第214話 結集

『――そういうことじゃから、こちらの応援は必要ない』

「分かりました。ですが、まだ終わった訳ではありませんので油断しないでください」

『心得ておる』


 サテラとの通信を終え、ほっと息を吐くセレスティア。

 そんな彼女の視線の先では、おびただしい数の魔物の死骸が大地に横たわっていた。


「巫女姫様、魔物の掃討が完了しました」


 大結界の崩壊の影響は〈紫の国〉や〈緑の国〉だけでなく世界中に及んでいた。

 当然。、ここ〈青き国〉にも多くの魔物が群れをなして押し寄せていた。

 恐らくは大結界が崩壊したことで、魔素の影響で大量発生した魔物が〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉からでてきた〈奈落アビス〉のモンスターに追い立てられるように大移動を開始したのだろう。

 となれば、この魔物たちは前哨戦と思うべきだとセレスティアは考える。

 まだ〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉からでてきたモンスターの軍勢。

 天使の軍団が後ろに控えていることになるからだ。


「ご苦労様です。ですが、油断をしないように。まだ、これで終わった訳ではありません」


 セレスティアの言葉に「心得ています」とお辞儀をする〈精霊殿〉の巫女たち。

 戦場に集まっているのは、彼女たちだけではない。他にもギルドの冒険者たちや、国を守るために残った兵士たち――総勢十万の戦力が世界樹がそびえ立つ〈神樹の森〉の西端に集められていた。

 この戦力で、なんとしてでも時間を稼ぐ必要があった。

 というのも、 大結界の崩壊が予定より一ヶ月も早かったこともあり、まだ避難が完了していないからだ。

 不幸中の幸いは、魔族や〈灰の神〉の加護を持つ者たち保護し、優先して避難させていたことだろう。仮にその者たちがモンスター化した場合、更なる混乱を招いた可能性があった。


「避難の完了までに、どのくらい掛かりそうですか?」

「一週間……いえ、三日でどうにか」


 巫女の話を聞き、セレスティアは険しい表情を覗かせる。 

 十分に急いだ上での三日なのだろうが、天使の侵攻が控えている今の状況では厳しい時間だった。

 魔物の相手程度であれば、いまの戦力でも可能だ。しかし、天使は格が違う。

 高い再生能力を持ち、個々の戦闘力も〈深層〉のモンスターに匹敵するほどだ。

 そんな敵が何万、いや何十何百万と、本物の軍隊のように隊列を組んで襲ってくるのだ。

 数の差は歴然の上、個々の力でも並の兵士や冒険者では太刀打ちできない。

 まともに戦えるのはミスリル級以上の冒険者と、精霊殿の巫女くらいだろう。

 絶望的とも言える戦力差だ。しかも、それでさえ全体の数から考えれば一握りに過ぎない。

 天使以外にも深層のモンスターや幻獣種も確認されており、把握できているだけでも結界内に封印されているモンスターの数は一億を超えるという試算がでているのだから……。

 そして、恐らく今もモンスターの数は増え続けている。

 この国が三日も保つとは思えなかった。


(やはり、守りに徹していては滅びを待つだけですね)


 無限に湧き出るモンスターを相手に守りに徹して勝てるはずもない。

 やはり椎名の考えた作戦に賭けるしかないとセレスティアは考える。

 そうしなければ、この世界は確実に滅びるからだ。

 それでダメなら――


(もしもの時は……)


 最後の手を使うしかないとセレスティアは覚悟を決めていた。

 最後の手と言うのは、世界樹の――星霊の力を解き放つことだ。

 それも自滅覚悟ですべての力を解き放てば、少なくとも時間を稼ぐ程度のことは出来るはずだとセレスティアは考えていた。

 その上で世界樹を消滅させる。そうすれば〈精霊〉は生まれなくなり、世界に魔力が供給されなくなる。いずれ世界から魔力は消え、モンスターも活動を停止するはずだ。

 何百年先の話かは分からないが、この星に帰還できる日も何れやってくるだろう。

 しかし、その未来をセレスティアが見ることはない。世界樹が消えると言うことは、世界樹の巫女であるセレスティアも命を落とすことになるからだ。

 もっとも、星霊の力を解き放った時点で巫女の命はない。本来、星霊の力とは人の器に収まるものではないからだ。


(シイナ様はきっと怒るでしょうね)


