第191話 カドゥケウス(偽)
結論から言うと、〈青き国〉で開催された国際会議は滞りなく閉幕した。
とはいえ、なにもなかった訳ではない。〈緑の国〉には教会の調査を行い、一ヶ月以内に各国へ報告することが求められた。
その内容次第で〈楽園の主〉と〈巫女姫〉が判断を下すということで〈紫の国〉も一旦、退いたカタチだ。先代はまだ目が覚めていないので、判断を下すのはセレスティアになるのだろうけど。
どのような調査報告をだしてくるにせよ、このまま平穏には終わらないだろう。
中途半端な対応で〈紫の国〉が納得するとは思えないからだ。
問題の先延ばしになった訳だが、この辺りが妥協点だとは思う。〈紫の国〉はセレスティアの顔を立て、セレスティアは〈緑の国〉に猶予を与えたという大義名分を得る。結論はでているのだとしても段階を踏む必要があるのだろう。
大人の事情と言う奴だ。
俺としては正体がバレることなく無事に終わってくれたので、ほっとしていた。
あと――
「エミリアもいないのに舞いの奉納をやるのか?」
「はい。民は不安を抱えていますし、こんな時だからこそ必要だと判断しました」
精霊祭の締め括りである奉納の舞いは、予定通りに執り行うことにしたそうだ。
ちなみに先代は先日のモンスターの対応で、一足早く〈楽園〉に戻ったことになっている。〈緑の国〉の女王も慌てて帰国したしな。実際どの国もお祭りどころではない状況だ。
それでも儀式を行うことにしたのは、民の不安を少しでも和らげるためだそうだ。
世界樹と〈巫女姫〉の存在は、この国の人々にとって大きな心の支えになっているのだろう。
そして、
「
「うむ。正確には、教会に伝わるレプリカじゃがな」
俺は今、褐色美少女と〈精霊殿〉の応接室で面会していた。
先日の御礼と相談があると、エミリアの親父さんを通して話が来たためだ。
褐色美少女の話によると例の白い杖は、教会が神と信仰する錬金術師が愛用した神器のレプリカだそうだ。
俺でも簡単に模倣できた理由がこれで分かった。
レプリカと言うことは、恐らく完全再現には至っていないのだろう。
「でも、教会で保管されていた杖がどうして〈紫の国〉にあるんだ?」
「魔女王の姉が先々代の魔王に嫁いだ話は聞いておるじゃろ?」
「そう言えば、その二人の娘がお祖母さんなんだっけ?」
先代がそんなことを言っていた記憶がある。
「うむ。世間では魔王が聖女を攫ったとされているが、その噂は威信を保つために教会が流したものじゃ。実際には、教会に嫌気がさした聖女が先々代を唆したのじゃよ。その時に教会から持ちだした神器が、この〈
「教会が司教を派遣する代わりに求めたのが、この杖の返還じゃった。しかし〈楽園の主〉であれば杖を修復できるのではないかと考え、精霊祭を終えるまで待って欲しいと返還の期限を先延ばしにしておったのじゃ」
当時のことを思い出しながら説明し、怒りに震える褐色美少女。
まだ組織的な犯行と決まった訳ではないが、呪いを解除する杖なんて呪いを広めようとしている連中には邪魔だろうしな。マッチポンプを仕掛けて実験を行うついでに杖を回収するくらいの計画は立てても不思議ではない。
こうして見ると、状況証拠は限りなく黒なんだよな。
「それで、俺に頼みって言うのは?」
「妾と一緒に〈紫の国〉へ来てくれぬか?」
頼みがあると言うから何かと思えば、やっぱりそのことか。
いま〈紫の国〉はモンスターの巣窟と化していた。国民の半数近くがモンスターに変化したためだ。無事だった人々は国外への脱出を試みたが、隣接する〈緑の国〉が流行病を理由に受け入れを拒否したらしい。
実のところ、それも褐色美少女が〈緑の国〉に対して怒りと不満を抱く原因になっていた。とはいえ、緑の国の女王が決めたことではなく、女王の不在を良いことに国の貴族たちが勝手に行ったことらしいが――
