第205話 楽園の主の条件
「凄いな。これは……」
話には聞いていたが、実際に目にすると迫力が凄い。
大陸を東西に分け、世界の半分を包み込んだとされる〈魔女王〉の大結界。
まさに地平線の彼方にまで続く壁がそびえ立っていた。
壁と言っても目に見える訳ではないが、モンスターを封じ込めている結界と言うだけあって普通の魔力障壁ではない。空間を遮断しているようで壁の向こう側は光が屈折し、虹色に輝いて見える。だから触れずとも、ここに壁があると言うのがなんとなく分かるようになっていた。
「取り敢えず、結界に近付いてみるか」
「あ、若様」
詳しく調べたいので結界に近付こうとした、その時だった。
レティシアに呼び止められた直後、黒装束に身を包んだ一団が行く手を遮るように現れたのは――
全員、目元を仮面で隠していて表情は読み取れない。
と言っても、
(まあ、最初から気付いてたんだけどな)
誰かが隠れていることには最初から気が付いていた。
気配を隠すのは上手いが、魔力が完全に隠し切れていなかったからだ。
同じミスをよくスカジや〈狩人〉のメイドたちもやっていたなと思い出す。
気付けるのは主様だけですとか、負け惜しみを言ってたけど。
「
俺の姿を見て、驚いた様子を見せる黒装束の女――もといホムンクルス。
いまの俺は彼女たちと同じように目元を仮面で隠し、先代と同じ格好をしていた。
正体を明かすことも考えたのだが、そうすると未来にどのような影響があるか分からない。だから、まずは先代のフリをして彼女たちの反応を確かめようと思った訳だ。
セレスティアは大丈夫だと言っていたし、その言葉を信じるしかない。
「失礼しました」
一斉に片膝を突くホムンクルスたち。本当に誤魔化せてしまったようだ。
自分たちの主人を間違えるとか大丈夫なのかと心配になるが、それには理由があった。
出会った時から彼女たちは俺を〈楽園の主〉だと認識していた。最初はユミルが一緒にいるからだと思っていたが、そのユミルも最初から俺を〈楽園の主〉の後継者と認めていたからな。
だから気付いたのだ。
彼女たちは外見ではなく、他のもので〈楽園の主〉を判別しているのだと――
それは恐らく
ユミルが眠っていた遺跡の装置が言っていた〈
先代との共通点はこれしかないしな。
本来ユニークスキルは唯一無二のものだ。同じものが二つと存在することはない。
だから、この時代の彼女たちも俺が〈楽園の主〉であることを疑ったりしないのだろう。
「このピッチリスーツは先代の趣味か? なんというか……」
「マスター?」
「ああ、こっちの話だから気にしないでくれ」
全身のラインがくっきりと際立つレオタードのような衣装を彼女たちは着ていた。
昔流行ったロボットアニメの少年少女が着ていたパイロットスーツに近いものがある。SFなんかでよく見るスーツだが、それだけに胸やお尻が強調されて裸でいるよりも妖艶な雰囲気が醸しだされていた。
巫女服の件といい、先代はちょっと趣味に走り過ぎじゃないだろうか?
「結界の様子を確かめにきた」
「やはり……だからレティシア様がご一緒なのですね?」
チラリとレティシアに視線を向け、俺の話に納得した様子を見せる。
そして、
「実は〈魔の森〉から大きな力を感じ、警戒を強めていました。あれはマスターだったのですね」
森でのことを言っているのなら、たぶんそれは俺だな。
あれだけ派手にやったら、そりゃ気付くよな。
ああ、だから姿を消して様子を窺っていたのか。
隕石の一件が頭過り、自分の撒いた種だと分かると複雑な気持ちになる。
「実は天使が現れてね」
「な――」
「ああ、勘違いしないでくれ。キミたちの仕事を疑っている訳じゃない。ただ、ティアの〈星詠み〉によると想定よりも早く結界が解けそうなんだよ」
先代の声や口調を真似て、ホムンクルスたちの疑問に答える。
まったく正体に気付かれていないようなので、このまま話を進めさせてもらおう。
「だから
「全員を……ですか? ですが、全員を召集するとなると
確かに結界の監視に散っているホムンクルスたちを全員集めるとなると、そのくらいの時間は掛かるか。世界中に散っている訳だしな。
まあ、一ヶ月くらいなら問題ない。
他に確認したいことがあるので丁度良いくらいだ。
「結界のことは気にしなくていい。調査のついでに、こっちで見ておくから」
「え、それは……いえ、畏まりました。すぐに皆を集めます」
◆
「さすがですね。若様は――」
「確かに主様の演技は完璧でした。口調だけでなく声もそっくりでしたから」
ホムンクルスたちは椎名を完全に〈楽園の主〉だと認識していた。
そのことを言っているのだとオルテシアは思ったのだが、レティシアの反応は違っていた。
なんとも言えない顔をするレティシアに、オルテシアは尋ねる。
「他になにか?」
「はあ……若様といると感覚がズレるのかしら? ホムンクルスたちが全員で絶えず監視を行っていた結界を、
「あ……」
レティシアがなにを感心していたのか、ようやくオルテシアは理解する。
椎名は何気なく言ったのかもしれないが、それはホムンクルスたちの仕事を一人で肩代わり出来ると言っているに等しいからだ。
勿論、一ヶ月という限られた期間ならともかく、椎名一人で結界が解けるまで監視を続けることは難しいだろう。しかし、一時的にならホムンクルスたちの手を借りずとも可能と言うことだ。
それも調査のついでにするくらい椎名にとっては片手間の作業と言うことになる。
「これで若様が〈楽園の主〉であると、誰一人として疑問に抱かないでしょうね」
レティシアの言うように、そんな力を持った存在は〈楽園の主〉以外にいない。
疑問を挟む余地のない証明を、椎名自身が行ったと言うことだ。
「そのくらい主様なら当然だと思って、疑問を抱きませんでした……」
とはいえ、オルテシアが気付かなかったことを、レティシアは責めるつもりはなかった。まだ付き合いは短いが、レティシアでさえ椎名といると常識や価値観が狂いそうになることが多々あるからだ。
この魔法の家もそうだ。
持ち運び可能な魔導具の家など聞いたことがないし、魔海の魔物をものともしない〈魔導船〉やミカエルの召喚した星を砕いた〈魔導電磁砲〉も、すべてこの世界の常識を打ち破るものだった。
いずれも神器に分類されておかしくない魔導具だ。
その上、
(三大神器にも匹敵する教会の至宝を、まるでたいしたことがないかのように扱っていたと言うことは……)
神の加護によって、ありとあらゆる攻撃を無効化すると伝えられている教会の至宝を、椎名は少しも惜しむことなくレティシアに渡した。それは即ち、椎名にとっては教会の至宝もよくある魔導具の一つに過ぎないと言うことだ。
実際、ミカエルは〈不可視の光鎧〉を身に付けていたにも拘わらず命を落とした。
それだけに椎名の力は既に――
(若様のお力は私の想像を遥かに超えているのかもしれない。恐らくは……)
アルカさえも凌駕しているのかもしれないと、レティシアは考えるのだった。
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