第216話 勇者の使命
魔素の濃度が異常に高くなってきた。
恐らく大結界の中心――〈
さっきから襲ってくるモンスターの数も増えてきているしな。
素材が回収できるのは嬉しいのだが、正直キリが無くて鬱陶しいくらいだ。
特に多いのが天使タイプのモンスターで、対処法が分かれば厄介な敵ではないのだが、とにかく数が多いので面倒なんだよな。
人間を真似て隊列を組んでくるし、もっとも知能が足りていないので連携はお粗末だけど。
「やはり、強いですね。彼女……」
まだユミルを警戒しているのか?
じっと観察するような厳しい視線をユミルに向けるレティシア。
確かにレティシアの言うようにユミルは強い。楽園のメイドで最強と言っても過言ではない強さだ。
スキル抜きでも桁違いの魔力量に圧倒的な身体スペック。それらを活かしきる技術や経験値もある。なにをやっても人並み以上ではなく、達人級にこなせてしまうのがユミルなのだ。
だからこそ、ユミルはメイド長を任されている。皆が彼女を認めているからだ。
面倒臭がり屋のヘイズでさえ、ユミルの言うことはちゃんと聞くくらいだしな。
レティシアが警戒するように、ユミルが敵に回ると非常に面倒なことになるだろう。
とはいえ、それは先代が敵に回った場合の話だ。
楽園の騎士団長でありながらレティシアが先代を疑っているのは、大結界の崩壊に先代が関わっていると考えているからだ。楽園の主は――神人は〈人類の守護者〉のような扱いを受けてはいるが、実際には人類の味方ではない。それがレティシアの考えだった。
言っている意味は理解できる。この世界の歴史に関する文献は幾つも目を通したが、そのほとんどで先代やセレスティアは神のような存在と崇められている一方で、自然災害のように畏れられる存在として描かれていた。
実際、世界の果てを荒野に変えたり、幾つもの国や街を滅ぼしているようだし、畏れを抱かれるだけの理由はあるのだと思う。ただ、俺の知る先代やセレスティアは理由もなくそんなことをする人物じゃない。
仮に大結界を崩壊させたのが先代だとしても、なにか理由があるはずだ。
それを聞いてみないことには、なんとも言えないというのが俺のだした
仮に先代が間違ったことをしているのだとすれば、その時はぶん殴ってでも止めてやればいい。
「魔素の濃度が異常に高くなってきたけど、体調に問題はないか?」
「はい。いまのところはなんともないようです。マスターから頂いた魔導具のお陰かと」
確かに呪いの影響を軽減する効果はあるが、そこまで安心できるものでもない。
これだけの魔素を浴びれば、ホムンクルスでなくとも身体に異常をきたして不思議ではないからな。
俺は大丈夫なのかって?
結局のところ呪われていようと魔素は魔素だ。魔法を使った際に生じる魔力の残りかすだ。即ち、魔力である限りは制御が可能と言うことになる。
そして、俺のスキル〈
いま俺は自分の周囲の魔素を魔力に変換して〈
以前無茶をさせてしまったので、魔力炉の調子を確かめておきたいと言うのも理由にあるが、いまの俺がどれくらいの量の魔力を効率的に運用できるのかを確かめるのに丁度良い機会だと思ったからだ。
俺自身の魔力量がカドゥケウスの〈拡張〉を使用したあたりから爆発的に増えているんだよな。この一ヶ月ほどで、セレスティアに迫るほどの魔力量まで成長していた。
そのことから、ある仮説が浮かぶ。より多くの魔力を体内に循環させてやれば、魔力量が増えるのではないかという仮説だ。
通常、魔力量というのは魔力に目覚めた時点からそれほど大きく変化しないと言われている。だから魔力操作の技術を鍛え、魔力の運用効率を高めることで魔法を使った際の魔力の消費を抑える工夫をするのだ。
ただ、それは恐らく自分の保有する以上の魔力を使う機会が、ほとんどないからだと考えられる。外部から魔力を取り込む以外に、自分の魔力量以上の魔力を使うことなど、ほぼないからだ。
それに魔力は半分も消費すると身体に倦怠感を覚え、枯渇すると意識を失う。
完全に使い切ってしまうと回復に時間が掛かることから通常は枯渇するまで魔力を使うことなど、ほとんどないと言っていい。まあ、俺は研究に集中する余り、昔はよく魔力の枯渇状態に陥って倒れてたけど……。
ただ、その時も僅かではあるが魔力の量が増えていたのだ。俺の魔力量が平均よりも高いのは、恐らくそれが理由だと思っている。なら、その限界を超えて、自分の保有する魔力よりも遥かに大きな魔力を体内に循環させ続けたらどうなるだろうか?
