第199話 錬金術師の杖
いま俺はモンスターが徘徊する王都の上空に浮かんでいた。
やるべきことは単純だ。モンスター化した〈紫の国〉の人々を〈浄化〉の光で人間に戻す。テレジアにやったことと同じだが、問題が一つあった。
テレジアに使った〈白亜の杖〉では、一度に一人しか効果の対象に指定することが出来ないからだ。
だから、
「ぶっつけ本番だが、こいつを試すしかないな」
褐色美少女が譲り受けた〈カドゥケウス〉のレプリカを試しみようと考えていた。
この杖には〈浄化〉のスキル以外に、隠された機能がある。
正確には〈浄化〉のスキルは、その機能の副産物と言った方が正しいだろう。
俺の考えているとおりの力がこの杖にあるのなら、恐らくモンスター化した人々を全員人間に戻すことが可能のはずだ。
ただ――
「やっぱり、そう簡単にはいかないよな」
どうやら、気付かれたみたいでモンスターの注意がこちらに向く。
空の上なら手出しは出来ないかと思ったが、そんなには甘くないらしい。元が魔族だからか、モンスターになっても魔法が使えるみたいで色とりどりの魔法の光が地上に点るのが見える。
そうして空に向けて放たれた魔法を、
「〈
スキルによって創造した魔剣から光の帯を空に向けて放ち、迎撃するオルテシア。
モンスターたちの注意が、今度は建物の屋根に陣取ったオルテシアに向く。
しかし、
「……まあ、こっちも放っては置いてくれないよな」
翼を羽ばたかせ、悪魔のような姿をした黒いモンスターがこちらに向かってくる。
オルテシア一人で、すべてのモンスターの注意を引くのは難しいことは分かっていた。
だが、
「ご主人様には近付けさせません」
こっちも二人だけではない。
凝縮した魔力を足場にすることで宙を闊歩し、目に見えない攻撃でモンスターたちを地上に叩き落とすテレジア。
相変わらず見事な魔力操作だ。通常、魔力は身体から離れると霧散するものなのだが、彼女は自らの魔力を手足のように伸ばして扱うことが出来る。これも高度な魔力操作の技術が成せる業だった。
まるでハエ叩きのようだなと眺めていると、
「やりますね。ですが、若様をお守りするのは騎士団長である私の役目です」
地上ではレティシアが無双していた。
モンスターがゴムボールのように弾け飛ぶ姿を見ていると、どちらがモンスターか分からない活躍ぶりだ。
しかし、殺さない程度には手加減をしてくれているようだ。
テレジアとオルテシアも可能な限りモンスターを殺さないように手を抜いているのが見て取れる。
王都からモンスターを一掃するのは簡単だが、それが目的ではないしな。
「賢者様を援護しろ! 魔王軍の意地を見せろ!」
そうこうしている内に、軍団長が兵士を率いて王都に雪崩れ込んできた。
まさに地上は混戦模様と言った状況。とはいえ、数はまだまだ圧倒的にモンスターの方が多いが、時間稼ぎが目的なのでこれで十分だ。
「
魔力炉と接続し、全魔力を解放する。
ここからは意識を集中する必要があるので、テレジアたちを信じて守ってもらうしかない。
「――〈
カドゥケウスに対してスキルを使用すると――杖が白い輝きを放ち始めた。
思ったとおりだ。この杖は錬金術に反応している。
いま思えばレプリカとはいえ、神器の修復が簡単に行えたのも、この杖のお陰だったのだろう。
「――
カドゥケウスの力を借り、魔法を〈
これまでに感じたことがない脱力感が身体を襲い、魔力がごっそりと杖に吸われていくのを感じる。
魔力炉と接続していると言うのに、魔力供給が間に合わないほどの魔力消費だ。
さすがにまずいと察し、最適化を図る。
魔力の流れを把握し、無駄を極限まで削り、もっと効率的に――
感覚を研ぎ澄まし、魔力を制御してやれば――
「これは、かなり疲れるな……」
魔力操作で〈カドゥケウス〉を抑え込むと、まるで意志があるかのように大人しくなる。
