第207話 世界の仕組み(後編)

 魔素というのは魔力の残りカス。魔法を使うと発生する特殊な粒子のことだ。

 世界樹が精霊を生み、精霊が世界に魔力を供給し、そして消費された魔力は魔素を生む。

 その魔素が体内に蓄積され一定の濃度に達すると、魔素を浴びた動物が魔物へと変異するという仕組みだ。倒された魔物の魂は星に還り、再び世界樹の力となる。本当によく出来たシステムだと思う。ダンジョンの仕組みは、これを応用したものなのだろう。

 そして、最初の話に戻ると言う訳だ。

 呪いの正体は魔素である可能性が高い。大結界のなかには、十年の間に蓄積された魔素が充満している。これがなんらかの要因で性質変化したものが、呪いであると俺は考えていた。

 動物だけでなく人間にも影響を与える特殊な魔素。それが、呪いの正体だ。

 と言っても、誰もがこの特殊な魔素の影響を受ける訳ではない。

 灰の神、魔族、ホムンクルス。これらに共通する点は一つ――


「〈精霊の一族〉が世界樹の加護と呼んでいるものが、モンスター化の原因である可能性が高い。俺はこれを〈星霊因子〉と呼ぶことにした」


 恐らく〈灰の神〉の加護と言うのも〈精霊の一族〉の血を継いでいる者にだけ発現するのではないかと思う。実際、オルテシアには〈精霊の一族〉の血が入っているし、エミリアのお袋さんも〈精霊の一族〉だしな。

 たぶん銀色の髪はスキルを得たことで潜在的な力が呼び起こされた結果なのだろう。

 潜在的な力とは、ようするに魔力のもととなる星の力――〈星霊力〉への適性だ。

 そもそも魔力は魔法を使うために必要なエネルギーであり、誰でも〈星の力〉を扱えるように最適化された力のことだ。〈星霊力〉の方が扱いが難しく、魔力と違って適性が必要になる。

 ホムンクルスはセレスティアをモデルに造ったと先代も言っていたしな。

 ホムンクルスは〈星の生命力アストラルエネルギー〉から錬成した〈賢者の石〉を材料としているし、魔族もホムンクルスの研究の過程で誕生した種族である可能性が高い。そのことから、どちらも人工星霊のような存在だと考えられる。

 精霊の一族が〈精霊術〉に長けているのも、生まれ持ち〈星霊力〉への適性を潜在的に持っているからだろう。

 そう考えるとセレスティアやエミリアの金色の髪は、天然ものと養殖みたいな違いがあるのかもしれない。人工的に生み出された存在では〈星霊〉の器となる条件を満たすことが出来ず、金ではなく銀色の髪になるのではないかと俺は考えていた。

 オルテシアのようにスキルに覚醒して銀髪になった人たちも、恐らくは条件を満たしていないのだろう。その条件と言うのは〈星詠み〉が関係している気がするが、これ以上のことは分からなかった。

 こんなことならセレスティアにも同行してもらうんだったな。


「待ってください。なら、このまま結界が解けたら――」


 オルテシアがなにを心配しているのかは容易に察せられた。

 どのくらいの人たちに影響があるのかは分からないが〈紫の国〉や〈青き国〉は相当な被害がでるはずだ。多くの人たちがモンスター化し、世界は混迷を極めるだろう。

 それに――


「ああ、対策しないとまずいことになりそうだな」


 ホムンクルスたちが暴走すれば、非常にまずいことになる。

 対策の必要性を考えさせられるのだった。



  ◆



『なるほど……状況は危惧していた通りになったと言う訳ですね』


 テーブルの上に置かれた小さな地球儀のようなカタチをした置物から、セレスティアの姿がホログラムのように投影されて映っていた。遠く離れた場所にいる人と通信する魔導具だ。

 お互いに同じ魔導具を持っている必要はあるのだが、魔力さえある場所ならどこでも使えるので割と便利な魔導具ではある。ただ、これも欠点がない訳ではなく片方がダンジョンのなかにいると使えないんだよな。

