第193話 賢者の弟子

 イスリアは交換留学生だ。

 そのため、今回の騒動を受けてエミリアと一緒に学院を去ったと思っていた三人は驚きを見せる。

 しかし、


「イスリアさん、あなたどうして……」

「試験まで、あと三ヶ月でしょ? 驚くようなこと?」


 イスリアは自分がいるのは当然と言った態度で、レイチェルの疑問に答える。

 それもそのはずで、全員で一緒に合格して卒業すると約束したことをイスリアは忘れていなかった。

 それに――


「先生から預かった装備をみんなに渡さないと、私がお金を持ち逃げしたみたいになるでしょ?」


 そのために全員分の装備を椎名にお願いしたのだ。

 全員で卒業して、この先も誰一人欠けることなく共に乗り越えて見せると――

 イグニス、ソルム、レイチェルの三人に椎名から預かった装備と使い方が記された説明書を手渡すイスリア。デザインに若干の差はあるが、全員が共通して腕輪型の魔導具になっていた。 


「アニタは商会の炊き出しを手伝ってたから、学院に来る前に渡しておいたよ」

「見かけないと思ったら、また商会の手伝いをさせられてたのか……」


 イスリアの話を聞き、少しアニタに同情するソルム。

 とはいえ、重要なことではあった。ギルドと騎士団の活躍でモンスターは討伐されたと言っても、街には相応の被害がでているからだ。

 怪我をした者、住む場所を失った者、事情はそれぞれ異なるが支援を必要としている人々は少なくない。そうした人たちの支援に国も動き出しており、マルタ商会も炊き出しや仕事の斡旋などの支援活動をはじめていた。


「イグニス、妹は?」

「あ、えっと……先生が学院を辞めた話を聞いて、父上を問い詰めに……」

「あの子らしいわね。じゃあ、あの子の分はあなたに預けておくわね」


 妹の分の装備を手渡され、なんとも言えない表情を見せるイグニス。

 これだけ噂になっているのだ。エミリアと椎名が学院を去った話は、イスリアも聞いているはずだ。

 なのにイスリアの態度が余りに普通なので戸惑っているのだろう。

 しかし、


「イスリア。先生はやっぱり学院を去ったのか?」


 どうしても、それだけは確かめておきたかった。

 椎名と直接会ったのなら、なにか話を聞いているのではないかと考えたからだ。

 イスリアが落ち着いているのも、椎名とエミリアが学院を去ったと言う話はただの噂で、本当は帰ってくるのが少し遅くなっているだけではないかと一縷の望みを抱いていた。

 イグニスたちがどんな答えを求めているのかは、イスリアも理解していた。

 だから正直に答える。気休めは彼等のためにならないと考えてのことだ。


「うん、みんなに謝ってた。最後まで見てやれなくてごめんって」

「そっか……」


 イスリアの話を聞き、落胆したような――どこか納得した表情を見せるイグニス。

 椎名が学院を去ったという噂が嘘であって欲しいという感情と、こんな状況なのだから仕方がないと自分を納得させようとする複雑な感情がイグニスのなかでせめぎ合っていたからだ。

 しかし、イスリアに最後の望みを断たれ、ようやく椎名がいなくなったということを実感したのだろう。

 イグニスがショックを受けることは分かっていた。それでも、イスリアは正直に話すべきだと思った。

 それは、椎名から託されたのは魔導具だけではないからだ。

 イグニスたちに宛てた伝言も、イスリアは椎名から預かっていた。


「あと、この魔導具は少し早いけど〈卒業の証〉だって。ロマン・・・を詰め込んだから役立てて欲しいって言ってた」

「ロマンって……あの人が言うと、そこはかとなく不安なんだが……」

 

 ソルムの言葉に同意するかのように頷くレイチェル。

 楽園の主の後継者が製作した魔導具だ。その価値が分かるからこそ不安もあるのだろう。

 なにせ、〈楽園の主〉の製作した魔導具はいずれも国宝級の魔導具に数えられる代物ばかりだ。アインセルト家に伝わる魔剣も、本来であれば国の宝物庫に収められているような代物だった。

