第189話 司教の過去
政庁に出向くと案の定、面倒なことになっていた。
「そこを
緑の国の女王を庇うように褐色美少女との間に立つエミリアの親父さん。エミリアのお袋さんが慌てて呼びに来たから何事かと思えば、〈紫の国〉と〈緑の国〉が一触即発の状態に陥っていた。
二人の女王の後ろでは、それぞれの従者が臨戦態勢で睨み合っているような状況だ。
原因は例のモンスターの件だ。褐色美少女は教会の組織的な犯行を疑っているらしく、教会の解体と幹部の身柄引き渡しを要求したそうだが、それを〈緑の国〉の女王が拒んだことが切っ掛けらしい。
「なにもしないと言っているのではありません。確たる証拠もなしに、そのようなことは出来ないと言っているのです。ですから、まずは調査をして――」
「証拠ならあるではないか! ガブリエルを名乗る教会の司教がやった動かぬ証拠が!」
「勿論、そのことは教会に厳しく詰問します。ですが組織ぐるみの犯行であると、それだけでは断定できません。モンスターが司教に化けて暗躍していた可能性も考えられるのですよ?」
と、こんな感じだった。
どうやら俺の倒した天使が教会の司教だったそうだ。
緑の国の女王の言い分も理解できる。しかし、一番の被害を受けているのは〈紫の国〉だしな。
褐色美少女の気持ちも理解できなくはない。
「静まりなさい!」
セレスティアの声が建物に響く。
威圧するように魔力を解放しながら怒鳴りつけるセレスティア。
その迫力に言い争っていた二人も固まり、驚いた様子を見せる。
しかし、
「巫女姫か……幾ら、御主の頼みでも退けぬ! 此奴が教会を庇い立てすると言うのであれば、妾は〈緑の国〉に宣戦布告するつもりじゃ」
「な……あなた、正気なのですか!?」
まさかの宣戦布告に驚きと戸惑いを見せる〈緑の国〉の女王。
そこまでのことをするとは思ってもいなかったのだろう。
しかし、褐色美少女は既に覚悟を決めているようだ。
「当然じゃ。民を実験の道具にされ、モンスターへと変えられたのじゃぞ? これは宣戦布告を受けたも同然じゃ。なのに妾は教会の人間を引き渡せば、〈緑の国〉の責は問わぬと申しておる。それを拒むというのであれば、同罪と見做すのは当然じゃろう!?」
「そ、それは……」
褐色美少女の怒りは収まらない様子だった。
無理もないか。国民の大半をモンスターに変えられたんだもんな。
褐色美少女の身体から出て来た黒いモヤ。やはり、あれは呪いだったのだろう。
「サテラ、いまは退きなさい。私の名に懸けて、関係した者たちには確実に報いを受けさせると約束します」
「……それは〈緑の国〉が関係していた場合、神人が裁きを下すと言うことでよいのか?」
「そう受け取ってもらっても構いません」
セレスティアの覚悟を感じ取ったようで、渋々と言った様子ではあるが言葉に従う素振りを見せる褐色美少女。
一方で、〈緑の国〉の女王は慌てた様子を見せる。
「お待ちください! 私はなにも――」
「私はどちらか片方に肩入れするつもりはありません。ですが、教会が疑わしいのは事実です。〈緑の国〉が関与していないと言うのであれば、それを証明してみせなさい。それが出来ないのであれば――」
続きの言葉を聞くまでもなく、〈緑の国〉の女王は絶望に顔を青ざめる。
セレスティアが本気で怒っていることを感じ取ったからだ。
そりゃ、親友の二人があの状態になっている訳だしな。セレスティアだって怒っていない訳がない。すぐに〈緑の国〉に飛んで行って、教会に殴り込まないだけマシと言える。
「ご主人様、少しよろしいですか?」
「どうかしたのか?」
「その司教について、お耳に入れておきたいことがあります」
そんななか、小さな声で俺に耳打ちするテレジア。
それって、前に言っていた天使の正体に心当たりがあるって話だろうか?
