第196話 レプリカ
大漁、大漁。
千を超える辺りから数えるのをやめてしまったが、売って一儲け出来るほどの魚が捕れた。まあ、売ったりするつもりはないけど。研究用のサンプルに幾つか欲しいとは思っているが、これは避難民の食糧として提供するつもりだ。
お金なら十分にあるし、食べきれないほど持っていても仕方がないしな。
しかし、
「魚だけじゃなくアザラシぽいのもいるな……」
倉庫の中身を確認しているとアザラシぽい見た目の魔物の姿もあった。
そう言えば、カスピ海には固有種のアザラシが生息していたような記憶がある。となると、やはり魔海は地球で言うところのカスピ海に位置しているのかもしれない。これだけ広大な塩湖は、そうあるものじゃないしな。
地図によると〈紫の国〉の西側には内海が広がっているようなので、恐らくこれが黒海なのだろう。余談だが、カスピ海が海と名前がついているのに湖なのは、嘗ては海と繋がっていたからだ。まあ、これもテレビから得た知識だけど。
しかし、こうして見ると、やはりここはもう一つの地球なんだな。
微妙な差違はあるが、おおまかな地形や生態系は酷似している。現代の地球では見ないような巨大な植物が生息していたり、魔物がいたりするのは魔力の影響を受けているからなのだろう。
ということは、地球でも魔力が浸透すれば、この世界のようになる可能性があると言うことだ。
それはそれで面白いかもしれない。
「本当に良いのか? 確かに提供してもらえると助かるが……」
「このまま倉庫で腐らせておくには勿体ない。命はいただくものだしな。役立ててくれ」
食べられるのであれば、食べてやった方が魔物たちも浮かばれるだろう。
命をいただくと言う考え方は、日本の良い習慣だと思っている。
「命はいただくものか、良い考えじゃな。弱肉強食は妾たち魔族に通じるところがある」
微妙に意味が伝わってないような気がしなくもないが、まあ問題ないだろう。
弱肉強食もまた、自然の摂理だしな。食うか食われるかだ。
あれ? いただきますって、そう言う意味だったっけ?
俺もよく分からなくなってきたが、大筋は間違っていないだろう。
「陛下、シイナ様。全員の下船と荷下ろしが完了しました」
褐色美少女と話をしていると、従者さんが報せにきてくれた。
一応こっちでも確認して……問題ないな。
魔力探知で船内を確認してみたが、誰も乗っていないようだ。
なら、もう船は仕舞っておくか。
「一瞬で船が……」
驚く従者さん。とはいえ、いつものように〈黄金の蔵〉に仕舞っただけだ。
詳しく調べたことはないが、船くらいの大きさなら余裕で収納が可能だ。容量の限界にも今のところ達したことはない。この〈黄金の蔵〉には〈無限収納〉というスキルが付与されているようなので、恐らく限界はないのではないかと思っている。
これが〈黄金の蔵〉が再現できない理由の一つなんだよな。
通常のマジックバッグは空間を拡張しているだけなので〈
テレジアに渡してあるものは〈黄金の蔵〉を模倣した試作品なので船くらいなら収納可能だが、それでも限界はある。その点から言うと、この〈黄金の蔵〉の凄さが理解してもらえると思う。
なにせ容量無制限で収納できるもののサイズにも限界が見えないのだ。
本当に先代はこれをどうやって作ったんだ?
いろいろとあり過ぎて聞きそびれていたが、〈黄金の蔵〉について尋ねておくべきだったかもしれない。
「前から気になっておったのじゃが、それはその腕輪の効果か?」
「ああ、〈黄金の蔵〉って名前の魔導具なんだが――」
「お、黄金の蔵じゃと!? まさか、本物なのか!」
腕輪のことを話すと、物凄く驚いた様子を見せる褐色美少女。
凄い魔導具だとは思うけど、そんなに驚くようなことだろうか?
機能的には、容量無制限のマジックバッグと言うだけだしな。
「陛下。それはもしかしてヘルメス神が愛用したという三大神器の……」
「うむ、間違いない。それなら、この出鱈目な収納力も納得がいく……」
え? これって神器なの?
先代が作ったものとばかりに思っていたのだが……。ユミルも先代が作った魔導具だと言ってたしな。
そう言えば、今回の報酬と言うことで
まあ、杖はレプリカらしいけど……待てよ?
なら、これもレプリカの可能性があるのか?