 そのため、余り出番のない魔導具だったりする。現代の地球なら携帯電話を使えばいいからだ。


「セレスティアが一緒にきてくれたら、もう少し詳しく分かったと思うんだけど」

『頼って頂けるのは嬉しいのですが……私で実験しようと考えていませんか?』

「いや、ちょっと採血に協力して霊基情報を〈解析〉させてくれれば、それでいいんだけど」

『嫌ですよ!? 血だけならともかく〈霊基〉って魂のことですよね!?』

 

 え、ええ……別に痛くないのに、そこまで嫌がられるとは思っていなかった。

 まあ、個人情報のようなものだと言うのは否定しないけど。

 言ってみれば、魂に記憶された遺伝子情報のようなものだしな。


「あれ? でも、先代の研究には協力したんだよな?」

『ええ、まあ……痛くないからと言って無理矢理……』 


 ああ、それがトラウマになっているってことか。


「俺は大丈夫だ。痛くしないし、ポッドに入っていたらすぐ終わるから」

『それって、アルカの研究所にあった金色の液体が入った魔導具のことですよね?』

「そうだけど?」

『あれって、裸で入らないといけませんよね?』

「まあ、実験の邪魔になるし、服が濡れるしな」

『無理、無理です! 他のことならともかく絶対に協力しませんからね!』


 そこまで拒絶しなくても……。

 まあ、裸を見られるのが恥ずかしいと言う気持ちは分からないでもない。 

 しかし、


「これも世界のためだ」


 星霊因子の秘密を解き明かすには、セレスティアの協力が必要だ。

 決して好奇心からではない。


『……本当に?』


 た、たぶん。半分くらいは好奇心じゃないと思う。


『はあ、分かりました。協力します……これも〈巫女姫〉の務めだと思って』


 凄く渋々と言った様子だが、セレスティアの了承を得ることが出来た。

 実際、必要なことではあるので嘘ではない。

 とはいえ、まずは目の前の問題に対処するのが先だ。


『それで、彼女たちホムンクルスのことはどうされるのですか?』

「テレジアに渡した魔導具を全員分用意するのは難しいしな。〈紫の国〉のダンジョンから先代の研究所に避難させるのが最適じゃないかと思っている。あと言わなくても分かっていると思うけど」

『民は楽園に避難させます。元より、その方向で話を進めていましたから』


 苦渋の決断と言った表情で、俺の問いに答えるセレスティア。

 国を捨てろと言っているも同義なので葛藤もあるのだろう。

 だが、厄介なのはモンスターよりも呪いの方だと俺は考えていた。

 正直、世界が滅亡した原因はモンスターではなく、こっちではないかと思う。

 とはいえ、いまからなら避難は間に合うはずだ。最悪の事態は避けられるだろう。

 でも、なにか引っ掛かるんだよな。


(呪いの正体は分かったけど、あの天使はなにがしたかったんだ?)


 放って置いても大結界がなくなれば、呪いは世界を満たすことになる。

 なのに〈紫の国〉に呪いを撒いたり、なにがしたかったのかが分からない。

 俺ならそんな面倒なことをせずに、結界の解除に力を割く。

 そうしないということは、目的は別にあるのかもしれない。

 世界を滅亡させるよりも優先することがあると言うことだ。


「セレスティア。前に試練の話をしてたことがあるだろう?」

『私たちの前に現れた天使のことですね?』

「ああ、思い出せる限りでいい。その時のことを詳細に話してくれ」


 先代たちの前に現れた天使は『最後の試練』を開始すると言ったそうだ。

 となれば、一番怪しいのはその試練とやらだ。

 試練の内容が分かれば、天使の目的もはっきりとするような気がする。


『わかりました。私の知る限りのことをお話しま――どうかしたのですか? いまはシイナ様と大事な話が――』


 セレスティアから話を聞こうとした、その時だった。

 通信の向こうで、慌ただしい動きを見せるセレスティア。

 精霊殿の巫女さんが、会話の途中に割って入ってきたみたいだ。

 なにが起きたのかと心配していると――


『シイナ様、緊急事態です! アルカが姿を消しました』


 先代の失踪を告げられるのだった。

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