 そのため、恐る恐ると言った様子で説明書に目を通すソルム。

 すると――


「これ、召喚器だ……」

「え……それって古代遺跡で発掘されることがあるというあの……?」

「ああ、神器を召喚するための古代遺物アーティファクトだ。仮に神器ではなく召喚されるのが普通の魔導具だとしても国宝級の代物だぞ、これ……」


 頭を抱えるソルムを見て、レイチェルの顔も引き攣る。

 召喚器とは指輪や腕輪などの姿をしているが、契約者の求めに応じて姿を変える魔導具のことを言う。そのほとんどが古代遺跡で発掘されたものばかりで、いずれも神器に分類される強力な魔導具ばかりとなっていた。

 楽園の騎士団長レティシアが持つ聖剣〈アストレア〉や、教会の崇める神が愛用したとされる聖杖〈カドゥケウス〉が有名だ。そんなものと並ぶ魔導具など、個人で所有している者はほとんどいない。

 まだ学生に過ぎない彼等には、身の丈に合わない魔導具だ。

 それは本人たちが一番よく理解している。なのに――


「手放そうとしても無駄だよ。それ、私たち専用に調整されているらしくて、一定の距離を離れると自動的に戻ってくる機能が備わっているらしいからね」

「呪いの装備かよ!?」


 受け取った時点で返却不可と聞かされて、思わずツッコミを返すソルム。

 とはいえ、彼の反応も分からないではない。

 魔導具そのものは凄いものなのかもしれないが、それ以上の厄介事を押しつけられたようにしか思えないからだ。


「それと最後に一言、先に〈卒業の証〉を渡したんだから試験落ちるよなよって……」

「心配するのがそこかよ!?」


 イスリアの言葉に、再度ツッコミを返すソルム。

 こんなものを渡しておいて、心配するところがズレていると言いたいのだろう。

 とはいえ、


「先生らしいかな」

「ええ、こんな時まで心配するのがそこというのが、実にシイナ先生らしいです」


 学院を辞めても先生は先生なのだと、イグニスとレイチェルは苦笑する。

 そして、恐らくこれは椎名が最後に残した課題なのだと、イグニスは考える。

 いまは身の丈に合っていなくとも、この魔導具に相応しい魔法使いに成長してみせろと、きっと先生はそう言っているのだと。だからこそ、その期待に応えたいとイグニスは思う。

 それが、自分たちに出来る唯一の恩返しだと考えるからだ。


「絶対に合格しよう。全員一緒に」

「当然です。この程度で躓いていては、あの方の弟子を名乗れませんから」

「……ああ、もう! こうなったら最後まで付き合ってやるさ。どうせもう、あの人の所為で注目を浴びまくってるしな」 


 改めてイグニス、レイチェル、ソルムの三人は全員一緒に卒業することを誓う。

 椎名の弟子と言うだけでも嫌になるほどの注目を浴びているのだ。

 そこに魔導具が加わっても、もう今更だと割り切ったのだろう。

 そんな三人の姿を眺めながら――


『姉さんが先生の故郷に?』

『ああ、だから心配だと思うけど――』

『いえ、むしろ少しほっとしました。先生、姉さんをよろしくお願いします』

『ん? ああ、勿論そのつもりだけど?』


 イスリアは椎名とのやり取りを思い出す。

 そして、


(先生はああ言っていたけど、私には分かる。姉さんを世界樹の呪縛から解き放ってくれたのだと……。なら、私に出来ることは姉さんが安心して幸せを掴めるようにすることだけ)


 そのために世界一の〈精霊使い〉になって見せると、イスリアもまた密かに決意を固める。

 これが後に〈賢者の弟子・・・・・〉と歴史に記されることになる六人の栄光と苦難のはじまりになるのだが、まだそのことを彼等は知る由もないのであった。

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