第210話 人造星霊

 二万年後の世界で椎名に『ユミル』の名を与えられた彼女は、この時代では個体識別番号で呼ばれていた。 

 彼女に与えられた数字は1。原初のホムンクルスは製造順に称号を得る訳ではないが、彼女は文字通りアルカが最初に製作した〈原初はじめて〉のホムンクルスだ。

 セレスティアを研究し、ホムンクルスの製造に成功したと言うのは嘘ではない。

 しかし、アルカには椎名に話していないことがあった。それはセレスティアを研究した過程でホムンクルスが生まれた訳ではなく、ホムンクルスを完成させるためにセレスティアを研究したのだと言うことを――

 魔法と科学の融合した高度な文明を誇りながらも、ダンジョンによって滅亡した世界。そんなアルカが生まれ育った世界で〈世界樹の巫女〉に選ばれ、〈星霊〉の依り代として世界のために命を落とした女性。すべては『1』の番号を与えられた彼女を蘇らせるためだった。

 だから星霊の依り代である〈世界樹の巫女〉の研究が必要だったのだ。


「はじめましてマスター。あなたが私の創造主様ですね」


 しかし、ホムンクルスとして生まれ変わった彼女には生前の記憶がなかった。

 だから、アルカはそのあともずっとホムンクルスの研究を続けたのだ。

 二千年もの間、ただひたすらに完璧なホムンクルスを作るために――

 しかし様々な試みを見たが、生前の記憶を取り戻すどころかホムンクルスたちに人間らしい感情が芽生えることはなかった。

 三大貴族にホムンクルスを預けたのも研究が行き詰まり、なにかの切っ掛けになればと考えたからだ。しかし、多少は変化があったと言っても、やはり彼女たちは人間ではなくホムンクルス・・・・・・だった。

 だから半ば諦めかけていたのだ。

 この世界のことも本当はもう、どうでもいいと思っていたのかもしれない。

 しかし、そんな時だった。目の前にシイナが現れたのは――


「すぐに分かったよ。彼は私にないものをすべて持っていた。だから、確信したんだ。彼なら彼女を星の運命さだめから解放し、感情を持たない人形ではなく人間に戻してくれるってね」


 正直、生前の記憶についてはどうでもよかった。

 ただ、笑っていて欲しかった。

 生まれ変われたのなら幸せになって欲しかった。

 世界のために自らを犠牲にして生きた彼女・・の姿を見てきたから――


「それが、どうしたと言うのですか……」


 天使が倒れていた。

 身体の半分が灰と化し、既に瀕死の状態のラファエルが――

 放って置いても、じきに消滅するだろう。

 そんな天使を感情を読み取れない無機質で表情で見下すアルカの姿があった。


予備・・にもなれない失敗作の天使キミたちには理解できないだろうね」

 

 アルカは天使をホムンクルスの研究の過程で生まれた失敗作だと考えていた。

 自分と同じように試行錯誤を繰り返し、その過程で生まれたのが天使や魔族なのだと――

 だからこそ、分かるのだ。

 天使は人造星霊ホムンクルスには程遠い存在だと――


「だが、彼女は違う」


 ラファエルの最期を見届けたアルカは、虚ろな瞳で仰向けに倒れる銀髪の少女に視線を向ける。

 少女の名はオルテシア。彼女の胸には一本の槍が突き刺さっていた。

 魔女王の槍レジーナ・ハスタ――カルディアが遺した魔槍が――



  ◆



 同じ頃、別の場所ではテレジアが漆黒のスーツを纏った三人のホムンクルスと戦闘を繰り広げていた。それぞれ、7、8、9の個体識別番号を与えられたエクストラナンバーのホムンクルスだ。

 別名、シングルナンバーと呼ばれる個体。先にも言ったように〈原初〉の称号は製造順に得る訳ではないが、シングルと呼ばれる一桁の番号だけは特別な意味を持っていた。

 魔核によって製造されたホムンクルスだけが、一桁の番号を与えられる。

 しかし、彼女たちは他のホムンクルスと同様にスキルが使えない。

 だから〈原初〉の称号を名乗ることが出来ず、予備エクストラと呼ばれている訳だ。

 それでも――


(強い……)


 スキルが使えずとも身体的な能力や魔力量だけであれば〈原初〉に匹敵する力がある。

 その上、三対一では幾らテレジアでも勝ち目は無い。しかし、そんな圧倒的に不利な状況でも互角に近い戦いに持ち込めているのは、椎名から譲られた魔導具のお陰だった。

 テレジアのメイド服は〈身体強化〉の他にも物理や魔法に対する耐性や〈自動修復〉機能まで付与されている。しかも、着ているだけで少しずつ魔力や体力が回復するというヒーリング効果まで付与されていた。

 普通なら国の宝物庫で眠っているような魔導具だ。神器に分類されたとしても不思議ではない。その上、テレジアが身に付けている腕輪は〈黄金の蔵〉の模造品で、隠された能力があった。

 それが――


「〈拘魔の鎖チェインバインド〉」


 椎名の持つ〈黄金の蔵〉と中身を一部共有していると言うことだ。

 椎名が許可した物しか使用することは出来ないが、それでもテレジアが使用できる魔導具の数は百を超える。屋敷の管理やメイドに必要な装備として、椎名はこれらの魔導具の使用をテレジアに許可していた。