◆
セレスティアに用意してもらった部屋で、テレジアからの話を聞いていた。
予想通り、俺が倒した天使の正体についての話だったのだが――
「あの男が楽園の貴族? それは本当なのですか?」
「はい。名はヨルダ・フィヨルド。……私の元夫です」
セレスティアの問いに対して、自分の元夫だと答えるテレジア。
これには俺も驚く。
あの天使が生前のテレジアの旦那だとは思ってもいなかったからだ。
「……よかったのか?」
「あの男は道を踏み外しました。これ以上の罪を重ねる前に裁いて頂き、むしろ感謝しております」
テレジアに恨まれてはいないようで、ほっと安堵する。
モンスターに変異したとはいえ、元旦那であることに変わりは無い。
謂わば、俺はテレジアにとって夫の仇とも言える訳だ。
恨まれても仕方がないと心配したのだが、テレジアの反応は違っていた。
「いまから五十年以上も昔の話です。十六の頃から煩っていた病気で、私は命を落としました」
「……病ですか?」
「魔力欠乏症です」
アインセルトくんの妹と同じ病気か。
万能薬で簡単に治療が可能な病気だが、たぶん作れなかったのだろうな。
俺が見つけた時、テレジアの状態は酷いものだった。
未完成の〈賢者の石〉から精製された赤い液体は〈生命の水〉には程遠いもので、もう一年か二年発見が遅れていれば、水槽に保管されたテレジアの身体は朽ちていただろう。
あの程度の腕と知識では、仮に素材が揃っていても〈万能薬〉を錬成できたか怪しい。以前から言っていることだが、錬金術を成功させるには適切な知識と魔力操作の技術が必要不可欠だからだ。
「なるほど、合点が行きました。だから、あの男はアルカのことを知っていたのですね」
「どういうことだ?」
「『やはり覚えてはいないか。貴様にとっては、どうでもいいことだったのだろう』と、あの男は言っていました。楽園の貴族であれば、恐らくアルカに謁見したことがあるのではないかと。状況から見て〈万能薬〉の製法を尋ねたか、譲って欲しいと頼んだのではないかと」
そういうことか。
先代のことだから、たぶん本気で覚えていなかったんだろうな。
で、結局は聞き入れてもらえず、テレジアは亡くなったと。
「愛されていたんだな」
「……そうでしょうか? フィヨルド家に嫁いで十年の歳月を共に過ごしましたが、夫婦らしい会話も特にありませんでしたから。ずっと病床に伏せていた私に、あの人は魅力を感じなかったのだと思います」
どうも旦那さんとは余り良好な関係ではなかったようだ。
正直、他人の俺には家庭の事情など分からないし、テレジアの旦那が当時なにを考えていたかなんて分からない。
ただ――
「だとしても、努力くらいは認めてやってもいいんじゃないか?」
俺は先代の遺した魔導書や魔導具があったからどうにかなったが、独学で錬金術を極められたかというと難しかっただろう。三十年余りでは不可能だったと思う。余程の想いがなければ、為し得なかったはずだ。
それにテレジアを見つけた時、かなり状態が悪かったとは言ったが、そもそもどうでもいいのなら亡くなった妻の遺体を保管したりはしないと思う。
「ご主人様……」
「余計なお世話だったな。気を悪くしたなら謝らせてくれ」
「いえ、ありがとうございます。少し気が楽になった気がします」
そう言って深々と頭を下げるテレジア。思ったことを口にしただけで、たいしたことを言った訳ではないのだが、それで彼女の気が楽になるのなら素直に感謝は受け取っておくか。
「オルテシア? どうかしたのか?」
「いえ、モンスターになった理由が〈楽園の主〉に対する復讐心からなのか、それともテレジアさんのためだったのか、少し気になって……どちらにせよ、悲しい話ですよね」
どこか悲しげな表情を見せるオルテシア。
テレジアの元旦那のことを哀れんでいるのだろう。
確かに事情を知れば、哀れな気もする。とはいえ、やったことは同情に値しない。
犠牲になった人々や、褐色美少女は絶対に許さないだろうしな。
「シイナ様。いまの話は伏せておいた方が良いかと思います。テレジアに罪はないとはいえ、そう割り切れる人も少ないでしょうから」
確かに褐色美少女の反応を見るに面倒なことにしかならなさそうだ。
しかし、このまま捨て置けない問題でもあった。
テレジアの過去が今回の件に関わっているのだとすれば、一連の出来事は繋がっているように思えてならないからだ。
もしかすると、これって――
「なあ、この世界って本当に先代以外の錬金術師はいないのか?」
頭に過った疑問を確かめるため、俺は三人に尋ねるのだった。
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