第192話 突然の別れ

「どうして俺まで……」


 移動中の馬車の中で、どんよりとした暗い表情でぼやく副会長。

 無理もない。家族に別れを告げて帰る準備をしていたところをオルテシアに連れ去られたそうだ。

 その理由と言うのが――


「盾くらいにはなるかと思って」

「会長!?」

「冗談だから真に受けない」


 モンスターの盾とするため、というのは冗談で俺が一緒に来るように頼んでくれないかとオルテシアに伝えたためだった。まさか、強引に連れてくるとは思っていなかったけど……。

 彼を連れてくるように頼んだ理由は〈時空間転移〉の研究を進めるためだ。

 セレスティアの話では、エミリアとシキは無事に俺の知る現代の地球に辿り着いたようだが、この〈技能の書スキルブック〉はまだ完成には至っていない。〈無形の書〉も先代に預けたままだしな。

 そのため、最後の詰めの調整を彼に手伝ってもらおうと考えた訳だ。

 紫の国までの道程は一ヶ月ほどあると言う話だしな。時間はたっぷりあるので丁度良い。


「主様から受けた恩を返す機会なんだから文句を言わない」

「ぐ……ああ、もう! わかりましたよ! 俺も男だ。腹を括ります!」


 俺は別に恩を売ったと思ってはいないのだが、それで彼が納得してくれるのなら何も言わないでおこう。

 しかし、副会長は俺が一緒に来るように頼んだから分かるのだが――


「……どうしてレティシア・・・・・まで一緒なんだ?」

「セレスティア様から頼まれました。ホムンクルスたちに会いに結界のところまで行くんですよね?」

「〈紫の国〉の件を片付けてからだけどな」

「なら、私が一緒の方が役に立つと思います。彼女たちとは顔見知り・・・・ですから」


 どう言う訳か、レティシアもついてきていた。

 ちなみに俺が彼女の名前を呼んでいるのは、テレジアのチョーカーと同じものをレティシアにプレゼントしたからだ。先代のフリをするのなら『騎士団長』呼びは違和感があるという理由からだった。

 先代も余り人の名前を呼ぶことはないが、レティシアは例外の一人らしい。

 人類最強と言う二つ名を持つくらいだしな。それだけ彼女を信頼していたのだろう。

 とはいえ、


「そのメイド服どうしたんだ?」

「テレジアさんに借りました。高性能で機能的。陛下から頂いたオリハルコンの鎧とは大違いです」


 どうしてメイド服を着ているのか気になって尋ねると、そんな答えが返ってきた。

 オリハルコンの鎧って……。それって、もしかして金ピカの鎧のことだろうか?

 黄金の蔵にも同じものが入っているんだよな。魔導具としての性能は高いのだが見た目が悪趣味なので楽園のメイドたちにも不評で、ずっと死蔵している魔導具の一つだった。


「ん? 馬車が止まったみたいだな」


 目的地に着くには早すぎると思って、窓から馬車の外を覗くと――


「シイナ様、今日はここで野営を取ろうかと思います」


 黒い馬に乗った従者と思しき女性が、疑問に答えてくれた。

 いつも褐色美少女と一緒にいる白髪褐色の人だ。

 短くまとめられた白い髪に、百八十センチを超える高身長。スレンダーながら、しなやかで引き締まった身体をした女性だ。

 腰に提げた剣やミスリル製の胸当て。凛とした佇まいからも強者の雰囲気が感じ取れるので、魔王の側近の一人と言ったところなのだろう。

 そんな人が〈紫の国〉までの道中、俺たちの世話係をしてくれていた。

 と言っても、俺の世話はテレジアとオルテシアがしてくれるので、ほとんど護衛兼伝令役みたいになっているのだが――


「まだ日は暮れてないけど、もう休むのか?」

「これだけの大所帯ですし、野営には相応の準備が必要ですから」


 そう言われてみると、結構な大所帯だ。隊商全体で百人くらいはいるだろうか?

 確かに、これだけの人数がいるとテントの設営や食事の準備など大変だろうな。

 でも、俺にはこれ・・がある。


「俺たちのテントは準備しなくていいぞ。食事も不要だ」

「え、それはどういう――」


 馬車を降り、適当に空いたスペースに〈魔法の家〉を取り出す。

 以前、レミルたちと〈奈落〉の探索をした時に使ったものだ。

 見た目はコンパクトだが〈空間拡張〉でなかは広々と作られていて、十人くらい一緒に入れる浴場や三十畳のリビングにカウンター式のシステムキッチン。シャワーとトイレのついたベッドルームが八部屋備えられている魔法の家だ。

