第194話 四人目の賢者
「四人目の賢者?」
「うむ。新たな神人、四人目の賢者が現れたと、民たちの間では評判じゃぞ」
俺が賢者ね。
まったくがらじゃないと思うのだが、褐色美少女は嬉しそうに話す。
いや、これは楽しんでいると言った顔だな。間違いない。
「正直、やめて欲しいんだが……どうにもならないのか?」
「これだけ噂が広まってしまっては無理じゃな。民がどう呼ぼうと民の自由じゃ、妾たちにはどうすることもできん。そもそも何故、嫌なのじゃ? そう呼ばれるに相応しいことをしたと思うぞ。御主は――」
天使を一匹倒したことを言っているのだろうか?
あの程度のモンスターを一匹倒したくらいで大袈裟だと思うのだが……。
先代だって〈
正直あの天使と比べれば〈
とはいえ、褐色美少女の言うように、どう呼ぶかを決めるのは俺ではない。
世間の評価と言うのは、自分ではなく周りが決めるものだしな。
ここは甘んじて受け入れるしかなさそうだ。まあ、〈黄昏の錬金術師〉よりはマシだろう。
でも、これから〈四賢者〉になるのか? 少し語呂が悪い気がする。
「しかし、美味いの! このような本格的な料理を食べられるとは思わなんだぞ」
「二人の作ってくれる料理は確かに美味いと思うけど、普段どんなの食べてるんだ?」
「野営で出て来る食事など、塩漬けした肉を煮たり焼いたりするくらいじゃからの。このように手間暇をかけて調理された料理がでてくることなどないし、柔らかいパンや新鮮な野菜が並ぶことなど普通はない」
「マジックバッグがあるだろう?」
「……〈時間停止〉が付与されたマジックバッグのことを言っておるのか? あのようなもの国宝級の魔導具じゃぞ。それこそ、神器に分類されてもおかしくないほどのものじゃ」
え、そうなのか?
テレジアに預けてある腕輪にも、普通に付与してあるのだが……。
というか、俺の作るマジックバッグには〈時間停止〉以外にも所有者制限などの機能がいろいろと付与してある。〈黄金の蔵〉を再現するために試行錯誤した結果なのだが、そこまで珍しいものだとは思ってもいなかった。
ああ、でも……先代が魔導具の譲渡をやめて二百年くらい経つんだっけ?
それなら分からなくもないのか?
ううん……そんなに作るのが難しい魔導具でもないんだがな。
先代が認めるほどの後継者が現れなかったという話だったが、幾らなんでもこれは……。
「先代と俺以外に錬金術師がいないのは聞いているけど、魔導具技師もいないのか?」
「勿論、職人はおるが……錬金術師と一緒にされると彼等が可哀想じゃ。そもそも魔導具の調整や修理が、彼等の主な仕事じゃからの」
「……魔導具の開発をしたりとかは?」
「新しい魔導具を開発するのに、どれほどの時間と手間がかかると思っておるのじゃ……。遺跡から発掘された古代遺物や〈楽園の主〉が製作した魔導具の再現を試みるだけでも数十年、下手をすると百年単位の研究が必要なのじゃぞ? それで完成したものもオリジナルには遠く及ばぬ劣化品にしかならぬ」
この世界の職人をバカにするつもりはないが、ここまで酷いとは思っていなかった。魔法学院を創設するなら、ちゃんと魔導具の製作を学べる環境を整えるべきだったんじゃないのかと先代に文句を言いたくなる。これなら現代の方がマシと言えるレベルだ。
レギルに頼まれて魔導具や魔法薬の基礎を学べる教科書を作ったこともあるしな。
トワイライトでは、職人育成のための講座も定期的に開いていると聞いている。
それと比べると……とはいえ、俺が心配するようなことでもないか。
この世界の問題だと思うし、きっと先代にも何か考えがあってのことだろう。
「ご馳走様。それじゃあ、風呂に入ってくるから、ゆっくりして――」
「なんと、風呂もあるのか!?」
風呂の一言に前のめりで反応する褐色美少女。
「大浴場があるけど……入っていくか?」
「勿論、一緒に入るのじゃ!
「え……陛下!?」
「では、私もご一緒します」
「あ、主様の背中は私が流します!」
「みんなが入るなら、私も一緒に入ろうかな」
強引に従者を風呂に誘う褐色美少女。
その後に、テレジア、オルテシア、レティシアの三人も続く。
え? これ、みんな一緒に入る流れなの?
