第188話 真実の青眼
「これで、どうだい?
先代になりきってセレスティアを愛称で呼んでみる。
乗り気ではなかったが、やると決めたからには徹底して取り組むのが俺の流儀だ。
「どうかしたのか?」
「い、いえ……正直、驚きました。本物のアルカかと最初は思ったくらいで……」
セレスティアが本物と見間違うくらいに似ていると言うのなら大丈夫だろう。
同じ日本人だし、俺と先代は背格好がよく似ているしな。髪の色や長さは変装でどうとでもなるし、先代は胸が小さいので誤魔化しようは幾らでもある。顔は仮面で隠せばいいしな。
錬金術は様々なものを組み合わせることで、再現や模倣を可能とする技術だ。
変装くらい出来なければ、一流の錬金術師とは言えない。
「背格好だけでなく声もアルカそっくりで、どうやったのですか? もしかして、その仮面にスキルが?」
「まあ、確かにこの仮面は魔導具だけど、声は真似てるだけだ」
「え……そんなことが可能なのですか?」
「勿論、
先代に続いてセレスティアの声真似をすると、驚いた表情を見せるセレスティア。
これはスキルでもなんでもなく、俺の特技だった。
とはいえ、宴会芸くらいでしか使い道がないため、クラスメイトに遊びに誘われることも友達もいなかった俺には無用の長物だった特技だ。
こんなことで役に立つ日が来るとは思ってもいなかったが……。
「これなら完璧ですね。ほとんどの人間には気付かれないと思います」
「ほとんどってことは気付く人もいるってことか」
「じっくりと観察しなければ私でも難しいと思います。ですが……」
話の途中で、俺の魔力探知に何かが引っ掛かる。
気配を消して姿を隠しているようで、オルテシアかと思ったが違うようだ。
「誰だ? 盗み聞きとは趣味が悪いな」
魔女王の件もあるので警戒をしながら侵入者に声をかける。
すると――
「気付かれると思いませんでした。さすがは若様ですね」
青い髪の少女が姿を現した。
見覚えのない少女だが、セレスティアは驚いた様子で――
「レティシア!?」
と、少女の名前を叫ぶのだった。
◆
「それで、若様。どうして陛下の格好をしているのですか?」
あっさりと正体がバレた。
というか、若様って……どういうことかとセレスティアに尋ねると、
「え? この子が騎士団長?」
「はい。〈人類最強〉と呼ばれている魔剣士です」
「人類最強? それが通り名なのか?」
俺の疑問に無言で頷く騎士団長。
見た目はレミルと同じくらいにしか見えないから二つ名とのギャップが凄い。
「人間が相手なら負けたことがありません。陛下や巫女姫様は例外。あとはカルディア様くらい?」
遠回しに例えに挙げた三人は人間じゃないからと話す騎士団長。
まあ、神人って呼ばれているくらいだしな。
魔女王も二人に近い力を持っているという話だし、言っている意味は理解できなくもない。
「もう一人、勝てそうにない人が現れましたけど……」
じっと俺の方を見ながら、そう話す騎士団長。
俺のことを言っているのだろうか?
