第203話 ミカエルの最期
高熱を纏った巨大な隕石が、ゆっくりと地上に向かって落ちていく。
土と火の合成魔法に岩の雨を降らせる魔法が存在するが、そのような紛いものではない。
太古の時代、巨大な竜種を滅亡においやったとされる星の衝突。
夜天に瞬く星の海から、小惑星を召喚すると言う神の御業を再現した究極魔法。
この魔法が使えるのは、熾天使のなかでもミカエルだけだ。
故に、これこそが天使を束ねる
「終わりだ。イレギュラー」
ミカエルが勝利を確信した、その時だった。
「――は?」
突然、目の前で
「ぐああああああッ!? な、なにが起きている!」
粉々に砕け散った小惑星の爆発に巻き込まれるミカエル。
身に付けている
そこに――
「ガアアアアアアアアアアッ!!!!」
巨大な槍の尖端がミカエルの身体を貫く。
まるで魂を焼かれるような激痛に悲鳴を上げるミカエル。
なにが起きているのかなど、いまのミカエルには考える余裕はなかった。
「ありえん、ありえん、ありえん――なんなのだ! これは――」
神器によって守られているはずの自分の身体に槍が突き刺さっている事実に驚くと共に、死の予感がミカエルの頭に過る。
胸元に刺さった槍に手を当て、こんなことで死んでたまるものかと苦痛に耐え、消滅に抗うミカエル。しかし、魔槍〈カラドボルグ〉の雷は容赦なくミカエルの身体を焼き――
「ぐあああああああああああッ!」
ミカエルの魂を――
◆
「結界を張っておいて正解じゃったの……」
粉々に砕け散った星の破片は〈紫の国〉だけでなく、隣国の〈緑の国〉まで広範囲に渡って地上に降り注いだ。
不幸中の幸いは死人がでなかったことだ。
結界を張っていなければ、危ないところだったとサテラは考える。
しかし、
「自業自得じゃが、隣国はかなりの被害を受けているようじゃな」
「はい。貴族の屋敷や教会の神殿だけが、まるで狙ったかのように被害にあったとか……」
エレノアの報告を聞き、サテラは深々と溜め息を漏らす。
隣国の〈緑の国〉では、商人の間で噂になるほどの大きな被害がでていた。
教会の神殿に隕石が落ちて、教皇や司教を含む教会の幹部が死亡したとか――
教会と懇意にしていた貴族の屋敷に隕石が落ち、粉々に吹き飛んだとか――
これが、
「偶然……では、ありませんよね」
「シイナの仕業と見て、間違いないじゃろう。本人は何も知らないと言った顔をしておるが……」
状況から考えて、偶然とするには余りに出来すぎている。
となれば、どうやったのかは分からないが、やはり椎名がやったと考えるのが自然であった。
星を砕く魔法など魔王の名を冠するサテラですら使えない魔法だ。砕いた星の欠片を狙ったかのように教会やその関係者の建物にだけ落とすなんて真似、神でもなければ不可能だろう。
となれば、そんな芸当が可能な人物など、椎名以外に思い当たらなかった。
実際、王都近郊の森から立ち上る一筋の光を多くの者たちが目撃している。
椎名が森から魔法を放ったのだと言うことは容易に察せられた。
「それで、どうなさいますか? 隣国から届いた書状への返答は……」
これに焦ったのは〈緑の国〉だった。
サテラたちと同じく椎名の仕業だと察した彼等は、急いで〈紫の国〉へと使者を送ってきたのだ。
それが、今朝早くのことだ。
星を砕くような一撃だ。そんな攻撃が自分たちに向けられれば、巫女姫の裁きを待つ前に国は滅亡する。既に民の間では教会が神の怒りを買ったと噂になり、商人たちを中心に〈緑の国〉から避難する動きがでていた。
このまま放置すれば、その動きが民たちに波及するのも時間の問題だろう。
しかし、
「どうするもなにも、本人が知らんぷりしておるしの」
椎名が何も知らないフリをしている以上は追及したところで無駄だと、サテラは話す。
なにしろ状況証拠だけで、椎名がやったという証拠は何一つないのだ。
本人が認めないのであれば、どうにもならないとサテラは答える。
「……陛下、この状況を楽しんでおられませんか?」