「これが
完全な誤解なのだが、副会長の言葉と視線が突き刺さるのだった。
◆
部屋を埋め尽くす
それだけならまだ良いのだが、商人だけでなく兵士や冒険者までもが『賢者様』と俺のことを呼び、顔を合わせる度に平伏してくる。その所為で、迂闊に外へでることが出来ない状況に陥っていた。
「主様、どうかされたのですか?」
「悪いけど、ここにあるのを整理しといてもらえるか?」
「ああ……また貢ぎ物が増えたのですね。さすがは主様です」
こんなことで褒められても嬉しくはないのだが……。
神様扱いされるのが、こんなに面倒臭いとは思ってもいなかった。
セレスティアの気持ちが今なら分かる気がする。
今度会った時は、優しく接してやろう。
「テレジア、今日の晩飯はなんじゃ?」
「今日は牛肉を使った鍋料理です。ご主人様の故郷の料理で『スキヤキ』と言うそうですよ。デザートにアイスも用意してあります」
「おお、それはよいな! アイスは風呂上がりに頼むぞ!」
その一方で、褐色美少女はすっかり馴染んでいた。
まあ、変に畏まられるよりはマシだけど。
これで褐色美少女にまで余所余所しくされたら凹みそうだ。
そう言えば〈青き国〉を出発して、そろそろ二週間が経つんだよな。
「〈紫の国〉まで、もう半分くらいは過ぎたのか?」
「うむ。〈緑の国〉の国境がそろそろ見えてくるはずじゃが――」
俺の質問に対して、そう答えると従者の方に視線をやる褐色美少女。
「はい。明日の夕方には〈緑の国〉の国境を通過できるかと思います。ただ……」
不安要素があると、褐色美少女の従者は話す。
というのも、教会や〈緑の国〉の出方が分からない点が不安なのだそうだ。
緑の国の女王は教会の調査を約束したが、貴族たちの対応を見るに素直に行くとは思えない。なにせ魔族にしか伝染しない病気だと知られているにも拘わらず、流行病を理由に〈紫の国〉からの避難民の受け入れを拒否したくらいだ。最悪の場合、国境を素直に通してもらえない可能性すらありえると説明される。
「その場合、どうするんだ?」
「強行突破じゃな」
「お止めください」
過激な発言をする褐色美少女を諫め、溜め息を漏らす従者の人。
まあ、うん。国境を強行突破なんてすれば外交問題に発展しかねないだろうしな。
既に〈緑の国〉とは一触即発の状態だと言うのに、本当に戦争へ発展しかねない。
褐色美少女はその展開を望んでいるみたいだが、従者の人は違うのだろう。
「戦争になれば、兵や民に多くの犠牲がでます。それでなくとも今の我々には戦争をするほどの余力がない。会議の場では黙っていましたが、陛下も理解されていますよね?」
「それはそうじゃが……ほれ、〈巫女姫〉も味方をしてくれると言っておったし」
「そのために一ヶ月の猶予を設けたのではありませんか? 先に我々の方から仕掛ければ、折角優位な立場にあるのに〈緑の国〉を利することになります。そうなっては、〈巫女姫〉様の協力を得にくくなるのでは?」
「ぐ……じゃが、ほら、こちらにはシイナがおるし……」
「それこそ論外です。無理を言って、ここまでついてきて頂いたというのに、これ以上のご迷惑をおかけする訳にはまいりません。民のことならともかく、国と国の問題は我々で解決すべきことです」
なにも言い返せず唸る褐色美少女。完全に論破されていた。
これは従者さんの方に分があるかな。
とはいえ、
「国境を通してもらえなかったら、どうするつもりなんだ?」
「少し危険ではありますが、
「それしかないじゃろうな」
恐らくは地名だと思うが、聞き慣れない言葉に首を傾げていると従者さんが地図を広げて説明してくれた。
「ここが現在地。そして、〈紫の国〉と〈緑の国〉を分断するように広がる巨大な塩湖。これが〈魔海〉です」
確かに二つの国の間には、巨大な湖があった。
緑の国を通らずに〈紫の国〉を目指そうとすると、大きく南に迂回する必要があることが分かる。
しかし、
「湖を横断することは出来ないのか?」
どうして船を使わないのだろうかと疑問に思い尋ねてみると、
「それが出来るのであれば、とっくにしておる。魔海には
褐色美少女の口から、そんな答えが返ってくるのだった。
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