第186話 災厄の序曲
メイド服の件で旦那さんと喧嘩でもしたのかと思っていたら違ったようだ。
「二人とも本調子じゃないのに無茶しすぎだ」
先代がまた意識を失って倒れたのだ。
セレスティアの方も大きな火傷を負っていて、エミリアのお袋さんが二人を〈精霊殿〉まで運んできたと言う訳だった。
なんでも、また〈魔女王〉が暴走して、それを二人で止めたらしい。
しかし――
「申し訳ありません。シイナ様に相談する時間が惜しかったと言うのもありますが、カルディアのことは私たちの手でどうにかしたかったのです。結局それもこの有様では、説得力がありませんが……」
セレスティアの火傷も霊薬を必要とするほどの重傷だったが、先代の方が状態で言うなら酷かった。
体調が万全でないのに無理をしたことが理由として大きいだろう。
体内の魔力がほとんど枯渇しているような状態だ。ここまで状態が酷いと
いまは身体を休ませて、自然に回復するのを待つしかなさそうだ。
それに〈魔女王〉の方も問題だった。
「シイナ様、カルディアはどうでしょうか?」
「保って、数日と言ったところだな」
俺の話を聞き、悲痛な表情を見せるセレスティア。
しかし、狼狽えないところを見るに覚悟はしていたのだろう。
先代が〈魔核〉の機能を封印して暴走を止めたという話だったが、既に肉体の崩壊がはじまっていた。それだけなら新たな器を作って〈魔核〉を移植することで問題は解決する。記憶を失うリスクはあるが、いまはそんなことを言っていられるような状況ではないだろう。
だけど、これも前と状況が違い、すんなりといく話ではなかった。
魔女王にもテレジアと同じ呪いが掛かっていたのだ。
「お願いします。カルディアを助けてください。前に仰っていた方法は使えないのですか?」
「そうしてやりたいのは山々なんだけど〈魔核〉まで呪いの侵食を受けているみたいなんだよな」
「ですが、テレジアは……」
セレスティアの言いたいことは分かる。
しかし、テレジアの時と一つだけ大きく違う点があった。
テレジアが受けた呪いは精神の表層部分だけで〈霊核〉を侵食するほどではなかった。 一方で〈魔女王〉はというと〈魔核〉が変異するほどの侵食を受けていた。
その原因は恐らく〈疑似霊核〉だ。〈魔核〉を吸収することで記憶と自我を取り戻すことに成功したが、最初〈魔女王〉には自我がなかった。なのに、あそこまで動けていたのは〈疑似霊核〉のお陰なのは間違いない。
そして、この〈疑似霊核〉というものには――
「あの時は気付かなかったけど、恐らく〈疑似霊核〉には呪いが掛かっていた」
「呪いが……まさか……」
「〈魔核〉を吸収したことで記憶と自我が戻ったと言っていただろう? その時に呪いも一緒に吸収してしまったのだと思う」
呪印のあとが確認できた。しかし、呪いの本体が見当たらなかったのだ。
となれば、〈疑似霊核〉に植え付けられたカルディアの魂と共に〈魔核〉に呪いが吸収されたと考えられる。
正直これは俺のミスでもあった。
あの時、もっと詳しく調べていれば判明していたかもしれないからだ。
「悪かった。俺がもっと詳しく検査しておけば、こんなことにはならなかったかもしれない」
「いえ、シイナ様の所為では……」
結果は同じだったかもしれないが、もっと早く気付いていれば手を講じる時間はあった。
そう言う意味では、やはり俺の責任は免れないと思う。
とはいえ、彼女を救うことを諦めた訳ではない。
殺すだけなら簡単だったのに、先代は彼女を助けようとした。
なのに〈楽園の主〉の名を継承する俺が諦めるのは格好が付かないだろう。
「では、もうカルディアは……」
「いや、助ける方法がない訳じゃない」
「本当ですか!?」
「ああ、裏技みたいなものだけどな」
いまからやる方法は〈魔女王〉だから使える裏技みたいなものだ。
仮にテレジアが同じような状態にあったら、この方法では助けることは出来ないだろう。
それに俺のやろうとしていることはデメリットがない訳ではなかった。
「〈魔核〉を〈分解〉し、呪いと魂を切り分ける」
「そのようなことが可能なのですか?」
「可能か不可能で言えば、可能だ。一応、似たような実験をしたことはあるしな」
霊核の一部から、新たな魂を作ったことなら過去に一度ある。レミルだ。
彼女は俺の〈霊核〉の一部を使って造られたホムンクルスだ。
だから〈魔核〉も同じように、呪いに侵食された部分だけを〈分解〉することは可能だと思う。しかし、レミルの時と大きく違うのは、魂の大部分を呪いに侵食されていることだ。
「〈
「魔槍にカルディアの魂を封印……保存しておくのですね」
