第197話 対価
よく雷が落ちると例えることはあるが、リアルに雷が落ちるところは初めて見た。
「エレノアは〈雷鳴〉の二つ名を持つ先代の軍団長なのじゃよ。弟に地位を譲ったが、妾に次ぐ実力の持ち主じゃ。それだけに――」
怒らせると物凄く怖いと青い顔で褐色美少女は話す。
まあ、確かに魔法の発動スピードは、かなりのものだった。
息をするような魔力操作で、俺も正直驚かされたくらいだ。
ただ――
「魔力量が少ないことが、弟に地位を譲った理由か?」
「そうじゃ、エレノアの頭には
言われて見ると、確かに肌は褐色だが角がない。
角なしの魔族もいるのかと思っていたが、どうやら違うようだ。
「先代の時に〈緑の国〉といざこざがあっての。聖女が先々代を唆した話は前にしたじゃろう? あの件で教会は魔族を敵視しておって、先代の時に戦争へと発展しかけたことがあったのじゃ」
セレスティアが仲裁に入って全面戦争は回避されたらしいが、衝突は避けられなかったそうで、その時に従者さんは角を失ったそうだ。なんでも神殿騎士の団長と対峙して、角を折られたらしい。
「神殿騎士の団長って、そんなに強かったのか?」
「ううむ……確かに世界屈指の実力者だとは思うが、あれは装備の差じゃな」
装備の差ね。相性の悪い相手だったってところか。
「角は魔族にとって魔力を取り込み、蓄えるための重要な器官じゃからの」
なるほど、その角を失ったことで魔力を身体に維持することが出来なくなったと言うことか。
あれ? それって――
「よく無事だったな」
「やはり気付いたか。うむ、魔力がなければ妾たちは生きてはいけぬからの。角を失うと言うことは、普通であれば死を待つだけじゃ。だからエレノアは常に体内に魔力を循環させておるのじゃよ。起きている時だけでなく寝ている時も、ずっと魔力制御を続けておる」
それで、どうにか生きながらえていると褐色美少女は話す。
話を聞いている限りだと、魔族はホムンクルスに近い身体の構造をしているみたいだしな。となれば、魔力がなければ彼女たちは生命活動を維持できないのではないかと思ったのだが、やはり俺の考えは間違っていなかったようだ。
しかし、それならあの魔力操作の技術の高さも納得が行く。
俺でも一瞬、気付かないほどのスピードで魔法を発動していたしな。
「霊薬は試してみたのか?」
「御主、それがどれほど貴重な薬かを理解しておるのか? いや、聞くまい……錬金術師じゃしな」
なぜか呆れられた。
俺だって霊薬が貴重な薬だと言うのは理解しているつもりだ。でも、王族ならまったく手に入らない訳じゃないだろう。
先代の魔王のことは知らないが、褐色美少女ならどれだけ貴重な薬でも従者さんに使うのを躊躇うとは思えなかったから気になったのだ。
「御主がなにを考えているのかは分かる。勿論、使った。じゃが、効かなかったのじゃよ」
霊薬の効果がなかったと聞いて、首を傾げる。
身体的な部位欠損であれば、霊薬に治療できない傷はない。
角も身体の一部である以上は、治せないとは思えなかったからだ。
「ちょっと角を触らせてもらってもいいか?」
「な……お、御主、突然なにを……」
「ダメか?」
「いや、ダメと言う訳ではないのじゃが、妾にも心の準備と言うものが……」
ちょっと角を〈解析〉させて欲しいだけだ。
そんなに心の準備が必要なことを要求したつもりはないのだが……。
「分かった。御主がそこまで言うのであれば、妾も覚悟を決める」
そう言って、ずいっと頭をこちらに向けてくる褐色美少女。
そこまで怖がらなくても、一瞬で終わるのにな。
「――〈
手をかざし、褐色美少女の角に〈解析〉を試みる。
より詳細に〈解析〉するのであれば、手に持ったり触った方が確実だしな。
褐色美少女の言うように、確かにこの角は魔力器官の役割を果たしているようだ。
しかし、身体の一部であることには変わりが無い。
構造を解析した限りでは霊薬が効かないということはなさそうだ。
「ひゃっ、そこは……う、うう……まだか……もう、よい……のではないか?」
なにか悶え苦しむような声で、やめて欲しそうに訴える褐色美少女。
丁度、〈解析〉が終わったところなので角から手を放す。
「なあ、その霊薬ってどこで手に入れたものだ?」
「はあはあ……急にどうしたのじゃ? 確か、先代が教会から譲り受けたものだと聞いておるが……」
あ、なんか分かった気がする。
でも、これを言うと、また褐色美少女が怒りそうだなと思うのだった。
◆
「戦争じゃ! もう許さん! あの腐れ坊主どもを一人残らず根絶やしにしてくれる!」
こうなると思っていた。
