第200話 奇跡の価値

 魔王城、玉座の間にて――


「どうじゃ? 民たちの容態は?」

「死者はゼロです。まだ眠っている者はいますが、命に別状はありません。奇跡としか……やはり、これは……」


 片膝を突き、どこか思い詰めた表情でサテラの問いに答えるエレノア。

 彼女がなにに驚き、なにを戸惑っているのかが分からないサテラではなかった。

 民たちの容態を尋ねたのは、最優先で確認しておきたかったことがあったからだ。

 それは、犠牲者のだ。

 仮に呪いを解くことが出来たとしても、大半は助からないものとサテラは見ていた。モンスター化してから日数が経過しすぎているし、呪いによって体力を奪われ衰弱している者がほとんどだったからだ。

 それでも椎名に頼ったのは、せめて人間として死なせてやりたいと考えていたからだ。

 だと言うのに――


(シイナに民たちの命を背負わせることを心配しておったが、想像の斜め上をいきおったわ)


 まさか、全員を救ってしまうとは思ってもいなかった。

 それも呪いに掛かる前よりも健康な身体で復活させるなど、もはや神の所業だ。

 まるで一度死んで生き返ったみたいだと、エレノアは考えているのだろう。

 恐らくそれは間違いではないと、サテラも考えていた。

 故に――


「御主がなにを言いたいのかは分かっておる。じゃが、それは口にするな。すべての者に徹底させるのじゃ。このことを漏らしたものは、誰であろうと妾が許さぬ」


 釘を刺す。

 それを伝えるためにエレノアを呼びつけ、民の容態を尋ねたと言ってもいい。


「畏まりました。すべての者に周知させます」

 

 サテラの言葉ですべてを察したエレノアは恭しく頭を下げ、足早に姿を消す。

 ――死者蘇生。

 それは魔法使いであれば誰もが夢に見、為し得なかった奇跡の魔法。

 そんな魔法が使えるのであれば、三賢者すら凌ぐ偉業として歴史に名を遺すことになるだろう。

 しかし、それだけに危険であった。

 この世界で、死とは身近なものだ。愛する人を、友人を、家族を失った哀しみは誰しも抱えている。十年前の〈大災厄〉に至っては〈白き国〉の被害ばかりが目立っているが、二百を超す街や集落が災厄に呑まれ、世界人口の凡そ三割の人々の命を奪ったのだ。

 大陸の半分が結界に閉ざされるとは、そういうことだ。

 そのため、今回のことを知れば、死者の復活を望む者は少なくないだろう。

 万能薬や霊薬でさえ、求める者が後を絶たなかったのだ。

 自分たちの願いが叶わないと知ると、理不尽な怒りを〈楽園の主〉にぶつける者も少なくはなかった。


「奇跡とは、起きないから奇跡なのじゃ」


 自らを律するように、その言葉を反芻するサテラ。

 これは安易に椎名を頼ってしまった自分の罪だと考えているからだ。

 いまなら〈楽園の主〉が魔導具の下賜を辞め、引き籠もった理由が分かる。

 それ故に、


「恩を仇で返す訳にはいかぬ」


 秘密を守り抜くことをサテラは固く誓う。 

 この国は返しきれないほどの恩を椎名から受けたのだから――



  ◆



 結論から言えば、すべて上手くいった。

 正直、上手く行き過ぎなくらいで俺自身も驚いているくらいだ。

 アスクレピオスの杖に付与された〈蘇生〉は凄いスキルではあるが万能ではない。

 確実に成功する訳ではなく〈蘇生〉を付与した対象の魔力量――魂の強度に依存する魔導具だ。魔力量の低い普通の人間に使っても蘇生の確率は大幅に下がるし、そこそこの冒険者で半々と言ったところだろう。それが、まさか全員成功するとは俺も思ってはいなかった。

 考えられるのはモンスター化した人々は全員、人間よりも強靱な肉体と高い魔力を持つ魔族であったことが理由として大きいように思う。

 それに――


「思った以上にやばいな。この杖……」


 カドゥケウスと名付けられた、この杖。とてもレプリカとは思えない性能だった。

 なんていうか凄い性能なのは間違いないのだが、俺との相性が良いのだ。

 まるで、俺のために用意された魔導具と言ったくらいに相性が良い。


「魔力消費が激しすぎるのが欠点だが、先代が自分で使用しなかったのは上手く扱えなかったと言うのがありそうだな」


 専用と言えるくらいに調整された魔導具は、他の者には上手く使えないのだ。

 魔力の波長は全員が違うし、魔力制御にだってそれぞれ異なる癖がある。俺が生徒たちのために用意した魔導具もそうで、別の人間が使用しても上手くスキルを発動することすら出来ないだろう。

