第204話 不可視の光鎧

「ガブリエルに続いて、ミカエルの消滅が確認されました」

「バカな!」


 緑の国の北西部に位置する小さな街の教会で、密談をする二人の男の姿があった。

 左手には聖書のようなものを持ち、白を基調としたクロークに身を包んだ長い金髪の男の名はラファエル。見た目からも分かるように教会の司祭だ。

 そして腰に剣を提げ、アダマンタイト製のフルプレートに身を包んだ黒髪の大男はウリエル。〈要塞〉の二つ名で知られる〈緑の国〉を代表するオリハルコン級の冒険者であった。

 二人とも翼を隠し、髪と瞳の色を変えているが、ガブリエルやミカエルと同じ熾天使だ。


「ミカエルが殺されたなどと……確かなのか?」

「はい。あなたも感じているのではありませんか? ガブリエルの残した呪いが浄化されたことを……」

「それは……まさか、ミカエルをやった奴と同一人物なのか?」

「はい。すべて同一人物の仕業です。教会も教皇をはじめとした幹部を殺され、機能不全に陥っています。人類を疑心暗鬼に追い込むことで分断を誘い、神人を孤立させるミカエルとガブリエルの計画は破綻したと言ってよいでしょうね」


 本来の計画では人間同士で争わせることで、アルカとセレスティアの二人に人類を見限らせることが目的だった。

 ガブリエルは〈楽園の主〉に対する復讐心で動いていた節はあったが、少なくともミカエルは人間の愚かさと醜さを露呈させることで、アルカとセレスティアに選択の機会を与えようとしていたのだ。

 最後の試練に臨む者として、神に選ばれし者の責務を果たさせるために――

 だが、すべてが水泡と帰した。

 予期せぬイレギュラーの出現によってだ。


「何者なんだ? そいつは……」

「四人目の賢者や〈楽園の主〉の後継者と噂されている人物ですが、それ以上のことは分かりません。過去がなにも掴めないのです。まるで、忽然と現れたとしか言いようがないほどに……」


 なにも情報を掴めなかったと聞き、信じられないと言った顔で驚くウリエル。

 いまは司祭のような格好をしているが、ラファエルには様々な顔がある。

 時には商人であったり、冒険者であったり、貴族であったりと――

 戦闘能力は〈熾天使〉のなかで最も低いが、情報収集に長けた能力を有していた。

 それだけに信じられなかったのだろう。


「そいつは本当に人間なのか? いや、もしかしたら……」

「私も同じことを考えています。彼は渡り人・・・ではないかと……」


 この世界に足跡がないと言うことは、考えられる答えは一つしかない。

 即ち、『渡り人』――異世界人ではないかとラファエルは椎名の正体を疑っていた。

 そして、それがありえないことではないと二人はよく知っていた。

 彼等が神と崇める創造主もまた、渡り人であったからだ。


「〈渡り人〉は全員が例外なく類い稀な才と特異な力を持っています。だからこそ、我々は〈楽園の主〉に期待した」


 ですが、とラファエルは付け加える。


「あのイレギュラーは別格です。もしかしたら既に至って・・・いるのかもしれない」

「おい、まさか……」

「そのまさかですよ。彼こそが、我等が真に求めていた〈後継者〉なのかもしれない」


 神の意志を継ぐ者。

 それが、シイナである可能性をラファエルは告げるのだった。



  ◆ 



 やらかした。

 俺が破壊した隕石の破片が地上に降り注ぎ、隣国の〈緑の国〉にまで降り注いだそうだ。レールガンと言うよりは核兵器みたいな破壊力だったしな。まさか、あんな風に木っ端微塵に砕け散るとは想定外だった。

 ある程度の大きさに砕いたらスキルで〈分解〉するつもりでいたのだ。

 しかし、破片が細かく散ったために対処しきれなかった。想定外の破壊力がでたことが原因だ。

 とはいえ、あのままだと隕石が地上に落下して、もっと大きな被害がでていただろうしな。恐竜が滅びた原因は隕石だとする説もあるくらいだし、結果的には正解だったと思う。

 思うのだが、俺がやったと言うことは黙っておいた方がいいだろう。


「若様、なにも言わずに出発してよかったのですか?」


 王都を離れ、森に差し掛かったところでレティシアに尋ねられ、ドキリと心臓が跳ねる。

 別に逃げ出したと言う訳じゃないからな?

 褐色美少女からの依頼は完遂したし、報酬も受け取った。だから、そろそろ当初の目的である〈魔女王〉の結界とホムンクルスたちの様子を確認に向かうべきだと思っただけだ。

 褐色美少女になにも告げずに出て来たのは、隕石のことを追及されるのを恐れたからではない。

 それに書き置きと俺なりの誠意・・は置いてきたしな。

 なにも言わずに出て来た訳じゃないし、きっと許してくれるだろう。


「問題ない」

「意外とドライなんですね。そういうところはアルカ様に似ていると思います」


 先代はドライというか、人付き合いが苦手なだけだと思うぞ?