 椎名は優しい。優しいからこそ、あんな無茶な計画を提案したのだと察せられる。

 誰一人、犠牲をださない方法。

 この世界を救い、大団円を迎える夢のような計画を――

 しかし、その方法は椎名に大きな危険と負担を強いるものだった。だから本来の計画では、アルカとセレスティアの二人が椎名の作戦に協力する手はずとなっていたのだ。

 本当であれば、いますぐにでも椎名のもとに駆けつけたかった。

 しかし、この国の〈巫女姫〉としての立場がセレスティアを縛っていた。

 そのことに巫女たちも気付いていたのだろう。

 だから――


「巫女姫様、シイナ様やアルカ様と共に戦いたいのではありませんか?」

「なにを……」

「どうか、お二人のもとへ行ってください」


 そう言って、深々と頭を下げる巫女たちの行動にセレスティアは驚く。

 いや、精霊殿の巫女たちだけではなかった。

 兵士や冒険者までもが、セレスティアに向かって頭を下げていた。


「なにをしているのですか、あなたたちは……」

「この国と世界樹は命に代えても私たちが守って見せます。ですが、世界を救えるのは巫女姫様――あなた方、神人だけです。ですから、どうかシイナ様とアルカ様のもとへ行ってください」


 それが巫女たちの――いや、この国に生きる者たちの総意だった。

 民たちの願いに戸惑うセレスティア。

 彼等だけで、天使の侵攻を食い止められるとは思えなかったからだ。

 自分がこの国を離れれば、彼等は間違いなく死ぬ。

 この国は滅亡することになる。

 それが分かっているだけに――


「それは……」


 出来ないと口にしようとした、その時だった。


『いってください! 先生のところに!』


 国中に響くように青年の声が響いたのは――

 聞き覚えのある声に、まさかとセレスティアが空を見上げると、


「投影魔法? いえ、これはサリオン家当主の――」


 ロゼリアのユニークスキル〈赤き神の陽炎フレイムヘイズ〉によって投影された映像が空一面に映し出されていた。

 映っていたのは楽園からの援軍だった。

 ざっと見ただけでも数万――いや、数十万はいるかもしれない。

 その数から楽園の戦力だけではないと察せられる。


「あれは〈白き国〉の魔法部隊……それだけではありません。滅亡した〈赤き国〉のサムライ衆に〈黒き国〉の騎兵団まで――」


 既に滅亡し、祖国を失ったはずの者たちまでもが援軍に加わっていた。

 楽園の三大貴族、アインセルト家とサリオン家の旗も確認できる。

 そして、アルカの最後の弟子――偉大な魔法使いの名で知られる学院長の姿もあった。

 その数は凡そ八十万。これから対峙するモンスターの数を考えれば、それでも十分な戦力とは言えない。しかし、心強い援軍であることは間違いなかった。


『いってください。セレスティア様、そして俺たちの分まで先生のことをよろしくお願いします』


 そう話すのはアインセルト家の嫡男、イグニス・アインセルトだった。

 よく見れば、他にも椎名の生徒たちの姿が確認できる。

 全員が椎名の作った専用の魔導具を身に付け、軍の先頭に立っていた。


「まさか、シイナ様の生徒にまで背中を押されるとは思ってもいませんでした……」


 いま思えば、このことを椎名は予見していたのかもしれないとセレスティアは考える。生徒たちの行動を予見して、彼等が戦場で死なないように専用の魔導具を与えたのだと――

 きっとアインセルト家やサリオン家の当主も同じなのだろう。

 皆、椎名に影響され、危険を承知の上で戦場に赴いたのだ。

 椎名から学んだことを、託されたものを、受けた恩を返すために――


「あなたたちの想いは受け取りました。約束します。必ず作戦を成功させ、この世界を救うと――だから、あなたたちも死ぬことは許しません」


 共に明日を迎えるために――

 それが、民の想いに応えると決めたセレスティアの願いであった。

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