第195話 魔導船
どうやら心配した通りの状況になったらしい。
いや、むしろそれよりも状況は悪化しているようだった。
「神殿騎士?」
「はい、自らを〈神の尖兵〉と名乗っている教会の騎士たちです」
従者さんの話によると、国境の砦で神殿騎士を名乗る連中が難癖をつけてきて、褐色美少女がキレて暴れたらしい。
最初の内は、これも民のためだと我慢をしていたそうだ。
しかし、
「彼奴ら、卑怯にも妾の民を人質に取りおったのじゃ!」
神殿騎士たちは、カドゥケウスと俺の身柄を引き渡さなければ〈紫の国〉の避難民が集まっている国境のキャンプに軍を差し向けると脅してきたそうだ。
ああ、うん……そりゃ、褐色美少女が怒るのも理解できる。
これが先代やセレスティアなら国境の砦ごと消滅させていただろうしな。
いや、もうその時点で教会や〈緑の国〉が地図から消えていても不思議ではない。
しかし、なんで俺なんだろうな?
褐色美少女なら分かるのだが、どうして俺なのかが分からない。
教会に捕まるようなことをした記憶なんて微塵もないのだが……。
「ご主人様」
「ん? どうかしたのか?」
「少々お時間を頂けないでしょうか? その愚か者たちを、この世から塵一つ残さず消し去ってきます」
突然なにを言いだすのかと思ったら、どうやら怒っているらしい。
いまにも飛び出して行きそうなほど、全身から殺気が溢れていた。
テレジアを宥めないと、いますぐにでも教会に殴り込んでいきそうな迫力だ。
どうにか落ち着かせようとするが――
「ご一緒します。セレスティア様にも事情を話せば、納得して頂けるはずですから」
オルテシアも怒っているようで、テレジアの考えに同意する。
確かに避難民を人質に取るようなやり方には怒りを覚える。しかし、これは〈紫の国〉と教会の問題だ。俺たちが口を挟むようなことではなく、二人が怒ることでもないと思うのだが……。
「安心せよ。その連中なら妾がきっちりと始末しておいた」
二人を止めてくれるのかと思えば、そう言って胸を張る褐色美少女。
そっか……既に殺っちゃった後か。
魔王だしな。その点では、彼女も先代やセレスティアと同類なのだろう。
しかし、こうなってくると教会も大人しくは引き下がらないだろう。
心配なのは避難民だ。
「二人とも少しは落ち着け。まずは避難民の安全確保が先だ。まだ軍は派遣されてないんだろう?」
「恐らくは、まだ少し猶予があると思います。彼等の口振りから言って、既に派兵の準備を進めている様子でしたが……」
「なら、避難民と合流するのが先だな」
教会との衝突は避けられないのだとしても、避難民を人質に取られては面倒なことになる。まずは避難民と合流した方が良いだろう。
しかし、なんか腑に落ちないんだよな。事前に聞いていた話とは随分と印象が違う。立ち回りの上手い狡猾な組織と言う印象があったからだ。
なのに、今回の教会のやり方は強引すぎる。明らかに悪手と言っていい。
セレスティアの耳に入れば、その時点で判決をくだされてもおかしくない。
そうなれば〈紫の国〉だけでなく〈青き国〉も敵に回すことになるだろう。
「そうは言うが、どうするつもりじゃ? 奴等よりも先に避難民と合流するのは難しいぞ?」
褐色美少女の言いたいことは分かる。
結局、そのためには国境を越え〈緑の国〉を横断する必要がある。
それを教会が黙っているとは思えない。
結局、一戦を交えることになるのではないかと心配しているのだろう。
しかし、俺には
「国境を越えるよりも早く着くルートがあるじゃないか。昨日、教えてくれただろう?」
「なに? 御主、まさか……」
そのまさかだ。
船で〈
◆
「家だけでなく船まで……ああ、これが神人のお力なのですね」
従者さんがまた一人でブツブツと言っていた。
あと、何度も言うようだけど神人は関係ないと思うぞ?
これは、船のカタチをした魔導具だ。見た目は『トールシップ』と呼ばれる大型の帆船だが、船体にはミスリルとメタルタートルの合金が使われていて、魔法式が刻んである。
そのため――
「魔物がでたぞ!」
兵士や商人たちの慌てる声が聞こえるが問題ない。
従者さんの話によると〈魔海〉に生息する魔物と言うのは、この世界で進化したモンスターのようなものらしい。ようするに魔力の影響を受けて変異した野生の生き物と言う訳だ。
そのなかでも〈魔海〉に生息する魔物は強力らしいが、ベヒモスやドラゴン並かと思って尋ねると、そう言う訳ではないそうだ。なら、まったくと言って良いほど問題にならない。
兵士の声がした方に視線をやると、巨大な魚のような魔物が背びれを水面にだし、船へと向かってきていた。
湖と聞いていた気がするけど、なんか見た目や動きがサメぽい魔物だな。
そう言えば、塩湖って話だっけ?
だとすると、ここは現代の地球で言うところのカスピ海が近いのかもしれない。
なら、この魚はチョウザメの魔物ってところか?
ちなみにチョウザメはサメと名前がついてはいるが、古代魚の一種で淡水魚だ。見た目がサメに似ていることから『
「なにを悠長に構えておるのじゃ! このままでは船にぶつかるぞ!?」
「大丈夫だ。心配は要らない」
慌てる褐色美少女を落ち着かせ、テレジアの入れてくれた緑茶で一息つく。
最初にも言ったが、この船の船体にはミスリルとメタルタートルの合金が使われている。そもそも、この船を造った理由はダンジョンの探索に必要だったからだ。
ダンジョンの〈深層〉はユーラシア大陸ほどの広さがあると前に説明したことがあると思うが、〈深層〉や〈奈落〉にも
そんな場所の探索を行うのは、楽園のメイドたちでも危険が伴う。
そこで開発したのが、この〈魔導船〉と言う訳だ。
そのため――
「な……なんじゃと!?」
モンスターへの備えも万全だった。
この船は大きな魔導具だ。船そのものが魔導具になっていて様々な機能が付与されている。その一つが、船体に施された魔法障壁にあった。
目に見えない結界のようなものが船を覆っていて、それに触れると電撃が流れる仕組みになっている。
深層のモンスターですら一撃で気絶させるような代物だ。
「へ、陛下。ま、魔物が消えました」
「ど、どういうことじゃ?」
障壁に触れた魔物が消えたことに驚く従者さんと褐色美少女。
別に驚くようなことではない。
「空間倉庫に収納しただけだ。結界に触れた魔物は絶命すると、自動的に船の倉庫に送られる。まあ、大きなマジックバッグみたいなものが船に備えられているとでも思ってくれ」
これで素材を無駄にすることなく回収可能と言う訳だ。
しかし、魔物はダンジョンのモンスターと違って、素材がドロップする訳ではないようだ。
倉庫を確認すると、ショック死した魔物の死骸がそのままのカタチで入っていた。
ダンジョンのモンスターは魔力体の一種だしな。魔物は魔力で突然変異した生物と言う話だし、ダンジョンのモンスターとは構造が違うのだろう。
となると、こいつからキャビアが取れたりするのだろうか?
「なあ、さっきの魔物って食えるのか?」
「う、うむ……ギルドでも取り引きされる高級食材ではあるが……」
食べられるようだ。
なら――
「陛下、魔物の群れです! 二十――いえ、三十以上はいますよ!?」
しばらく食材には困らなそうだと思うのだった。
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