第206話 世界の仕組み(前編)

「ううん、やっぱりか」


 あれから一週間。〈魔女王〉の遺した大結界の〈解析〉は順調に進んでいた。

 解析結果を魔導具で空間に投影し眺めていると、オルテシアに声をかけられる。


「主様。もしかして、それは大結界の魔法式ですか?」

「ああ、分かるのか?」

「はい。なんとなく……としか言えませんが……」


 なんとなくでも理解できるのならたいしたものだ。

 そう言えば、〈魔剣創造ソードクリエイション〉もはじめてで器用に使いこなしていたしな。

 テレジアに教わって魔力操作の技術もメキメキ上達しているみたいだし、オルテシアにはそっちの才能があるのかもしれない。このまま精進を重ねれば、第二の〈魔女王〉を名乗れるくらいになったりするんじゃないだろうか?

 オルテシアにも〈精霊の一族〉の血が入っていると言う話だし、潜在能力だけで言えば〈魔女王〉に劣っていないと俺は考えていた。


「なら、ちょっとした問題だ。この〈大結界〉は二つ、大きな欠陥を抱えている。それがなにか、この魔法式から読み解けるか?」 


 オルテシアを試すように問題をだす。

 魔法学院で講師をしていた時の癖が抜けないというか、普段は余りこう言った話をする相手がいないので興に乗ったと言うのがあった。俺と魔法式について対等に話ができたのは、楽園のメイドだとスカジくらいだったしな。

 ノルンは知識はあるのだが計算は苦手らしく、ヘイズはハード面の技術は高いが肝心のソフトウェアの開発が苦手みたいだしな。その点から言うと、メイドのなかでスカジが一番器用だった。

 実際、ヘイズの仕事を手伝っていることがあるみたいだ。

 難しい顔で魔法式と睨めっこするオルテシアを見て、さすがに意地悪すぎる問題だったかと思っていると――


「ここでしょうか? 魔法の規模が大きすぎて、結界としての機能が正常に動作していないように見えます……。いえ、でもモンスターを封じ込めているんですよね?」


 指定された箇所を見て、驚かされる。

 最適解とは言わないが、ちゃんと問題の核となる部分を指摘していたからだ。


「着眼点はいい。だが、それだけだと不十分だな」


 正直、これだけ複雑な魔法式を一目見ただけで問題を指摘するのは難しい。

 それを僅かな時間で見抜いた直感と観察眼はたいしたものだった。

 あとは知識と経験が追いつけば、オルテシアは凄い魔法使いになれるだろう。


「魔女王の〈大結界〉の弱点は、オルテシアが指摘したように魔法の規模が大きすぎることだ。だから、この結界を維持するために〈魔女王〉は条件付けを行った。そうしないと、魔法が成立しないからだ」


 魔法は効果の対象や改変に必要な事象の規模が大きくなるほど、要求される魔力量が多くなる。世界の半分を覆うほどの結界ともなれば桁違いで、幾ら〈魔女王〉が優れた魔法使いでも、それだけの量の魔力を捻り出すのは不可能だ。

 だから彼女は条件付けを行った。

 魔法は制約を設けるほど要求される魔力量を節約できるという特徴がある。ようするに様々なことに対応できる魔法よりも一つのことに特化させた魔法の方が、同じ系統の魔法でも効果が高く要求される魔力量も少なく済むと言うことだ。

 魔法だけでなくスキルにも同じことは言える。ユニークスキルが通常のスキルよりも燃費が悪いのはこれが理由で、幾つものスキルの効果を合わせ持った複合スキルだからだ。

 話が少し脱線したが、ようするに〈魔女王〉は〈大結界〉を魔法として成立させるために、特定のものにだけ反応する結界を構築したのだ。逆に言えば、この結界はそれ以外のものはすべて素通りすることになる。

 言っている傍から――


「ここから南西三千キロの地点か」


 空間に投影された画面が赤く染まり、緊急事態を告げるアラートが鳴り響く。

 後付けではあるが〈大結界〉に監視用の魔法式プログラムを付与していた。

 と言っても複雑なものではなく、結界を越えたものがいれば報せてくれるアラート機能だ。

 

「中層クラスの魔物・・が六百か。まあ、このくらいなら――」


 座標を割り出し、〈技能の書スキルブック〉を使って転移陣を展開する。

 副会長のスキルを〈解析〉することで量産に成功した転移魔法のスキルブックだ。

 と言っても、俺一人で用意できる数には限りがあるので、いまのところそれほどの数は用意できていない。それに以前から何度も言っていることだが、転移魔法は要求される魔力量の観点から見れば効率の悪い魔法だ。

