第208話 作戦準備

 先代が失踪したとセレスティアは慌てていたが、もうあれから二ヶ月以上が経過しているしな。

 半年や一年は目が覚めない可能性があると言ったが、それはあくまで可能性の話であって先代であれば二ヶ月で目が覚めたとしても不思議な話ではない。〈精霊殿〉は二度の襲撃を受けて現在は警備が厳重になっていると言う話だし、連れ去られた線は薄いだろう。

 となれば、やはり自分から姿を消したと考える方が自然だ。問題はどうして姿を消したのかだ。

 それに先代と共に〈魔女王の槍レジーナ・ハスタ〉も消えていたらしい。

 あれには〈魔女王〉の魂が封じ込められている。

 気掛かりではあるが――


「マスター。ご命令により、全員を招集しました」


 いまは目の前のことに集中するしかない。

 ずらりと勢揃いし、恭しく頭を下げながら膝をつくホムンクルスたち。全員が同じスーツを纏い、目元は仮面で隠しているために個々の判別は難しいが、最前列にいる五人・・については察しが付く。

 原初はじまりの六人だ。六人と言っても、いまは五人しかないけど。

 スカジの姿がないことからも、恐らくこの時期はまだスカジは誕生していなかったのだろう。

 原初の六人などと呼ばれているが、原初の称号は製造順に決まっている訳ではない。先代が製造した凡そ千体のホムンクルスの内〈魔王の権能ディアボロススキル〉を使えるホムンクルスだけが〈原初〉と呼ばれているのだ。

 だから厳密には、六という数字にも意味はないんだよな。


「ユ……」


 いつもの癖でユミルと呼ぼうとして、慌てて口を噤む。

 この時点でユミルの名前を呼ぶのはまずい。他のホムンクルスたちも同じだ。

 俺から見れば楽園のメイドでも、いまは先代のホムンクルスとして扱うべきだろう。


「これから、キミたちには健康診断を受けてもらう」

「……健康診断ですか?」


 戸惑う様子を見せるホムンクルスたち。こんなことを突然言われたら戸惑うのも無理はない。しかし、ちゃんと理由があってのことだ。

 セレスティアと相談した結果、彼女たちには先代の研究所に避難してもらうことになった。ダンジョン内であれば、少なくとも呪いの影響を受けることはないと考えられるからだ。

 そのためにも、彼女たちを納得させる理由は必要だ。


「十年もの間、休まず監視を続けてくれたことには感謝してる。でも、だからこそ万全な状態に整えておいて欲しいんだよ。この先、また活躍してもらう機会はあるだろうからね」


 嘘は言っていない。少なくとも二万年後の世界では、彼女たちに助けられているしな。

 それに健康診断と言うのも嘘ではない。呪いの影響を受けていないかを一人ずつ確認するつもりだし、この世界が俺の知っている歴史の通りに進むのかは分からないが、きっと彼女たちの力が必要になる時が来るはずだ。


「畏まりました。ですが、結界の監視は如何致しますか?」


 もう少し食い下がられるかと思ったが、素直に従う様子を見せる。

 結界のことをユミルと思しき先頭のホムンクルスに尋ねられ、どう答えたものかと考える。彼女たちの性格から言って、自分たちの仕事を主人に押しつけるような真似はしたくないのだろう。

 となれば、ここは正直に話すべきだろうな。

 しかし、

  

「監視の任務は終わりだ。結界は保って、あと二ヶ月と言ったところだからね」


 落ち着いた様子で話を聞くホムンクルスたちに違和感を覚える。


「では、健康診断と言うのは……」

「言っただろう? また活躍してもらう機会はあるって、察してくれると助かるかな?」


 俺の言葉に『失礼しました』と引き下がるユミル。 

 やはり、少し変だ。俺の知っている彼女なら、ここで引き下がったりはしない。

 自分も残ると食い下がろうとするはずだが、反応があっさりとしていた。

 機械的で感情を感じられないというか、話し方に抑揚がないんだよな。

 まるで別人のようだ。これって、どういうことなんだ?



  ◆



 俺の知っている彼女たちと余りに反応が違っていたので、気になってレティシアに尋ねてみたのだが、


「え? 以前から彼女たちは、あんな感じですけど……」


 そんな答えが返ってきた。やはり、あれが普通らしい。

 正体がバレていることも疑ったのだが、どうやら違うようだ。

 現代社会の生活に馴染んで多少は変わったところもあるとは思うのだが、ユミルも含めて目覚めた当時から彼女たちは割と人間臭いところがあった。 

 少し天然というか、常識に欠けているところはあったが、もっと感情豊かだったと思う。

 この時代から二万年も経過していることを考えれば、別におかしくはないのか?