俺の予想だが、その状態に身体が適応していくのではないかと考えていた。
魔力は幾らあっても困らないからな。この際、それで魔力量のアップが見込めるなら限界までやってみようと思った訳だ。幸い、ここには大量の魔素が溢れている。それを活用すればいい。
呪いも浄化されて、まさに一石二鳥だと思うのだ。
「……若様が、また無駄に凄いことをしている気がします」
ユミルに聞こえないように小さく独り言を呟いているつもりなのかもしれないが聞こえているからな?
無駄は余計だ。これも自分の身体を使った研究もとい実験なんだぞ?
この探究心が錬金術の発展に寄与するのだ。
と言っても、先代以外の錬金術師に会ったことがないんだけど……。
現代でも魔導具技師や魔法薬師という職業は存在するけど、錬金術師は聞いたことがないしな。
俺だけかもしれない。
ま、まあ、弟子を取ったし、これから増やしていけばいいだろう。
『レティシア。目的地に着く前に聞いて置きたいことがあるんだけど』
『え、頭の中に声が? 若様ですか?』
『ああ、〈念話〉で頭に直接語りかけてる。多少の慣れは必要だけど、イメージすれば頭の中で会話できるから。ユミルに聞かれるとまずいし、これから相談があるときはこっちで話そう』
『もう、なんでもありですね……。今更、驚きませんけど』
そんなに驚くようなスキルでもないとは思うのだが……。
通話が可能な有効範囲も狭く、現代だと携帯電話があるので使う機会はほとんどないが、内緒話には便利なスキルだしな。まあ、その内緒話をするような友人が俺にはいないんだけど……。
ちなみに複雑に暗号化してあるので、この念話が傍受される危険は低い。
以前、ユミルにレミルとの秘密の会話を聞かれたことがあったので対策済みだ。
『それで、なにをお聞きになりたいのですか?』
『いや、彼女のことを警戒しているみたいだけど、レティシアはどうなのかと思って』
『それは、どう言う意味ですか?』
『だって、楽園の騎士団長だろう? 女王の命には逆らえないんじゃないのか?』
ユミルが敵に回ることを警戒しているみたいだが、普通に考えると困るのは俺であってレティシアではないはずだ。そもそも彼女は〈楽園〉の騎士団長なのだから、先代の味方をするのが筋だろう。
なのにレティシアの言い方では、まるで先代と戦うことを前提に話をしているような感じがして不思議に思っていたのだ。
『ああ、そのことですか。私は確かに〈楽園〉で騎士団長を任されていますが、その前に〈勇者〉ですから。陛下が人類に敵対的な行動を取った時は、私が陛下を討つと宣言しています。それを承知の上で、陛下は私を騎士団長に命じられたので』
勇者……そう言えば、そんなことを言っていたな。
ようするに先代の暴走を止めるために先代の下に就いていると言うことか?
自業自得とはいえ、先代の信用の無さに同情する。
まあ、自分の命を狙っていると分かっていて騎士団長に任命する先代も変わっているとは思うけど……。
あの性格だし、きっとその状況も楽しんでるんだろうな。
『若様はそのようなことはなさらないと思いますが、その時は
レティシアだけは絶対に怒らせないようにしようと、もう一度心に誓うのだった。
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