 蔵から解き放たれた黒色の鎖がエクストラナンバーに襲い掛かる。

 まるで生き物のように蛇行し、逃げる9号を拘束する魔法の鎖。

 しかし、


「やはり、そう簡単には行きませんか」


 9号を囮にして7号と8号は鎖を掻い潜り、テレジアとの距離を詰める。

 そんな二人を〈栄光の手ハンズグローリー〉で迎え撃つテレジア。

 元はアルカの技だが、椎名が使っていたのを見て彼女なりに再現したものだ。


「ッ!」


 だが、8号を弾き飛ばすことに成功するも9号には回避されてしまう。

 テレジアの懐に飛び込むと、銀色のナイフを心臓目掛けて突き出す7号。

 しかし左腕を犠牲にすることでナイフを受け止め、


「――はあッ!」


 テレジアは魔力を籠めた掌底を放ち、七号を地面に叩き落とす。

 まさに一進一退の攻防。こんな戦いが一時間以上も続いていた。

 切っ掛けは〈大結界〉の崩壊だった。

 なんの前触れもなく突然、大結界がテレジアたちの目の前で崩壊したのだ。

 突然のことに戸惑うテレジアとオルテシア。それにレティシアの三人だったが、それでもすぐに意識を切り替え、目の前の問題に対処すべく彼女たちは行動を開始した。

 もしもの時に備え、対応を決めていたことも功を奏したのだろう。

 レティシアがすぐに〈紫の国〉の女王に連絡を取り、テレジアとオルテシアは椎名が戻るまでの時間を稼ぐため、魔物の侵攻を食い止めるための防衛線を〈魔の森〉に敷くことを決めた。

 最初の内は上手くいっていたのだ。

 テレジアたちの迅速な行動や、事前にいくさの準備を進めていた〈紫の国〉と〈緑の国〉の協力もあって、結界から溢れ出た魔物の侵攻を食い止められていた。しかし、そこに現れたのが二体の天使だった。

 ラファエルとウリエル。二体の天使の襲撃によって戦場が混乱する中、レティシアとオルテシアの二人は決死の覚悟で〈空間転移〉の〈技能の書スキルブック〉を使い、天使たちを戦場から遠ざけた。

 天使と共に姿を消した二人のことを心配しながらも、テレジアは戦線を維持するために奮闘を続けたのだ。しかし、そんななかで現れたのがエクストラナンバーのホムンクルスたちだった。

 

(辛うじてこの三人は押さえ込めているけど、既に防衛線は崩壊寸前。これ以上の時間は稼げそうにない……)


 限界は近いとテレジアは考える。

 魔物の数は減ってきているが、それ以上に軍の消耗が激しいからだ。

 無理もない。既に半日近くも戦いが続いているのだ。

 テレジアでさえ疲労を感じるほどだというのに、体力も魔力も限界が近いはずだ。

 兵士たちも既に半数が身動きの取れない状況に陥っていた。

 その上――


「天使の群れ……」


 絶望・・が迫る。

 テレジアの目に映ったのは、遥か空の彼方から向かってくる天使の群れだった。

 これまで相手にしてきた魔物など比較にならないほどの脅威。

 それが、空を覆い尽くさんばかりの勢いで〈紫の国〉に迫っていた。


「ここまでじゃな。御主は逃げろ」


 そうテレジアに声をかけたのは、魔王――サテラだった。

 軍の指揮を執りながら、彼女も最前線で戦っていたのだろう。

 消耗を隠しきれない弱々しい魔力や、血と泥に塗れた身体を見れば分かる。

 それでもサテラは国や民を見捨てて逃げるつもりはなかった。

 しかし、


「ご冗談を。私が逃げれば、誰が彼女たちの相手をできるのですか?」


 それはテレジアも同じだった。

 こうしている今もレティシアやオルテシアは孤軍奮闘の状態で戦っているはずだ。

 なのに自分だけが逃げられるはずもないと、テレジアは覚悟を決める。


「御主に死なれると、シイナに会わす顔がないのじゃが……」 

「まずはご自身の心配をなさってください。私が倒れる時は、そんな心配をしている余裕はないはずですから」

「言いおるわ。妾はこれでも魔王じゃぞ?」


 テレジアの言葉に、どこか楽しそうに笑うサテラ。

 本音を言えば感謝しているし、こうして肩を並べて戦えることが嬉しいのだろう。


「皆、ここが正念場じゃ! 例え、命を落とすことになろうとも、魔族の誇りと意地を見せてみよ!」


 サテラの言葉に奮い立つ魔王軍。

 そんな彼等に負けじと〈緑の国〉の兵士たちも最後の力を振り絞る。

 死を覚悟して、決戦に臨む両軍。その時だった。


「え――」


 色とりどりの魔法が雨のように空から降り注ぎ、視界に映る魔物の群れを一掃したのは――

 それだけではない。テレジアとサテラの目に信じられない光景が映る。


「なんじゃと……」

「天使の群れが……」


 光の帯が〈魔の森〉の上空を横切ったかと思うと、一瞬にして天使の群れを消滅させてしまう。

 呆気に取られる両軍の兵士たち。

 その隙を狙って、サテラとテレジアに迫るエクストラナンバーの三人だが、


「――ッ!?」


 背中に強烈な圧力を感じたかと思うと、地面に押さえつけられる。

 大地にめり込み、クレーターの中心で身動きが取れず足掻く三人の姿を見て、ようやく確信に至る。こんな真似が出来る人物は、テレジアの知る限りで一人しか思い浮かばなかったからだ。

 そう、その人物こそ――


「どうやら無事みたいだな。遅くなって済まない」


 暁月椎名であった。

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