 副会長のお陰でかなり効率的に使えるようになったと言っても、運べる人数や距離には制限があるし、多用できるようなものではない。しかし、この問題を解決できる方法が一つあった。

 それが〈拡張〉だ。


空間跳躍テレポート――〈千の雨サウザンドレイン〉」


 スキルに〈拡張〉で異なる能力を付与する〈統合〉を組み合わせることで、人間や物だけでなく〈魔法〉を転移させることが可能になった。ようするに転移陣を使った超遠隔射撃が可能となったのだ。

 転移させるのは魔法だけなので、人間を転移させるよりも魔力効率がいい。

 今回のように離れた場所の魔物を処理するのに適していた。


「ん? オルテシア、どうかしたのか?」

「いえ……〈緑の国〉が神人を恐れる理由がよく分かった気がして……」


 俺と先代やセレスティアと一緒にしないで欲しいのだが……。

 そもそも、この魔法も欠点がない訳ではない。いまのところ転移させられる魔法は中級魔法までに限られているしな。単純な魔法なら問題ないのだが、発動後も制御が必要な魔法なんかは転移陣を介した遠隔操作が難しいからだ。

 そのくらいの魔法だと都市に張られた結界で簡単に防がれてしまうしな。

 なお、転移魔法は結界を越えることが出来ないので、結界のなかに魔法を転移させるということも出来ない。ようするに対策は簡単なため、用途の限られる魔法と言うことだ。

 話を戻すが、この〈大結界〉の弱点と言うのが、これだ。

 普通の結界は外部からの攻撃や外敵の侵入を阻むためのものだが、この結界は中のモンスターを封じるためのものなので外から中に入るのは、すべて素通りになってしまう。

 ようするに動物や虫――当然、人も簡単に通れてしまうのだ。

 そして、 俺がさっきからモンスターではなく魔物と言っているのには、このことが関係している。結界を通り抜けてきたのは〈天国の扉ヘブンズ・ドア〉から現れたモンスターではなく、この世界で発生した魔物だ。

 魔物はモンスターとは似て異なるため、結界の対象に含まれない。

 その魔物が結界の内側で、こうしている今も大量に発生を続けていた。

 先代は結界の綻びからモンスターがでてくると言っていたが、それも事実だ。これだけ巨大な結界ともなれば、魔力を均等に行き渡らせることは難しい。そうして発生した歪みによって生じる穴も大きなものとなる。そこを通って、この一週間の間に何度かモンスターが結界を通り抜けていた。

 しかし、ホムンクルスたちに結界の監視を命じたのは、魔物の大量発生を危惧していたからではないかと思う。急速に魔物が増加したのは、ここ一年くらいのことだと推察するが、先代なら予見していても不思議ではないからだ。

 そして、


「この結界には、もう一つ欠陥・・がある」


 この魔物の発生が、もう一つの欠陥と繋がっていた。

 結界を維持するには、絶えず魔力供給を行う必要がある。

 これほどの結界を維持するのであれば、途方もない量の魔力が必要になるはずだ。

 それだけの魔力を、一体どこから持ってきているのか?


「この結界は霊脈から膨大な量の魔力を常に吸い上げている。だが、世界樹も無尽蔵に魔力を供給できる訳じゃない」


 以前にも言ったように〈星の力〉――アストラルエネルギーとは、世界を構成する力だ。時間や空間を超越したもので、この世界に影響を与えながらも高位の次元を漂っている。そのため、この程度で尽きるようなことはない。

 しかし、世界樹が〈星の力〉から生み落とす精霊の数は常に一定で、供給される魔力量も精霊の数に比例している。そのため、こんな勢いで魔力を吸い上げていれば、いずれ限界は訪れる。

 いま、こうしている今も霊脈に通う魔力量は減少を続けている。結界に供給される魔力が減っていけば、いずれ結界は維持できなくなる。世界の滅亡が近付くと言う訳だ。

 魔力喰いエレメントイーターを世界樹に寄生させたのは、その時期を早めるためだったのだろう。

 精霊の数が減少すれば、魔力の供給量も減るからだ。

 それに――


「呪いの正体も分かった」

「え」


 宝物庫で見つけた魔導書から推論は立てていたのだが、大結界を詳しく解析したことで呪いの正体についても分かった。

 と言っても、俺やセレスティアに掛かっている呪いのことではない。

 人間をモンスターに変える呪いの方だ。その呪いは〈大結界〉のなかに押し留めるようにモンスターと一緒に封印されていた。結界の内側に呪いが充満した理由は簡単だ。

 魔法を使用することで発生する魔力の残りかす。


「呪いの正体は魔素・・だ」


 大量の魔素を発生させているからだった。




後書き

 長くなったので椎名の解説は後編に続きます。

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