第190話 神の正体
「どうして、そう思われたのですか?」
質問に対して質問が返ってくる。
とはいえ、セレスティアの疑問は当然なので答えておく。
「簡単だ。未完成とはいえ、賢者の石やホムンクルスの錬成にまで至ったのは凄いと思うけど、どれだけ才能に恵まれていても独学だけじゃ不可能だからだ」
俺は先代の遺してくれた魔導書や魔導具があったから錬金術をここまで極めることが出来た。
では、なにもなしに出来たかと言うと確実に無理だったと言い切れる。
先代の持つ知識や技術も何代にも渡って継承されてきたもののはずだ。
どんな天才であったとしても独学で、それも僅か五十年ほどで辿り着ける領域ではない。
なら道標となったものが必ずあるはずだと考えたのだ。
可能性としては二つだ。俺のように錬金術について書かれた魔導書を持っていた。
もしくは師匠がいたかのどちらかだ。
「そういうことですか。シイナ様の疑問は当然のものだと思います」
俺の説明に納得した様子を見せるセレスティア。
反応を見るに、なにか心当たりがあるのだろう。
「もしかして先代の魔導書が出回っているとか?」
「それはありえません。自身の持つ知識や技術を記した魔導書と言うのは、魔法使いにとって命にも等しいものです。後継者と認めた相手にしか、託すような真似はしないでしょう。ですが、これまで取った弟子はいずれもアルカの期待に応えることは出来ませんでした」
ようするに先代の魔導書を継承したものはいないと。
というか、あれってそんなに大事なものだったのか?
ギャルの妹に貸してやったんだけど……まあ、いいか。
弟子の弟子みたいなものだしな。
「なら、その弟子のなかの誰かが師匠という可能性は?」
「誰一人として〈賢者の石〉を錬成することは出来ませんでした。基礎的な知識を教えることは出来るでしょうが、それ以上の知識と技術を持ち合わせているとは思えません」
師匠がいる線もなしと言うことか。
だとすると、本当にどうやったんだ?
「
そう言って真剣な表情で尋ねてくるセレスティア。
それって、神話に登場する神様の名前のことだろうか?
確かギリシア神話に登場する神で、商業の神様だっけ?
それ以外にも、なにかあったような。
「ヘルメス・トリスメギストス。教会が信仰する神の名です」
そうだ。錬金術と言えば、必ず登場する名前。
現代の地球にも伝わる錬金術師の名だ。
「〈緑の国〉に残る遺跡や、各国に伝わる神器はいずれもヘルメスの遺産だと伝えられています。〈紫の国〉の女王のサテラが『エルメス』と名乗っていたのを覚えていらっしゃいますか? あれは、この世界に伝わるヘルメスのもう一つの名です」
まったく覚えていないが、そう言えば長い名前を名乗っていたような記憶がある。
しかし、実在したんだな。空想上の人物だと思っていた。
だが、よくよく考えてみると空想の生き物だと思われていたモンスターが実在している訳だし、魔法があることを考えればありえない話ではない。ましてや、ここは並行世界の地球だ。
「〈紫の国〉の王族がヘルメスのもう一つの名を継承しているのは、魔族がヘルメスによって生み出された種族だと言い伝えられているからです」
「それって、ホムンクルスみたいなものってことか?」
「分かりません。確かに強靱な肉体と魔力量が多いことが魔族の特徴ですが、アルカは角が生えている以外は普通の人間とほとんど変わらないと言っていましたから。そもそもホムンクルスは子を為せないのですよね?」
「ああ、人間のような見た目をしているけど、彼女たちは人間じゃないしな」
子孫を残せるのであれば、ホムンクルスということはありえない。
彼女たちは見た目こそ人間そっくりだが、歳を取ることも寿命で死を迎えることもない。どちらかと言えば、精霊に近い存在と言った方が正解だろう。だから人間のように子を宿すことが出来ない。
となれば、魔族がホムンクルスの子孫と言う線はありえないと言うことだ。
しかし、頭に角の生えた人間というのは聞いたことがない。人間よりも強靱な肉体と魔力を持っていると言うのも気になる点だ。先代もそこが気になったから調べてみたのだろう。
待てよ?
