第211話 魔族の救世主

「しつこい奴等だな。また頼めるか?」

「仰せのままに。マスター」


 優雅にお辞儀をすると宙を蹴り、天使の群れへと突撃していくユミル。

 その手から黄金の光が放たれたかと思うと、一瞬にして天使の群れが消滅していく。

 彼女のスキルの力――〈昏き終焉の光ラグナレク・ロア〉の光だ。

 ユミルの魔王の権能ディアボロスキルは〈灰を纏いし原初の魔王グレイ・オリジン〉と言って、その力は〈創造〉と〈破壊〉という相反する二つの力を司る。その能力はすべての物質を魔力に〈分解デストラクト〉し、その魔力を用いて〈創造クリエイト〉するというものだ。

 お察しの通り、俺の〈大いなる秘術アルス・マグナ〉に似た効果を持っていた。

 ただ彼女の能力は〈構築〉ではなくあくまで〈創造〉なので、俺のように対象の構造を組み替えるような真似は出来ないし、想像力イメージの及ばないものは作りだすことが出来ない。凄いスキルではあるのだがデメリットも幾つかあって、魔力の消耗が大きかったりと使い手を選ぶスキルだ。

 とはいえ、このスキルの真骨頂は他にある。

 原初のなかでユミルが最強だと俺が考えているのは、そこにこそ理由があった。


「ご――アルカ様。助けて頂き、ありがとうございます」


 ご主人様と言いそうになるが、何事もなかったかのように言い直すテレジア。

 俺がまだ先代の変装をしているのを見て、察してくれたようだ。


「助かった。礼を言うぞ、楽園の主」

「気にしなくていいよ。うちの子たちが迷惑をかけたみたいだしね」


 俺の〈栄光の手ハンズグローリー〉に拘束されてもがいているのは格好から見て、先代のホムンクルスと考えて間違いないだろう。

 一人は見覚えがある。アインセルトくんの家にいたメイドだ。

 ということは、彼女たちがユミルの言っていたエクストラナンバーって奴か。

 手をかざし、〈解析〉を試みてみるが――


(呪いの浸食を受けていない?)


 魔力暴走を引き起こしている訳でも、呪いの浸食を受けている訳ではなかった。

 なら、どうしてテレジアたちと戦っていたんだ?

 気にはなるが――


「悪いね。ちょっと眠っていてもらうよ」


 正体に気付かれて余計なことを言われると困るので、しばらく眠っていてもらう。

 ホムンクルスの活動を停止させる方法は簡単だ。

 彼女たちはモンスターと一緒で、魔力がなければ活動できない。

 ようするに――


「――〈魔力吸収マナドレイン〉」


 魔力を吸い取ってやればいい訳だ。

 魔力吸収で体内の魔力を限界まで吸い取る。

 これで魔力が回復するまで、休眠状態に入るはずだ。

 彼女たちには申し訳ないけど、まだバレる訳にはいかないからな。


「テレジア、この子たちを頼める?」

「はい。それよりもお伝えしたいことが――」


 真剣な表情で、これまでに起きたことを説明して聞かせてくれるテレジア。

 オルテシアとレティシアの姿がないと思ったら〈空間転移〉のスキルで、天使のボスと姿を消したらしい。

 レティシアなら大丈夫だと思うが、心配なのはオルテシアの方だな。

 オルテシアも弱くはないが、まだ〈奈落〉のモンスターを相手にできるほどとは思えない。特に天使どもは高い再生能力が厄介だ。特殊な魔法やスキルで跡形もなく消滅させるか、圧倒的な攻撃力で粉微塵にして屠るしかない。

 オルテシアには、その攻撃手段がない。

 だから攻撃力不足を補うために〈魔剣創造ソードクリエイション〉を付与した魔導具を渡した訳だが、それでも彼女の魔力量では雑魚ならともかくボスクラスのモンスターを倒すのは難しいだろう。

 

「カドゥケウス出番だ――広域探知エリアディテクション


 カドゥケウスの〈拡張〉を使って〈魔力探知〉の範囲を広げる。

 かなり遠くに転移したみたいで、なかなか見つからない。


「これはレティシアの反応か。無事みたいだな」 


 だが、オルテシアの反応がない。

 既にかなりの広範囲に魔力探知を〈拡張〉していると言うのに、オルテシアの反応だけが見つからなかった。

 しかし、


「この反応はまさか……」


 見知った魔力の反応を捉える。先代だ。

 移動しているみたいで、向かっている先は恐らく――


「〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉に向かっているのか?」

 

 どうやら結界の中心に向かっているようだ。

 そこに何があるのかなど考えるまでもない。〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉だ。

 作戦のことを思い出して、救援に駆けつけたと言うことなのだろうか?