「カドゥケウスのレプリカなんだが、誰が作ったのか知っているか?」
「記録に残されてはおらぬが、〈楽園の主〉ではないかと言われておるな」
だから会議の場を利用して〈楽園の主〉に杖の修理を頼めないか考えていたと、褐色美少女は話す。
やっぱりか。なら、この〈黄金の蔵〉もレプリカの可能性があるのか。
杖の方と違って魔導具としての仕上がりは明らかに〈黄金の蔵〉の方が上だが、製作した時期が違うのかもしれない。先代が作ったのだとすれば、先代はオリジナルを見たことがある?
一体どこで見たんだ? 教会が神と崇めるほどの錬金術師の魔導具を――
「三大神器ってことは、もう一つあるんだよな? 最後の一つは何なんだ?」
「ああ、それはじゃな――」
「――陛下!」
俺の問いに褐色美少女が答えようとした、その時だった。
褐色美少女を呼ぶ男の声が森の方から聞こえてきたのは――
「ヴォルク! 生きていたのですね!?」
従者さんが驚いた様子で声を上げ、男の元へと駆け寄る。
状況がよく分からずに首を傾げていると――
「ヴォルクはエレノアの弟じゃ。妾の国の軍団長をしておる」
と、褐色美少女に説明されるのだった。
◆
「魔王軍の軍団長を任されているヴォルクと申します。お会い出来て光栄です。〈賢者〉様」
膝をつき、恭しく頭を下げる軍団長。
頭に生えた二本の角と褐色の肌。二メートルくらいある大きな身体に漆黒の鎧と巨大な戦斧。髭もモジャモジャと生えていることから、従者さんと並ぶと弟と言うよりは親子のようだ。
「それで、ヴォルク。御主、一人か?」
「はっ! 森の奥で十名ほど待機させております。見張りの者から船を見かけたと報告があったので、念のため部隊を率いて確認に訪れたのですが……」
「なるほどの。それはシイナの〈神の船〉じゃな」
神の船って……ただの魔導船なんだけどな。
まるで自分のことのように、俺の船がどれほど凄いかを語って聞かせる褐色美少女。
そんな風に大仰に話されると恥ずかしくなる。
「民たちの食糧もシイナが提供してくれるそうじゃ」
「なんと、我々のためにそこまで……」
褐色美少女の話に感動し、涙を流す軍団長。
話は何も間違っていない。間違っていないのだが、食べ物を粗末にするのは勿体ないからって、その程度の理由だぞ?
ここ最近、そんなつもりはまったくないのに変に誤解されることが多い気がする。
セレスティアの呪いが感染したんじゃないだろうな……。
「陛下、そろそろ例の話を……」
「おお、そうじゃった。ヴォルク、民たちは無事なのじゃな?」
「はっ! 無事と言って良いのかは分かりませんが、ここから徒歩で半日ほどのところにある集落で身を寄せ合い、どうにか飢えを凌いでおります。陛下がお戻りになったと知れば、民たちも喜びましょう。そう言えば、ガブリエル殿の姿が見えないようですが、どうされたのですか?」
避難民の無事を確認して喜ぶも、軍団長の一言で場の空気が凍り付く。
いまの褐色美少女に、あの天使の話題は
また思い出して腹が立ってきたのだろう。怒りが表情からも滲み出ていた。
「ヴォルク。気持ちを落ち着けて聞きなさい。実は――」
事情を説明しない訳にはいかないと判断したのだろう。
青き国であったことを従者さんは詳細に語って聞かせる。
なんか、また俺の活躍が誇張して伝わっている気がしなくもないが……。
「なんと! あの者が呪いを広めた元凶だったとは……では〈緑の国〉が避難民の受け入れを拒んだのは……」
「十中八九、教会が手を回したのでしょう」
「おのれ! あの腐れ坊主どもが!」
地面に亀裂が奔り、怒りで軍団長の身体から魔力が溢れ出す。
さすがは魔王軍の軍団長と言うだけのことはある。なかなか凄い魔力量だ。
「陛下! 全軍で攻め入り、あの者たちに思い知らせてやりましょう!」
「うむ! よくぞ言うた! それでこそ、妾の国の軍団長じゃ!」
意気投合し、盛り上がる二人。
やはり、魔族と言うのは好戦的な性格の人たちが多いのだろうか?
誰かが止めないと、このまま勢いで〈緑の国〉に戦争を仕掛けそうな雰囲気だ。
そんな風に心配していると、
「いい加減になさい!」
怒鳴り声と共に従者の手から放たれた雷が、二人に直撃するのだった。
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