「くくっ、今頃コルネリアが頭を抱えておると思うと楽しくての」
まったく……と、サテラの態度に呆れるエレノア。
しかし、〈緑の国〉の自業自得と言う点は、エレノアもサテラと同じ考えだった。
天罰が下ったと言っても良いだろう。
教会に利用されていたと言っても、その教会を放置してきた責任は国にあるからだ。
「ですが、〈大災厄〉の件があります。このままと言う訳には……」
「まあ、そうじゃの」
魔女王の結界が崩壊すれば、紫の国だけでモンスターの侵攻を食い止めるのは難しい。緑の国とも連携して事に当たる必要があることは、エレノアに言われるまでもなくサテラも理解していた。
そのためにも、このままと言う訳にはいかないと言うことも――
椎名が名乗り出ずに敢えて沈黙を守っているのは、それが理由だろう。
「試されておるのは、妾たちも同じやもしれぬな」
教会や〈緑の国〉にプレッシャーを与えると同時に、自分たちも試されているのだとサテラは考えさせられるのだった。
◆
森の奥を一人で探索するレティシアの姿があった。
紫の国の王都近郊にある〈魔の森〉は〈魔海〉と同様、魔力によって変異した魔物が出現する危険な森として知られている。本来であれば、レティシアのような見た目の少女が一人で徘徊するのは危険な場所なのだが――
「邪魔」
腰に提げた剣を一瞬で抜き放ち、茂みから襲ってきた熊の魔物を両断する。
幼い少女のような見た目をしてはいるが、これでも楽園の騎士団長に任命されるほどの実力者だ。
人類最強の二つ名は伊達ではなく、魔王に比肩する実力の持ち主だった。
地上に生息する魔物程度では相手になるはずもない。
「たぶん、この辺りだと思うのだけど……」
そんな彼女が森の中を探索しているのは理由があってのことだ。
椎名の放ったカラドボルグが星を破壊するところをレティシアは目撃していた。
その時、星の欠片に紛れ、森の中に落ちていく
恐らく、あれは――
「見つけた」
薙ぎ倒された木々の中心に直径一キロほどの巨大なクレーターを発見する。
そして、その中心で――それは、まだ生きていた。
焼け焦げた身体で大地に横たわり、虚ろな瞳をレティシアへと向ける天使。
ミカエルだ。
「貴様は……そうか、イレギュラーの仲間か……」
私の死を確認にきたのかと、ミカエルは嘲笑する。
それはレティシアを嘲笑ったのではなく、自身に向けたものだった。
イレギュラーを侮り、ガブリエルと同じ末路を辿った自分に対して――
既に死を覚悟しているのだろう。
「相手が悪かったようね」
「まったく……だ……あのような化け物が……現れるとはな……」
既にミカエルの身体は半分が灰と化していた。
手足を切り落とされようと、首を刎ねられようと再生するのが天使だ。
身体を焼かれた程度であれば、復活するのは容易い。
しかし、核を砕かれれば話は別だ。
カラドボルグの雷撃はミカエルの魂を焼き、存在の核と呼べるものを砕いた。
こうなってしまえば、高い再生能力を持つ天使と言えど死は免れない。
「最期に……貴様に尋ねたい。あれは……なんなのだ? あのイレギュラーは……」
虫の息の状態でレティシアに椎名のことを尋ねるミカエル。
しかし、レティシアはなにも答えない。敵に情報を与える義理はないと言うのも理由にあるが、彼女自身、椎名が何者かと言う問いに対する答えを持ち合わせてはいないからだ。
だが、椎名が何者であろうとレティシアにとっては、どうでもいいことだった。
彼女にとって重要なのは、椎名が〈楽園の主〉の後継者であるという事実だけだからだ。
「なにも答えないか……まあ、いい……」
なにも答えないレティシアに興味を失い、ミカエルは静かに息を引き取る。
灰と化し、崩れ落ちるミカエルの亡骸を冷たい眼差しで見下ろすレティシア。
そして、
「その質問に答えられるのは若様だけでしょうね」
灰の中からミカエルの装備品と魔石を回収し、王都に帰還するのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます