 イスリアとアニタに映像のことを茶化され、痛いところを突かれたと言った顔で唸るイグニス。椎名の魔導具があるとはいえ、自分たちよりも実力も地位もある人たちを差し置いて、あんな大見得を口にしたのだ。

 ちなみにイグニスがあんな真似をしたのは、サリオン家の当主のロゼリアに唆されたからだ。

 イグニスはまだ気付いていないが〈青き国〉だけでなく〈楽園〉や他の国でも同じ映像が流れていた。すべてロゼリアの策略だ。

 椎名の教え子のイグニスを新たな英雄として祭り上げることで、士気を高める狙いもあるのだろう。


「この戦いが終わったら、英雄イグニスの誕生ですね」

「レイチェル……面白がってない? キミのお母さんの所為でもあるんだけど」

「口車に乗った自己責任かと。あの人には気を付けた方がいいと伝えましたよね?」


 ぐうの音もでないレイチェルの反論に、イグニスは肩を落とす。

 レイチェルの母親だからと油断していたのだが、確かに自己責任ではあった。

 とはいえ、


「英雄なんて肩書きは畏れ多いと思うけど、僕は後悔してないよ」


 セレスティアに言ったことは本心からの言葉だ。

 椎名の生徒として恥ずかしくない自分でいたかった。

 だから堂々と胸を張って、思ったことを口にした。


「お前って、そういうところがあるよな……無自覚というか」

「兄様は昔からこんな感じですよ?」

「ん……イグニスらしい」

「英雄とバカは紙一重って言うものね。姉さんも天然なところがあったし」

「そのような格言があるのですか? 初耳ですが、確かにイグニスにぴったりかもしれません」


 言いたい放題のことを仲間たちと妹から言われ、深々と溜め息を漏らすイグニス。 

 危機的状況ではあるが、笑い合う彼等のなかに絶望の二文字はなかった。

 椎名の生徒である自分たちの力を――

 そして、先生の――椎名の力を誰よりも強く信じているからだ。


「行こう、みんな――いま僕たちに出来ることをするために――」



  ◆



「椎名の生徒たちか。よい生徒たちを持ったの。魔王軍にスカウトしたいくらいじゃ」

「陛下! 魔王城が――!」


 軍団長のヴォルクが慌てて走ってくるのを見て、サテラはやれやれと肩をすくめる。

 魔王城が消えたことはサテラも当然、察知していた。

 それどころか、いまどこに魔王城あるかも分かっていた。それも当然だ。

 魔王城は一種の魔導具だ。魔王と契約で繋がっているのだから――


「分かっておる。だが、民たちは安全に避難できた上、最強の援軍を呼ぶことができたのじゃから城一つくらい安いものじゃ」

「援軍ですと?」


 ヴォルクがどういうことかと尋ねようとした、その時だった。

 

「期待されても、あなたたちの助けにはなれませんよ?」


 セレスティアが空から降ってくるように現れたのは――

 青き国にいるはずのセレスティアが現れたことに驚くヴォルク。

 ヴォルクだけでなく、巫女姫に気付いた兵士たちが慌てて膝をつこうとするが――


「そういうのは不要です。いまは共に戦う仲間なのですから、堂々としていなさい」


 共に戦う仲間だと話すセレスティアの言葉に感動を覚える兵士たち。

 その結果、涙を流す者や神を崇めるように手を合わせだす者たちまで現れる。

 いつものこととはいえ、頭痛を覚える光景だった。

 椎名の魔導具のお陰で問答無用で平伏されることはなくなったとはいえ、それでも結果はこの有様だ。


「相変わらずの人気じゃの」

「皮肉ですか? なんにせよ、私はこのままシイナ様のもとへ向かいます。あなたたちの援護は出来ませんが……」

「不要じゃ。ここは妾たちの国じゃ。御主の力など借りずとも守ってみせるわ。それよりも――」


 サテラの視線を追うと、そこにはテレジアの姿があった。

 それだけで、サテラがなにを言わんとしているのかをセレスティアは察する。


「テレジア、案内を願いできますか?」 

「ですが……」

「構わぬ。眠っておる三人もヴォルクの配下に見張らせておるし、しばらくは目覚めぬであろう。それに言ったはずじゃぞ? 妾は魔王じゃ。御主の手を借りるまでもないわ」


 胸を張ってそう話すサテラの気遣いに、テレジアは深々と頭を下げる。

 エクストラナンバーのことを椎名に頼まれたとはいえ、やはり本心を言えば共に行きたかったのだろう。

 そんなテレジアの気持ちをサテラは見抜いていたと言う訳だ。

 礼を言い、走り去る二人の背を見送りながら――


「頼んだぞ。二人とも……」


 サテラは椎名たちの作戦が無事に成功することを祈るのだった。

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