吸収される魔力は相変わらず膨大だが、これなら耐えられないほどじゃない。
「
地上に向かって〈解析〉を使用し、王都全域に〈拡張〉する。
モンスターだけでなく、味方の位置や数まで手に取るように分かる。
ここまできたら、やるべきことは簡単だ。
「
――領域内のモンスターを対象に指定。
――スキル〈浄化〉を展開。
――スキル〈拡張〉ノ発動ヲ要請。
「全工程完了――」
――承認。
霊基情報及ビ魔力パターンノ一致ヲ確認。
――■■■■■■ノアクセス権限ヲ確認。
「
個体名アカツキシイナヲ、■■■ト認定。
■■■■■■ヲ実行シマス。
◆
浄化の光が王都に降り注ぐ。
「理論上は可能だと思ってたけど、できちゃったよ」
街を見下ろすと〈浄化〉の光を浴び、悶え苦しむモンスターの姿があった。
黒いモヤのようなものが身体から滲み出たかと思うと、次々にモンスターが人間の姿へと戻って行く。
既に察していると思うが、これは正しく
解析、分解、構築。錬金術に置ける三工程を補助するための魔導具。
その効果は〈拡張〉――スキルの効果を〈拡張〉し、増幅することが出来る。
「凄いな。いままでもよりも、ずっと効率よくスキルが使える。これなら――」
まだ余裕がありそうなので、試しに〈解析〉の範囲を更に〈拡張〉してみる。
「これも出来ちゃったよ……やばいな。この杖……」
この国だけでなく隣国の〈緑の国〉にまでスキルの効果は及んでいた。
ここまで広範囲に〈解析〉を〈拡張〉できるとは思っていなかっただけに驚く。
ただ魔力消費が想像以上にきつい。魔力炉が悲鳴を上げているのが分かる。
まさか、魔力の供給が間に合わず、俺自身の魔力まで消費する状況に陥るとは思ってもいなかった。
魔力の運用を最適化した上で、これだ。
さすがにこれ以上の効率化は図れないので、魔力量を増やすことを考えた方が良さそうだな。まあ、それは追々どうにかするとして、思ったとおり
モンスター化した人々の呪いを解いても、根元を断たなければ再発する可能性があるからな。
「かなり、きついが……どうにかなるか」
呪いもウイルスのようなものだと考えると、念には念を入れておいた方が良いだろう。
殺菌消毒は感染症予防の基本だからな。
「残りの魔力は半分くらいか」
どうにか浄化は完了したが、ホムンクルス千人を目覚めさせることの出来る魔力量の凡そ五十パーセントを既に消耗していることに驚かされる。
この杖。使い方は分かったが、かなり危険だな。
俺は魔力炉があったから強引に使用することが出来たが、そうでなければ魔力を吸い尽くされていただろう。
最悪そのまま命を落としかねない。魔力とは魂の力でもあるからだ。
「先代が杖を手放したのは、これが理由か?」
これが、先代が杖を手放した理由なら納得が行く。
杖の機能に制限をかけていたのも、それなら説明が付くからだ。
しかし、取り扱いを誤れば危険な魔導具だが、ようは使い方次第だと思う。
「ついでに、もう一つ実験しておくか。どこまでのことが可能なのか限界を知っておきたいし、このままは寝覚めが悪いしな」
ニヤリと笑い、〈黄金の蔵〉から〈アスクレピオスの杖〉を取り出す。
ノリノリじゃないかって? 実験はいつも心が躍るものだ。
さすがに一本では足りそうにないので、ありったけの杖を周囲に浮かべ、カドゥケウスでスキルの効果を〈拡張〉する。貴重な魔導具ではあるが、使うべき時に使わないで取っておいても意味はないしな。
呪いの〈浄化〉には成功した。しかし、呪いが解けたからと言って体力や怪我が回復する訳ではない。命が助かったのは半数と言ったところだろう。褐色美少女はこれで十分だと言うかもしれないが、俺は納得していなかった。
受けた依頼は完璧に遂行する。それが
だから――
「――〈
これで、貸し借りなしだ。
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