楽園でも貴族の不祥事があったばかりだしな。どこの国も同じような問題を抱えているようだ。
しかし、
「言っておくが、モンスター化した人たちの呪いを解除できるとは限らないぞ?」
魔女王の時もそうだったが、この呪いは感染している期間が長ければ長いほど〈浄化〉が難しくなる。
恐らくモンスター化するほど魂が侵食を受けている状態では、杖の力だけでは元に戻すことは難しいだろう。
「理解しておる。だが、出来る限りのことはしてやりたいのじゃ。頼む! 妾に出来ることであれば、どのようなことでもする。だから民たちを救って欲しい!」
土下座する勢いで、深々と頭を下げる褐色美少女。
そんな彼女の行動を見て、従者と思しき褐色白髪の女性も頭を下げる。
どうにかしてやりたいとは思うが、モンスター化した人たちを元に戻せるとは限らないんだよな。それに杖は一人ずつにしか効果がない。何千、何万ものモンスターを相手に〈浄化〉を使用するのは無理があった。
となれば、取れる方法は限られる。カドゥケウスのレプリカを研究して〈浄化〉を付与した新たな魔導具を開発するか、もしくは〈魔女王〉の時と同じように〈分解〉を使用するかだ。
ただ、助かるがどうかは魂がどの程度、呪いの侵食を受けているかによる。
「やってみないと分からないし、軽はずみな約束は出来ない。それでもいいなら手を貸してやる」
そんな俺の返答に――
「よろしく頼む」
褐色美少女と従者の女性は再度、深々と頭を下げるのだった。
◆
「シイナ様らしいですが、よろしいのですか?」
紫の国の件をセレスティアに話したら心配するような問いが返ってきた。
「全員を救うのは無理だと思うけど、理論上は可能だと思う」
「いえ、そのことではなく……アルカの代わりを頼んでおいて私が言えた義理ではありませんが、シイナ様一人に頼り過ぎな気がして……」
てっきり〈紫の国〉のことかと思ったら、そんな心配をしてたのか。
心配してくれるのは嬉しいが、このくらいで倒れるほど柔な身体はしていないつもりだ。
魔力操作を極めれば、肉体や精神の疲労もある程度は回復させることが出来るしな。俺の場合、これに特製の回復薬を使うことで不眠不休でも一ヶ月くらいは余裕で活動可能だ。
「俺の生まれ育った国では、このくらい普通だから気にするな」
「……そうなのですか? シイナ様の世界は凄いのですね」
魔法が使えない時代に、月二百時間以上の残業をしていた日本人もいると聞いているしな。そっちの方が凄いと思う。『二十四時間、戦えますか?』のキャッチフレーズで知られるコマーシャルが有名だが、いまなら確実に問題視されてるだろうしな……。
それに――
「〈魔女王〉の張った結界って〈紫の国〉のすぐ近くなんだろう? 一度、結界を見ておきたいし、楽園のメイド――ホムンクルスたちの状態を確認しておきたいしな。丁度いいかと思って」
「そういうことでしたか」
魔女王やテレジアの件があるので、楽園のメイドたちの様子を確認しておきたいと思っていた。
それに〈魔女王〉の結界も一度、自分の目で確認しておきたい。先代抜きで作戦を決行する可能性がある以上、出来る限り不安な要素は払拭して、万全の状態で臨みたいと考えているからだ。
「ご安心ください。ご主人様には私たちが同行しますので」
テレジアの言葉に同意するように頷くオルテシア。
やっぱり二人も来るつもりだったのか。
まあ、助かると言えば助かるけど。道中のメシの心配もあるしな。
「いつ、出発されるのですか?」
「
「でしたら、私の舞いをご覧になっていってください」
気合いの入った様子で、そう話すセレスティア。
彼女なりに応援してくれているのだろう。
この三日後、俺は〈紫の国〉に向けて旅立つことになる。
セレスティアの舞う姿は、とても綺麗だったと感想を記しておく。
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