先代やセレスティアと比較されても困るのだが……。
「それで若様、どうして陛下の姿をされているのですか?」
「ああ……セレスティア」
「彼女になら説明してもよろしいかと。むしろ、仲間に引き込んだ方が得策です」
セレスティアがそう言うのならと席を立ち、騎士団長を
◆
「……陛下?」
巨大な円筒形の水槽の中で眠る先代を見て、驚いた様子を見せる騎士団長。
「アルカなら心配は要りませんよ。いまは少し眠っているだけです」
そんな彼女を安心させようと、眠っているだけだと説明するセレスティア。
確かに驚くような光景だが、命に関わるような症状と言う訳ではない。この黄金の液体が入ったシリンダーはホムンクルスの培養に使用するものを改良したもので、身体の治療だけでなく魔力の回復を促す効果があるものだ。
「どうして、こんなことに……?」
「カルディアが再び暴走して、アルカが助けようとしたのですが――」
まだ戸惑いを隠せない様子の騎士団長に、事情を説明するセレスティア。
最初の内は驚いていたが事情を聞き、徐々に落ち着きを取り戻す。
「では、カルディア様は?」
「〈
そう言って〈
魔女王の魂は既に〈
呪いは〈分解〉で除去してあるので、あとは魂の回復を待つだけの状態だった。
もっとも、どのくらいの時間が掛かるのかは分からない。正直、十年では済まないだろうというのが俺の見解だ。完全に元通りになるには最低でも百年単位の歳月が必要かもしれない。
そう言う意味では、先代よりも深刻な状態なんだよな。
「事情は理解しました。それで若様が陛下の代わりを?」
「まあ、そういうことだ。あっさりと見破られてしまったけどな……」
「いえ、私でなければ気付かなかったと思います。私には、この
騎士団長の瞳が青く光る。これって、もしかして――
「魔眼か?」
「はい。私のユニークスキル〈
騎士団長の話によると幻覚を看破したり敵の弱点を見抜くことも可能で、魔力を可視化して魔法を剣で斬り裂くような真似も可能らしい。話を聞く限りでは、かなり応用の利く能力のようだ。
しかし、同時に納得する。確かにこの能力は魔法使いの天敵のようなものだ。
彼女が『人類最強』と呼ばれる所以も理解できる。
「なるほどな。その魔眼で俺の変装を見破ったのか」
「はい。ですから、普通の人には見破れないと思います」
納得したが、問題がない訳ではない。
ようするに同じようなスキルを持った相手なら正体を見破れると言うことだ。
念のため、対策をしておいた方が良さそうだ。
正直、楽園のメイドたちを相手にこれで欺けるとは思えないからだ。
「これで、どうだ?」
魔力の
騎士団長が俺の変装を見破ったのは、魔力の可視化が理由の一つだと思ったからだ。
たぶん魔眼で魔力の色や性質を見ているのだろう。
「驚きました。そんなことまで可能なのですね。ですが……」
「やっぱり分かるか」
「はい。私の魔眼は〈真贋〉を見抜くので」
やはりユニークスキルを欺くのは難しいようだ。
「ですが、そこまで気にしなくても大丈夫だと思います。私が一緒なら誰も疑ったりはしないはずですから」
「……そうなのか?」
「はい。これでも陛下の直臣なので」
それだけ信頼されていると言うことなのだろう。
そういうことならセレスティアと騎士団長にフォローしてもらえば、なんとかなるかもしれない。
しかし、問題は楽園のメイドたちだった。
正直、彼女たちの目を欺ける気がしないんだよな。
「シイナ様がなにを心配されているのかは分かります。ですが、恐らくは大丈夫かと。無理にアルカの真似をせずとも、いつも通りに振る舞えば、彼女たちは応えてくれるはずです」
「……どういうことだ?」
「彼女たちは〈楽園の主〉に付き従う存在です。そういう風に造られましたから」
楽園の主に付き従う存在か。そう言われると、心当たりは幾つもある。
出会った当初からユミルは、俺のことを〈楽園の主〉と認識していた。他のメイドたちもそうだ。どうしてかは分からないが、彼女たちには俺が〈楽園の主〉に最初から見えていたらしい。
これまで疑問を持つことはなかったが、もしかして〈楽園の主〉には錬金術を使えること以外に何か条件があるのか?
「――セレスティア様! シイナ様!」
そうこうしていると、エミリアのお袋さんの声が外から聞こえてきた。
どうやら俺たちのことを探しているらしい。
「恐らくは例のモンスターの件かと。なにか動きがあったのかもしれませんね」
そう言えば、まだ解決した訳じゃないんだよな。
正直、嫌な予感しかしないのだった。
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