 その上、食糧庫には十人が一年は生活できるだけの食糧が備蓄してあった。


「テレジア、夕飯の準備を頼めるか?」

「皆様の分は如何しましょうか?」

「いや、さすがにそれは大変じゃ……隊商全体となると百人くらいいるぞ?」

「ご心配なく。簡単なものであれば、たいした手間ではありませんから」

「なら、頼めるか? 食糧庫の食材は適当に使ってくれていいから」

「畏まりました」


 さすがはテレジアだ。彼女に任せておけば問題ないだろう。


「テレジアさん、私も手伝います」

「では、よろしくお願いします」


 そんなテレジアを見て、手伝いを申し出るオルテシア。二人には本当に頭が上がりそうにない。誤解のないように言っておくと、俺は手伝わないのではなく手伝えないのだ。

 幼い頃から両親は仕事で家を空けることが多かったし、大学時代はずっと一人暮らしをしていたので料理の経験くらいはある。ただ、それをやってしまうと「私たちは不要でしょうか?」とメイドたちが悲しげな表情で訴えてくるのだ。

 そのため、世話をされることに慣れる必要があったと言う訳だ。

 この点はテレジアとオルテシアも一緒だ。

 家事を手伝おうとすると、悲しげな顔で叱られるんだよな。


「これは夢? いえ、これが神人の力……」


 別に神人は関係ないと思うぞ? ただの魔導具だしな。

 魔導具と言えば、生徒たちのことが頭を過る。

 実はエミリアのことを話しておく必要があったので、出発の前日に緑エルフもといエミリアの妹に時間を作ってもらったのだ。俺が原因の一端を担っている訳なので、ちゃんと家族には謝っておく必要があると考えたからだ。

 まあ、なぜかあっさりと許してもらえた訳なのだが……。

 話が脱線したが、それで頼まれていた魔導具をエミリアの妹に預けたのだ。

 例の天使の素材を使い、生徒たちそれぞれの能力に合わせた効果を付与した専用の魔導具を――

 みんな気に入ってくれるといいのだが、なにせ俺が彼等にしてやれることは、これが最後になるからだ。できれば卒業まで見守ってやりたかったが、そうもいかない事情が出来てしまったからな。

 若干の申し訳なさを感じつつ、生徒たちが無事に卒業試験に合格することを祈るのだった。



  ◆



 同じ頃、楽園の魔法学院では小さな騒動が起きていた。

 

「イグニス、レイチェル。どうだった?」

「学院長に面会を求めてみたけどダメだった。他の対応で留守にしてるって」

「それって、やっぱり例のモンスター騒ぎが関係してるのか?」

「恐らくは……というか、そうだと見て間違いありませんね」


 イグニスとレイチェルの話を聞き、深々と溜め息を漏らすソルム。

 三人が慌てているのは、ある噂を耳にしたためだ。〈精霊祭〉が終わって楽園に帰ってきて早々に三人が耳にした噂というのは、エミリアとシイナが講師を辞め、学院を去ったというものだった。 

 俄には信じがたい噂に真相を確かめようとしたのだが、結果はこの有様。

 学院長には会えず、他の講師もこの件について口を噤んでいた。恐らくは上からの指示で箝口令が敷かれているのだろう。しかし、それが噂の信憑性を高める結果に繋がっていた。

 こうなった原因は考えるまでもない。例のモンスター騒ぎだ。

 青き国だけでなく〈紫の国〉や〈楽園〉でも同様の騒ぎが起き、相応の被害がでていた。


「なら我が儘は言えないな。そもそも本物の錬金術師の講義を受けられること自体、奇跡みたいなものだった訳だしな」

「そうですわね。それに先生の活躍は学院でも広まっています。三人目の神人に認定されたという噂も……。この状況で講義を開けば、大変なことになるのは目に見えていますから」

「タイミング的には丁度よかったってことか」


 椎名がこれ以上、講師を続けるのは無理があるというレイチェルの話に、ソルムは納得した様子で頷く。 

 神人から直接指導を受ける機会など、どれだけ大金を積んでも得られるものではない。実際〈楽園の主〉は、ここ二百年ほど弟子を取っていない。魔法使いであれば、誰もが羨む栄誉だ。その恩恵に授かれたのは奇跡的なことだった。

 これまでは椎名が無名であったこともあり、本物の錬金術師か分からず疑われている状況だったから様子を見ていた生徒も少なくなかった。しかし、神人の認定を受けたからには講義を臨む生徒も急増するだろう。

 それどころか、まともに外を出歩くことが出来るかも怪しい。

 神人とはこの世界に生きる人々にとって、それほど大きな存在だからだ。

 

「イスリアがいてくれればな……」

「呼んだ?」


 イスリアがいれば、もう少し状況が分かるかもしれない。

 そんな気持ちで呟いたソルムの言葉に反応が返ってくる。

 まさかと言った表情で、声のした方に三人が振り返ると――


「みんな、どうしたの?」


 教室の入り口には、イスリアが立っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る