 でも、俺と出会うまで彼女たちは眠っていた訳だしな。

 なにが原因なのか、さっぱり分からない。

 分からないが――


「まあ、いいか」


 悪いことではないので、よしとすることにする。

 俺はメイドたちを道具のように扱うつもりはないし、彼女たちにも幸せになって欲しいと考えている。

 それに現代の彼女たちの方が親しみやすくて、俺は好きだしな。


「若様の時代・・では違ったのですか?」

「ああ、もっと感情豊かで人間らしい一面があって……」


 ん?

 いまの会話、なにか違和感が――


「俺が未来から来たことって話したっけ?」

「いえ、ですが私に隠しごとは不可能ですから」


 そう話すレティシアの瞳が青く光る。

 真贋を見抜く魔眼って話だったが、まさか考えていることが分かったりするのか?


「考えていることは分かりません。ですが、察することは出来ますから」


 ようするに俺たちの今までの会話から推察したってことか。

 まあ、特に隠している訳でもなかったしな。

 この際、レティシアには話しておくべきかと考え――


「お察しの通り、俺は未来からやってきた〈楽園の主〉だ」


 と、打ち明けるのだった。



  ◆



 更に一ヶ月ほどが過ぎ――ここ〈青き国〉では楽園への移住者を募り、各国からの避難民をまとめて〈帰還の水晶リターンクリスタル〉で順次、月のダンジョンへと転移させる計画が進められていた。


「ご指示の通り、ギルドの協力を得て〈灰の神〉の加護を持つ者を保護し、優先的に避難を開始させております」

「〈紫の国〉と〈緑の国〉からの返答は?」

「どちらの国も避難させるのは若い女と子供だけで良いと……。サテラ殿は軍を率い、魔王城でモンスターを迎え撃つつもりのようです。〈緑の国〉も同様に軍を組織している模様です。〈紫の国〉と連携してモンスターの侵攻を食い止めるつもりかと……」


 ディルムンドの報告を聞き、困った顔で溜め息を吐くセレスティア。

 椎名から聞いた通りの力が呪いにあるのだとすれば、この国も危険だ。

 しかし、それ以上に危険なのは〈紫の国〉の魔族たちだ。既に一度、呪いの浸食をを経験していると言うのにモンスターに立ち向かうなど、自殺願望があるとしか思えなかった。

 しかし、


「我々も説得したのですが、呪いに侵された者は耐性を得るらしく、二度とモンスター化することがないと……」

「まさか、試したのですか?」

「……どうやら、そのようです」


 なんて危険なことを、とディルムンドの話に呆れるセレスティア。

 奇跡は何度も起きるものではない。そのことはサテラも理解しているはずだ。

 なのにそんな実験をしたと言うことは、最初から彼女は国を捨てて逃げるつもりはなかったのだろう。

 魔族の王という立場からも簡単に国を捨てられるはずはないが、恐らくそれだけが理由ではないとセレスティアは考える。魔族が受けた恩義を返すため、少しでも椎名の役に立ちたいと考えたのだろう。

 緑の国にしても〈大災厄〉に立ち向かう覚悟を決めたのは、恐らく贖罪のつもりなのだと察せられる。先の騒動はすべて教会が引き起こしたことだと言っても、教会を擁護し黙認してきた責任は国にもあるからだ。


「ディルムンド。あなたは奥方を連れて避難なさい」

「ですが――」

「この国は、世界樹は私が守ります。ですが、民にはまだあなたが必要です」


 最後まで国に残って戦うつもりだったのだろう。

 そんなことはディルムンドの顔を見れば分かる。 

 しかし、他にやるべきことがあるとセレスティアは諭す。

 これから生まれ育った故郷を離れ、遠く離れた地で生きていくことを不安に感じている人々も少なくはないだろう。そんな不安を抱える人々を導き、見守る存在が必要だ。

 それが出来るのは、ディルムンドだけだとセレスティアは考えていた。


「……承知しました。ご武運をお祈りしています」


 そんなセレスティアの想いを感じ取ったディルムンドは頭を垂れる。

 共に戦いたい気持ちはあるが、それではセレスティアを困らせることになると考えてのことだ。


「頼みましたよ」


 ディルムンドの気配が遠ざかっていくのを確認すると、セレスティアは地下の〈工房〉に足を向ける。しかし、そこにいるはずの親友の姿はなく、隣に立てかけられていた魔槍も姿を消していた。


「アルカ……いま、あなたはどこにいるのですか?」


 寂しげな表情で、親友の名を口にセレスティア。

 星詠みが予期した決戦の日。大結界の崩壊まで、残り一ヶ月まで迫っていた。

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