先代と長い付き合いだけのことはある。呑み込みが早かった。
その通りだ。俺は〈魔核〉を分解して呪いと魂を切り離そうと考えているが、それだけでは元通りにならない。そうして抽出した魂は、どうしてもオリジナルよりも劣化してしまうからだ。
レミルの時は入念に準備を重ねて、魂の一部から新たな〈霊核〉を形成するのに十年かかった。正直に言って〈魔女王〉はどれほどの時間が掛かるか分からない。 だから彼女の魂が〈霊核〉を形成するのに十分な状態に回復するまで、魔槍に魂を保管しようと考えた訳だ。
依り代がなければ、魂魄だけでは状態を維持できないからな。
宗教を信仰している人に言うと怒らせそうだが、あの世なんてものは存在しない。亡くなった者の魂は時間の経過と共に霧散し、
錬金術も万能ではないと言うことだ。
「とはいえ、ここの設備では無理だな。一旦、先代の研究所に行く必要があるか」
魂の錬成は魔導具の製作とは難易度が大きく異なる。
時間がないとはいえ、失敗が許されない以上は万全の状態で臨むべきだろう。
「でしたらアルカの工房は使えませんか? カルディアとの戦いで半壊して、まだ片付けが済んでいませんが……」
「ここにあるのか?」
「はい。以前、アルカもここに住んでいたことがあるので」
それなら、なんとかなるかもしれない。
確認してみないとなんとも言えないが、先代の工房だしな。
錬金術の道具や一通りの設備は揃っているはずだ。
「なら早速、案内してくれるか?」
「はい、すぐに――」
「〈巫女姫〉様。お客様がいらしています」
セレスティアに工房まで案内してもらおうとしたところで、巫女さんに声をかけられた。
客? またタイミングが悪い。
セレスティアも苛立ちを隠しきれない様子を見せている。
「そんなのは、あとになさい。こちらは今、取り込み中です」
「それが至急お伝えしたいことがあるとか。ディルムンド様から託されたとのことで長老会の印籠をお持ちで……〈楽園〉の貴族の方々がいらしています」
楽園の貴族?
もしかして、俺の知っている人かなと考えていると、
「ディルムンドが長老の印を託した? 楽園の貴族に? どこの誰ですか?」
「アインセルト家とサリオン家の当主様です」
案の定、アインセルトくんの親父さんとオルテシアのお袋さんだった。
◆
「巫女姫様。この度は突然の訪問、お許し頂きたく――」
「そういうのは良いですから、早く用件を言いなさい」
くだらないことであれば、ただでは済まないと言った様子で、アインセルトくんの親父さんの言葉を遮るセレスティア。
並の人間であれば、畏縮してしまうところだが――
「失礼しました。ディルムンド殿が現場を離れることが出来ないため、我々が説明のために出向いた次第です。至急、女王陛下にもお伝えすべきと考えましたので……」
「夫が? なにがあったのですか?」
さすがアインセルトくんの親父さんだ。肝が据わっている。
そんな親父さんの話に真っ先に反応したのは、エミリアのお袋さんだった。
「ネリーシャ殿か。こちらにいたのだな。出来れば、貴殿の手も借りたい状況だ。ロゼリア、頼めるか?」
「ええ、実際にお見せしながら状況を説明した方がいいでしょうしね」
アインセルトくんの親父さんに頼まれ、魔法を発動するオルテシアのお袋さん。
これは――
「〈
炎が広がったかと思うと、周囲の景色が一変する。
遠見の魔法に似ているが、これは遠く離れた場所の景色そのものを投影しているのか。
恐らく、これがオルテシアのお袋さんのスキルなのだろう。
「街中にモンスターが!?」
驚きの声を上げるエミリアのお袋さん。
どうやら屋台通りのようだ。モンスターと戦っている冒険者の姿が確認できる。
そして、また景色が一変する。ここは、まさか楽園か?
楽園でも、街中にモンスターが出現していた。あれはギルド長の秘書さんだ。
冒険者を指揮して対応を行っているようだ。
更に景色が移り変わる。ここは見たことのない景色だ。
どこか別の国だと思うが――
「〈紫の国〉ですね。これは……」
これまでに見たことがないほどの数のモンスターが溢れていた。
まるで
セレスティアの話が確かなら、ここが魔族の国か。
しかし、なにがどうなってるんだ?
「まさか、このモンスターたちは……」
なにかに気付いた様子を見せるセレスティア。
そんなセレスティアの反応を見て、オルテシアのお袋さんは頷きながら、
「お気付きのとおり、このモンスターたちの正体は……
そう説明するのだった。
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