 そう言う意味で、このカドゥケウスは癖が強い。

 恐らく本来の機能が封印されていたのは、誰でも扱えるように制限リミッターをかけていたのだろう。

 ただ、一つ疑問があった。


「この杖を作る時に、どうして先代は自分用に調整しなかったんだろうな」


 レプリカということは手本にしたオリジナルがあるのだと思うが、魔導具を製作するときに自分用に調整を入れなかったことが謎だ。最初から自分が使うつもりではなく、まるで誰か他の人のために作った魔導具のようだった。

 とはいえ、この杖を製作した当時、先代は俺のことを知らなかったはずだ。セレスティアの〈星詠み〉なら未来を知ることも出来たかもしれないが、それならそれで杖のことを俺に話さなかったのは疑問が残るしな。

 第一、教会で保管されていたものが聖女と共に〈紫の国〉に渡り、そこから紆余曲折を経て俺の手に渡るとか偶然が過ぎるし、仮に仕組んだのだとすれば手が込みすぎている。


「まあ、考えても仕方がないし、ありがたく使わせてもらうか」


 謎は残るが、使えるものは有効活用しないとな。

 基本的に使えるものは使う主義だ。道具は使ってこその道具だしな。

 それに、いままで出来なかったことが出来るようになったと考えると大きい。

 副会長に協力してもらって〈技能の書スキルブック〉の調整もほぼ仕上がっているし、いまなら〈時空間転移〉が使いこなせそうな気がする。と言っても、まだやるべきことが残っているので、いますぐ帰ると言う訳にはいかないのだが――


「賢者様、お待たせしました」


 考えごとをしていると、紺色のローブを纏った中性的な顔立ちの魔族の男性に声をかけられた。

 軍団長の補佐をしている人で、確か〈宮廷魔法使い〉の長を任されている人だ。

 これから約束の魔導具を見せてもらうことになっていた。

 ようやく扉の解錠が終わったみたいで、宝物庫の中に案内される。

 かなり強固な封印が施されていたらしく、宮廷魔法使いが十人掛かりで扉の解錠を行ったそうだ。

 さすがは魔王城の宝物庫と言ったところだろう。それだけに期待が高まる。


「この宝物庫が造られたのは、いまから凡そ二千年前と聞いております。危険な禁書や用途の不明な魔導具が数多く秘蔵されているため、封印も厳重になっておりまして……」


 確かに知識のない素人が使うと、危険な魔導具というのは存在する。

 そう言ったものが持ちだされないように封印を強固にしているのだろう。

 しかし、この扉を開け閉めするのは大変そうだ。

 扉の解錠を行った魔法使いたちは既に息が上がっているしな。

 

「賢者様であれば心配も不要でしょうし、自由にお選びください」


 そうさせてもらうとしよう。

 危険と言っても取り扱いを間違えなければ、有用な魔導具がほとんどだしな。

 結局、道具は使い方次第と言う訳だ。しかし、想像していた以上の広さだな。

 小さな倉庫くらいを想像していたのだが、楽園の図書館並の広さだ。

 魔導書だけでも一万冊以上はありそうだしな。

 一つずつ確認していると、どれだけ時間があっても終わりそうにない。

 となれば――


「こいつの出番だな」


 早速、カドゥケウスの出番がきたようだ。

 こういう時にこそ、便利アイテムは使わないとな。

 それに、ちょっと試しておきたいことがあった。


広域解析アナライズ


 カドゥケウスを使って〈解析〉のスキルを宝物庫全域に〈拡張〉する。これで一気に宝物庫のなかにある魔導具や魔導書を〈解析〉し、めぼしいものをピックアップできるはずだ。

 試しておきたかったこととは、魔力炉を使わずに〈拡張〉を使用することが出来るのかという実験だ。さすがに〈浄化の光リカバリー〉や〈死者蘇生リザレクション〉のようなスキルを〈拡張〉することは難しいが、〈解析〉くらいなら可能なのではないかと考えてのことだった。

 どうやら上手く機能しているみたいで、頭の中に続々と情報が流れ込んでくる。

 魔力消費はそれなりに大きいが、このくらいなら許容範囲だな。ユミルやレミルほどじゃないが俺もそこそこ魔力量はある方だし、ここ最近また魔力量が増えているように感じるんだよな。

 たぶん〈全回路接続フルコネクト〉を使う機会が多かったからじゃないかと思う。

 今回は魔力炉がオーバーヒートするくらい限界まで魔力を使ったしな。

 自分の限界を超えた量の莫大な魔力を使い続けていたから、その状態に身体が適応しようとしているのではないかと考えている。魔力は使えば使うほどに成長するものだからだ。


「こいつは面白そうだな。お、これも珍しいし貰っておくか」


 肝心の宝物庫の中身だが、玉石混交と言ったところだ。

 しかし、それだけに面白そうな魔導具もありそうだった。

 使えそうな魔導具や魔導書をピックアップしていると――


「ん、これは……」


 タイトルの書かれていない一冊の本が目に留まるのだった。

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