 でも、なんか違和感がある。事前に取り決めていた作戦の段取りと違うからだ。


「……どうかされたのですか?」

「いや、レティシアの反応は捉えた。だけど、オルテシアは……」

「まさか……」

「ああ、誤解させたみたいだけど安心してくれ。まだ死んではいないはずだ」


 そう言って、蔵から取り出した〈魂の契約書ギアスロール〉をテレジアに見せる。

 仮にオルテシアが殺されたなら、この契約書に魂は回収されるはずだ。

 しかし、〈魂の契約書ギアスロール〉が発動した様子はない。

 ということは、まだ生きていると言うことだ。

 反応がないのは気になるが、先にレティシアの方を確認に向かうべきだろう。

 そのあとは――


(先代を問い詰める必要がありそうだな)


 先代に聞くことがたくさんありそうだ。

 セレスティアを不安にさせ、俺に身代わりをさせた訳だしな。

 それに口にはださないが、きっとレティシアも心配しているはずだ。


「それじゃあ、行ってくる」 


 褐色美少女とテレジアに別れを告げ、俺は空へと飛び上がるのだった。



  ◆



「陛下!」


 椎名が飛び去るのを見送った丁度、その時だった。

 自分の名を呼ぶ声が聞こえ、サテラが後ろを振り返ると――


「おお、エレノア! 無事に帰ったのじゃな!」


 エレノアと副会長の姿を見つけて、歓喜の声を上げるサテラ。

 最短でダンジョンの深層まで辿り着けるのは、魔王軍のなかではエレノアをおいて他にいない。〈雷鳴〉の二つ名に相応しく彼女の魔法はスピードに特化していて、雷のような速さで動くことが可能だからだ。

 そのため、護衛をつけても足枷になるだけだと考え、エレノアと副会長の二人だけで行かせたのだが、それでもやはり心配していたのだろう。


「先程、〈楽園の主〉が加勢に現れたが、あれは御主たちが?」

「はい。目的の場所にアルカ様がいらっしゃいまして……」

「なるほどの。して、シイナはどうしたのじゃ?」

「それが……」


 椎名には会えなかったことをエレノアはサテラに伝える。

 作戦の準備でここにいないが心配ないからとアルカが言っていたことを――


「ふむ、既に結界の異常に気付き動き出しておったとは……妾たちの杞憂であったか。さすがはシイナよの」


 エレノアの話を聞き、感心した様子で頷くサテラ。

 しかし、副会長の反応は違っていた。


(やっぱり、あれって陛下じゃなくて先生だよな?)


 証拠がある訳ではないが、椎名の変装を彼は見破っていた。

 最初から疑ってはいたのだが、椎名だと確信したのは魔物を一掃した魔法とカドゥケウスを目にした時だった。

 そのことを指摘すべきかと考えるが――


「あ、あの……なにか……」

「いえ、私がなにも言わずとも分かっていると思いますので、余計な手間は取らせないでくださいね?」


 テレジアに釘を刺され、この秘密は墓まで持っていくことを固く決意する。

 そうしなければ、いますぐに墓の中に埋められかねないと感じたからだ。

 椎名に関することで、テレジアに冗談は通用しないと分かっていた。

 しかし、


「そう言えば、〈楽園の主〉が椎名にやった杖を持っておったな」


 一番触れないで欲しかったことにサテラが気付く。

 じっとサテラを見るテレジアに気付き、神に祈るようなポーズを取る副会長。楽園の主の正体が椎名だとサテラが気付けば、相手が魔王であろうともテレジアが黙っていないと察したからだ。


「ううむ……まあ、きっとシイナが〈楽園の主〉に貸してやったのじゃろう。このくらいのことであれば、武器など不要という自信の表れなのやもしれぬ。さすがは我等の救世主じゃ!」


 恋と信仰は盲目とはよく言ったもので――

 なんでもよい方向に考えるサテラの単純さに、副会長は感謝するのであった。

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