「ご主人様? どうかされたのですか?」
人間をベースにしたホムンクルスなら心当たりがある。テレジアと〈魔女王〉だ。
二人は中途半端な技術で造られたため調整不足だったが、仮に〈賢者の石〉を錬成できる錬金術師が人間をベースに新たな生命を生み出そうとすれば……不可能じゃない。いや、恐らくは可能だろう。
だとすれば教会の崇める神は、この世界の錬金術師である可能性が高い。
もしかすると教会には錬金術に関する魔導書や文献が遺されているのかもしれない。
ああ、それでか。
「だから教会を疑ったのか。いや、確信があったんだな」
「はい。サテラが教会の組織的な犯行を疑ったのも、そのためでしょう。ただ、教会はヘルメスの秘術を錬金術ではなく〈神の奇跡〉と呼んでいます。そもそも錬金術という名称を広めたのは、アルカですから」
神の奇跡も錬金術も知らない人からすれば同じようなものだろうしな。
「私もアルカと出会うまでは世界樹を創造し、神器を造ったのは神様だと思っていましたから」
「ん? 世界樹もその自称神様が造ったのか?」
「はい、それは間違いありません。すべてを覚えている訳ではありませんが、私には世界樹の記憶があるので」
そう言えば、そうだ。セレスティアは世界樹と繋がっているのだった。
先代よりも長生きだと聞いているし、謂わば歴史の生き証人のような存在だ。
「会ったことはないんだよな?」
「残念ながら……」
セレスティアが会ったことがないと言うことは、相当に昔の人物と言うことか。
しかし、その記録が教会に受け継がれている可能性は高そうだ。
そうなると――
「天使の言っていた神と、その錬金術師は同一人物じゃないのか?」
俺の問いに複雑な表情を見せるセレスティア。
その可能性には彼女も思い至っていたのだろう。
そこに〈魔女王〉やテレジアの件だ。
教会も関わっているとなると、どうしたってその線を疑わざるを得ない。
「可能性は高いと思います。実はアルカも言っていたのです。世界を創造した神がいるとすれば、それは錬金術師ではないかと……」
やはり先代も、その可能性を疑っていたと言うことか。
ダンジョンを造った人物も仮に同じだとすれば、確かに神に等しい力を持っているようだ。
でも、その錬金術師はなにがしたいのだろうか?
それだけの力を持っているのであれば、出来ないことなどないはずだ。しかし、〈
この世界に世界樹を植えたのも、その実験の一つとか? だとすれば、この世界の人間でない可能性もあるのか。いろいろな世界で実験を行っているのだとすれば、俺たちの世界に伝わる錬金術師の名も、もしかすると――
「……俺たちの世界にも魔法は存在した?」
「シイナ様?」
仮に俺たちの世界に伝わる人物と、この世界の神が同じ存在であるとすれば、ダンジョンが現れる前から俺たちの世界にも魔法が存在した可能性がある。
神話や御伽話。各地に伝わる伝承など、ただの空想の産物でないのだとすれば?
嫌な予感がする。仮に一連の出来事がすべて壮大な実験なのだとすれば、現代の地球でもなにかを企んでいる可能性が高いからだ。
考えごとに耽っていると、外から扉をノックする音が聞こえくる。
会議を中断していたからな。恐らくは再開の目処が立って呼びに来たのだろう。
「どうやら時間のようですね。シイナ様、いえ――アルカ。準備はいいですか?」
「ああ、問題ないよ――ティア」
先代になりきって、セレスティアの言葉に頷く。
まだ、敵の正体は見えないし、目的も分からない。
しかし、薄らと為すべきことが見えてきた気がするのだった。
あとがき
普段は余り後書きとか書かないのですが、当初の想定よりも過去編のボリュームが凄いことになってしまいましたので疑問にお答えしておきます。
過去編は異世界ファンタジー色が濃いため、ジャンルが現代ファンタジーでいいのかという疑問にお答えしておくと、主な舞台は現代でまだ話の折り返しにも辿り着いていないので問題ないと考えています。
もう少し過去編を簡潔にまとめられればよかったのですが、どうしても端折ったり出来なかったんですよね……。これまで目的もなく漠然と錬金術の研究を行ってきた主人公が、為すべきことを自覚する旅でもあったので(それも勘違いを生みそうですが……)
この先の現代編では、主人公の両親についても触れていくことになると思います。
徐々に謎が明らかになっていくので、長い目で見守って頂ければ幸いです。
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