ようするに
「姉上、角が……」
この通りだ。
お姉さんの頭に生えた角を見て、驚く軍団長。時間が経ちすぎているからと心配していたが、その心配は不要だ。実際、この霊薬でギャルの妹の足も治したことがあるしな。
そもそも本物の霊薬は古傷すら癒す効果があるのに、歳月の経過など関係があるはずもない。
「シイナ様、このご恩は決して忘れません。」
深々と頭を下げ、御礼を言ってくる従者さん。
霊薬を提供しただけなのだが、感謝は素直に受け取って置く。
とはいえ、
「気にしないでくれ。報酬は既に受け取っているしな」
褐色美少女から貰った杖を見せる。
レプリカとはいえ、三大神器とやらに数えられる魔導具を報酬に貰っているしな。
正直、貰いすぎだと思っていたので丁度良かった。
「そうは言うが、その杖も御主が修復しなければ使えぬままであっただろう? その上、民たちの食糧を提供してもらい、エレノアの角まで治療してもらったとあっては、やはりこのまま何もせぬ訳にはいかぬ」
気にしなくていいと言っているのに、引き下がらない様子を見せる褐色美少女。
俺にとって一番の報酬は、まだ知らない知識や技術に触れることだ。
その点から言うと、カドゥケウスのレプリカは研究対象としてもコレクションとしても興味深い魔導具だった。
既に〈浄化〉のスキルの再現に成功しているとはいえ、研究の余地は残されているからだ。
というのも、この杖――どうも〈浄化〉が本来の機能ではないようなのだ。
気付いたのは偶然だが、レプリカとはいえ、先代が作った魔導具らしいしな。一目で分からない細工が施されていても、まったく不思議ではない。〈黄金の蔵〉もすべての機能を解き明かしたとは言えないしな。
いまだに完全再現に至っていないのが、その証だ。
そのため、この杖は対価として十分過ぎるというか、俺の方が貰いすぎなくらいだと思っていた。
とはいえ、褐色美少女にも立場と言うものがあるのだろう。なにせ一国の女王だしな。
「そう言うことなので、妾がシイナに
「なら、宝物庫に保管している魔導具をくれないか?」
魔王の城の宝物庫なら掘り出し物の魔導具があるかもしれないしな。
これで褐色美少女の面目も立つし、俺も嬉しいからウィンウィンだろう。
「ん? どうかしたのか?」
「……いや、なんでもない。そんなものでよいなら好きなだけ持っていくがよい」
なんか微妙に怒っている気がするのだが、気の所為だろうか?
従者さんだけでなくテレジアやオルテシアも何故か、溜め息を溢しているし……。
そんなに変なことを言った覚えはないのだが……。
「それよりも教会のことじゃ。エレノア、御主は戦争に反対のようじゃが、神殿騎士どもの話は聞いておったじゃろう? 教会が攻めて来るのは確実じゃ。どのみち衝突は避けられぬ」
「……承知しています。ですが民の多くがモンスターと化し、軍の戦力も半減している現状では〈緑の国〉に攻め込んでも犠牲を増やすばかりです」
「ううむ……言っておることは分かるが、どうするつもりなのじゃ? 御主のことだ。反対するからには考えがあるのじゃろう?」
「はい。なので、こちらからは攻めません」
「それは防衛に徹すると言うことか?」
「こちらから攻めて〈緑の国〉に口実を与える必要はありません。教会だけを相手にすれば良いかと――」
こちらから攻めれば、緑の国に戦争の口実を与えることになる。
しかし、〈紫の国〉の領土で教会だけを相手にするのであれば、それは〈紫の国〉と教会の問題だ。敵は〈緑の国〉ではなく教会なのだから、態々自分たちから敵を増やす必要はないというのが従者さんの主張だった。
なるほど、理に適った考えだ。しかし、
「それは教会だけが攻めてきたらの話じゃろう? あの国の貴族どもと教会が繋がっておることは避難民への対応からも明白じゃ。共に攻めてきたら如何様にする? 開戦の言い訳など幾らでも思いつく。国境に避難民を装って戦力を集めているとでも難癖をつけて、軍を派遣すれば良いだけじゃしな」
問題はそこなんだよな。
話を聞く限りでは、教会だけを倒せば終わりとは行かないように感じるからだ。
褐色美少女の言うように、国境の近くに避難民が集まっていることも相手にとっては都合が良い。
先に国境へ動かしたのは〈紫の国〉だと言い訳が立つからだ。
「はい。ですから――」
ん? なんで、こっちを見るんだ?
「シイナ様、失礼を承知でお尋ねします。依頼の件、何日あれば完遂できますか?」
と、尋ねられるのだった。
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