第187話 人類の希望
「粗方、片付いたようだな」
モンスターの駆除が終わり、一息吐くディルムンド。
突然の襲撃だったにも拘わらず、被害のほども想定より軽微と言ってよかった。
それと言うのも――
「助かった。レティシア殿」
「気にしなくていい。陛下の命だから」
そう言って早々と立ち去るレティシアに、ディルムンドの口からは苦笑が漏れる。
被害が軽微で済んだのは、レティシアの活躍があったからだ。
しかし、彼女はそれを誇ることはしない。それは彼女にとって、この程度のことは造作もなく誇るようなことではないからだ。
深層のモンスターですら単独で討伐する力を持った世界最強の騎士だ。
三賢者を除けば、人類最強の実力者であることは疑いようがない。
オリハルコン級の冒険者であるディルムンドですら、彼女の足下にも及ばないと考えていた。
「あれが〈三賢者〉に次ぐ力を持つと噂される騎士団長ですか」
「ギルド長。あなたの目から見て、彼女はどう見えた?」
「化け物ですね」
布地の少ない艶やかな衣装に長い紫色の髪。
ディルムンドと話す彼女の名は、アウロラ。〈青き国〉の冒険者を束ねるギルド長だ。現役時代はミスリル級止まりだったとはいえ、限りなくオリハルコンに近い実力を持つ冒険者だった。
そんな世界でも上から数えた方が早い実力を持つ彼女から見ても、レティシアの実力は桁外れだった。
まったく底が見えないというのが、正直なところだ。
「だが、彼女のお陰で助かった」
「はい。被害を最小限に食い止められたのは、彼女の協力があったからかと。〈楽園の主〉様には感謝しないといけませんね」
「ああ……出来る限りの感謝は伝えるつもりだ。しかし……」
気分の良いものではないなと、ディルムンドは不快を顕わにする。
先程、被害は最小限で済んだと言ったが、死傷者がでなかった訳ではない。
あくまで想定されていた被害よりも少なく済んだと言うだけの話だ。
目の前に倒れているのは、モンスターと戦った冒険者でも一般人でもなかった。
モンスターへと変異した
「お気付きになりましたか? モンスターに変異した者たちの
「ああ……どれも見たことのある顔ばかりだ」
倒れている死体の共通点。それは、ほとんどが冒険者であると言うことだった。
それも、そこそこ名の知れたベテランと言ってよい冒険者ばかりだ。
他に共通点があるとすれば、そのほとんどが
「居合わせた冒険者の話では急に身体が怠くなって、仲間が苦しみだしたかと思うとモンスターに変貌したとのことです」
「急に身体が怠くなったか。それは恐らく天使の呪いだろう」
「教会の司教に化けていたというモンスターですか」
「ああ、そちらはシイナ殿に討伐されたと報告が来ているが……」
生命力を吸収するだけでなく、人間をモンスターに変異させる呪いなど聞いたこともないし、出来ることなら信じたくもなかった。
このことが広まれば、これまで以上に〈灰の神〉の加護を持つ者への偏見や差別は酷くなるだろう。それだけで済めばいいが家族や仲間すら信じられなくなり、疑心暗鬼からパニックに陥る人々が現れることも想像に難くないからだ。
「それでも、この国はマシな方か。紫の国と比べれば……」
「あの国は魔族の国ですからね」
魔族のほとんどは〈灰の神〉の眷属だ。
頭の角はその証で、祖先から受け継がれたものだと言い伝えられていた。
いま思えば〈紫の国〉で広まっている伝染病というのも、天使の呪いが原因だったのかもしれないとディルムンドは考える。
ガブリエルがすべての黒幕だとすれば、一連の出来事に説明が付くからだ。
しかし、
「これで終わりであれば、よいのだが……」
ガブリエルは死んだ。
これで終わってくれるのであれば、まだ救いはある。
だが、もしもこれが終わりではなく、災厄のはじまりなのだとすれば――
「我々、人類に抗う術はないのかもしれない」
最悪の未来が、ディルムンドの頭に過るのだった。
◆
アインセルトくんの親父さんとオルテシアのお袋さんは報告だけして帰った。
先代にこのことを相談したいと言ったのだが、セレスティアが今は疲れて眠っているから自分から伝えておくと言ったためだ。
どうして先代の容態を正直に話さなかったのかと尋ねると――
「あれでも、アルカは人類の希望なのです。このような状況だからこそ、
とのことだった。
普段の姿を見ているとそんな風には見えないが、一応は神様みたいに崇められている存在なんだよな。それはセレスティアも同じだが、先代の方が人々に与える影響は大きいとのことだ。
楽園の主のネームバリューは、俺が考えているよりも大きなものらしい。
「でも、このまま隠し通せないだろう。どうする気だ?」
とはいえ、いつ目が覚めるか分からない状況だ。
少なくとも俺の見立てでは、一週間やそこらで目が覚めるとは思えなかった。
最悪、数ヶ月。下手をすると、このまま何年も目が覚めないという可能性もある。
先代が目を覚ますまで誤魔化すのは、さすがに無理があるだろう。
「この間、使った魔導具を使うのは……」
「あれは体力や魔力が回復する訳じゃないしな。いまの先代の状態は身体を酷使しすぎたことと魔力枯渇が原因だから、この状態で下手に覚醒を促すと後遺症が残りかねない。それに今回のことを考えると、また無茶をしそうな気がするんだよな」
「それは、ありますね……」
だから完全に快復するまで休ませておくのが無難だと俺は考えていた。
寝ていれば治るのだから余程の事情がない限りは無理に起こすべきではないと思うからだ。
しかし、セレスティアが焦ると言うことは余程の事情なのだろう。
まあ、人間がモンスターに変化するなんて状況は明らかに異常だしな。
焦る気持ちは分からないでもない。
「ですが、カルディアの言葉も気になります。ホムンクルスをダンジョンに封印するようにと、彼女は言っていました。アルカも最初は驚いていましたが、なにかに気付いた様子で……」
「ホムンクルスをダンジョンに?」
どういうことかと考えるが、テレジアの件が頭を過る。
すべてのホムンクルスが呪いの影響を受け、テレジアのように操られる可能性はない訳ではない。解呪できることが分かっただけマシだが、呪いの正体はよく分かっていないしな。
楽園のメイドたちが全員敵に回ると考えると、確かに恐ろしい。
特に〈原初〉の六人は、俺でもまともに戦えば無事では済まないからだ。
でも、なんでダンジョンなんだ?
「シイナ様? なにかお気付きになったのですか?」
「いや、どうして〈魔女王〉はダンジョンに封印するように言ったのかと思って」
「そう言えば、妙ですね。彼女に〈星詠み〉のことは話していません。未来のことを知るはずのない彼女が、どうして……」
セレスティアも疑問を持ったようだ。これは以前から感じていた疑問でもあった。
先代はどうしてホムンクルスたちと協力して〈大災厄〉に臨まなかったのか?
ユミルたちの記憶では地上の文明は〈大災厄〉によって滅び、先代はホムンクルスたちをダンジョンに封印して一人で〈大災厄〉に立ち向かったことになっているからだ。
俺が聞いていた話と、かなり状況は違っている。
俺が過去に跳ばされたことで歴史が変わったのか、もしくは――
「セレスティアの言うことをホムンクルスたちは聞いてくれないのか?」
「無理です。彼女たちは〈
「ん?」
俺を見るセレスティア。なにかを期待するような目。
物凄く嫌な予感がするのだが、俺の気の所為じゃないよな?
「シイナ様。アルカの代役をして頂けませんか?」
案の定、嫌な予感は的中するのだった。
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