 似た者同士だから分かるのだ。

 必要以上に他人と関わりを持つのが面倒なだけだと――

 俺はまだ相手から接してくるなら応えようとはするが、先代は興味の無い相手には塩対応だしな。俺よりも大分、拗らせていると思う。

 俺はまだ三十年ちょっとだけど、先代は何百年も引き籠もっていた訳だしな。

 引き籠もり期間が長すぎて拗らせてしまったのだろう。俺も気を付けないといけないと思う。


(しかし、このレシピ本。やっぱり本物だったみたいだな)


 カドゥケウスの〈拡張〉を使って〈統合〉した魔導具は一発撃っただけで壊れてしまったが、ユニークスキルを付与した魔導具の製作に成功した事実は変わりが無い。実験は成功と言って良いだろう。

 だが、そうなると、このレシピ本の著者のことが気になる。

 錬金術師であることは間違い無さそうなのだが、怪しいのは二人だ。

 先代と、教会が神と崇めるもう一人の錬金術師だ。

 確証がある訳ではないが、後者の可能性が高いと思っている。

 理由は魔王城の宝物庫で見つかったと言う点。現状、魔族はホムンクルスに近い存在だと分かっているが彼女たちを製作したのは先代ではなく、もう一人の錬金術師だと推察されている。なら、その錬金術にまつわるなにかが魔族に伝わっていても不思議な話ではない。

 それに一番の決め手となったのは、この杖――〈カドゥケウス〉の能力を熟知している者でなければ、〈拡張〉を使ったスキルの〈統合〉なんて思いつかないと考えられるからだ。


「そう言えば、忘れるところでした。若様、これ戦利品・・・です」


 戦利品?

 そう言ってレティシアが腰に提げたマジックバッグから取り出したのは、赤い腕輪と刺々しい角張ったカタチをした魔石だった。

 魔石の方は見覚えがある。天使系のモンスターのボスが落とすドロップ品だ。〈青き国〉で倒した天使は透き通った水色の魔石をドロップしたのだが、レティシアの持っているのは赤色みたいだ。


「俺が貰ってもいいのか?」

「当然です。若様のために回収しておいたんですから」


 くれると言うのなら貰っておくが、いつの間に天使のボスなんて狩ったんだ?

 腕輪の方もなかなか興味深い。

 付与されているスキルは〈不可視の光鎧〉か。どうやら身体を透過させることで、どんな攻撃も無効化する効果が付与されているようだ。俺の〈反響の指輪リフレクションリング〉の回避バージョンと言ったところか。

 攻撃の瞬間を狙うか、必中系のスキルでないと対策は難しそうだな。

 いまの俺なら再現できそうな気はするが、これも神器に数えられる魔導具ぽい。

 

「これはレティシアが使ってくれ」

「よろしいのですか?」

「ああ、俺には〈反響の指輪これ〉があるしな」


 自分で使わない魔導具を持っていても仕方がないしな。

 俺は素材を貰えれば十分だった。

 それに――


「私たちのことなら、お気になさらず」

「主様から頂いた魔導具がありますから」


 レティシアの視線に気付き、遠慮するテレジアとオルテシア。

 それはそうだろう。


「そういうことなら遠慮無く貰っておきます」


 ドロップ品はモンスターを狩った者に権利があるしな。

 素材以外のものがドロップするのは珍しいけど。恐らくは特殊個体レアだったのだろう。

 しかし、天使のボスを狩れるほどの実力がありながら――


(真実を見抜く魔眼に、聖剣。そこに加えて攻撃無効化の魔導具か……)


 どこの勇者かと尋ねたくなるような装備だ。

 服装はメイド服だけど……。

 レティシアは怒らせないようにしようと思うのだった。



  ◆



「シイナがおらぬじゃと!? それに従者の二人と、レティシアも! まさか――」

「恐らくは既に出立されたのかと。それと、部屋には大量のオリハルコン硬貨と共にこれが……」


 復興に役立ててくれ、とだけ書かれたメモをエレノアに渡され、サテラは溜め息を漏らしながら玉座に背を預ける。


「その金はコルネリアに届けてやれ。賢者からと添えてな」

「よろしいのですか?」

「妾たちは既に十分すぎるほどの恩を受けておるからの。これ以上は欲張りすぎじゃ」


 椎名もそのつもりで大金を置いて姿を消したのだとサテラは考える。

 恩を返させてくれないばかりか、こんな置き土産までしていくとは本当に困った男だった。

 これでは意地を張っている自分が情けなくなる。


「ここまでされては、妾の方も歩み寄らぬ訳にはいかぬか」

「では〈緑の国〉と?」

「うむ。あちらの出方次第じゃが、いまなら問題はないじゃろう」


 来るべき日に備え、手を取り合うなら今しかないと――

 サテラは〈緑の国〉の女王コルネリアとの会談に臨む決意を固めるのだった。

 それはそれとして――


「ここ数日、会長たちの姿を見ないな。最近は実験に呼ばれることもなくなったし……。城の生活に不満はないけど、俺……まさか忘れられてないよな?」


 サテラやエレノアにまで存在を忘れ去られ、椎名に置いて行かれたことに副会長が気付くのは、この数日後のことであった。




・お報せ(2024年4月23日午前7時55分)

 投稿後に存在を忘れられているはずの副会長が椎名たちとの会話に参加しているというホラーなミスを見つけたため、修正を加えておきました。

 初期案からの修正を忘れていたようです。ご迷惑をおかけしました。

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