第185話 白亜の杖

 特殊個体は倒したのだが――


「万能薬も効果はなしか」


 まだテレジアが元に戻っていなかった。

 取り敢えず〈精霊殿〉に運んで万能薬を試してみたのだが、効果はなし。目が虚ろで症状は精神支配を受けている様子なのに状態異常・・・・として認識されていないようなのだ。

 とはいえ、テレジアをこのままにしておくつもりはない。


「主様、テレジアさんは……」

「心配するな。俺がどうにかする」


 不安げな表情で尋ねてくるオルテシアに、心配は要らないと伝える。

 俺は錬金術師だ。既存の薬でどうにもならないのなら研究し、新たに開発すればいいだけの話だ。

 そのためにも、まずは情報を整理する。

 状態異常として認識されていないと言うことは、これは俺やセレスティアが掛かっている呪い・・のようなものなのかもしれない。だとすれば、天使の素材を使った魔導具で症状を緩和できたりしないのか?

 ちょっと試してみるか。


「オルテシア、これをテレジアに装備させてみてくれ」

「あ、はい」


 オルテシアに〈黄金の蔵〉から取り出したチョーカーを渡し、テレジアの首につけてもらう。天使の素材で作った魔導具の一種で、セレスティアに渡したペンダントと同じ効果のあるものだ。

 しかし、


「効果はないみたいだな」 


 自我が戻る様子はない。

 どうも根本的なところから考えを変えないといけないようだ。

 呪いを防ぐ効果はあっても、既に呪いに侵されていると効果が薄いのかもしれない。だとすれば、やはり呪いそのものをどうにかする方向で考えるしかないのだろう。

 とはいえ、それが出来るなら、とっくに自分たちに掛かっている呪いを解除している。

 いや、待てよ?


「主様、なにを……」

「これから魔導具を作る」

「いまからですか!? でも、ここにはなにも――」


 黄金の蔵から必要な素材を取りだし、スキルを使用する。

 設備が整っていた方が効率が良く、錬金術の研究が捗るのは確かだ。

 しかし、既に見たことのあるものを模倣・・するだけなら研究室も実験道具も必要ない。

 俺のスキルは錬金術に特化したものだ。素材さえあれば、事足りる。


構築開始クリエイション


 素材を〈分解〉し、望むカタチに〈構築〉する。

 既に〈解析〉したデータは頭の中にある。それをイメージして模倣するだけだ。

 しかし、稀少な素材を随分と使用する上、かなり作成難易度の高い魔導具だ。

 魔導具の製作に長けている俺でも、相当に集中力を要される作業だった。

 一分が一時間にも感じられる時間の中で魔力を研ぎ澄まし、想像イメージ現実カタチに変える。


「できた。安直だが〈白亜の杖〉とでも名付けるか」


 光が収まったかと思うと、俺の手には真っ白な杖が握られていた。

 そのままのネーミングだが、重要なのは名前じゃないしな。

 このどこかで見たことのある形状の杖。既に気付いているかとは思うが、褐色美少女が俺に修理を依頼してきた魔導具だ。

 あの杖には〈万能薬〉に近い効果が付与されていた。

 既に〈万能薬〉を試している以上、効果はないのではないかと思うかもしれないが、あくまで近い効果・・・・だ。俺の開発した〈万能薬〉は状態異常を感知して正常な状態に戻す薬だが、この杖は違う。

 結果的には状態異常を治す効果があるのだが、これの効果は〈快復〉ではなく〈浄化〉だ。

 身体の悪いところを〈浄化〉することで、病魔を祓う・・杖。

 どうして、そんなものを魔族が持っていたのかは分からないが、杖を使った時に褐色美少女の身体からでてきた黒いモヤ。あれが呪いの正体なのだとすれば、もしかすると――


「頼む。上手く行ってくれ」


 杖をテレジアに掲げ、浄化の光を浴びせるのだった。



  ◆



 カルディアの身体から溢れ出す魔力が炎の嵐となって、アルカとセレスティアに襲い掛かる。

 しかし、その時だった。


「――〈凍れる灰の世界コキュートス〉」


 絶対零度の吹雪が炎を呑み込み、カルディアに襲い掛かったのは―― 

 森が、世界が凍り付く。すべての生命が活動を停止する絶対零度の領域。

 この灰色に染まった世界では炎さえも凍り付き、活動を停止する。

 それが――


「ネリーシャ!?」


 エミリアの母親にして〈青き国〉が誇るオリハルコン級冒険者。

 ネリーシャのユニークスキル〈凍れる灰の世界コキュートス〉だった。

 

「駆けつけるのが遅くなって申し訳ありません」 

「いえ、助かりました。ですが、その格好は一体……」

「夫のディルムンドがシイナ様から賜った魔導具です。このメイド服というものは高貴な方にお仕えする従者の服だと楽園では伝わっているとか。まさに神人にお仕えするに相応しい正装。そのようなものを賜った栄誉と幸運に感謝し、お力になるべく参上しました。それで、セレスティア様。シイナ様はいらっしゃらないのですか?」


 胸を張って答えるネリーシャの話を聞き、訝しげな目でアルカを見るセレスティア。そんなセレスティアの視線に気付き、アルカはそっと顔をそらす。

 貴族制度やメイド服を楽園に広めたのはアルカだからだ。

 あの時は『ファンタジー世界と言えば、これが定番でしょ』という軽いノリで貴族制度を作って文化を広めたのだが、まさかこんなことになるとは本人も思ってはいなかったのだろう。


「そんなことよりもカルディアだよ!」

「誤魔化しましたね。まあ、いいでしょう。カルディアのことが優先なのは確かですから」


 アルカのことは後回しにして、カルディアに意識を向けるセレスティア。

 ネリーシャのスキルで目の前には、灰色に染まった景色が広がっていた。

 まるで空間そのものが切り取られ、停止しているかのようにも見える。

 しかし、


「どの程度、保ちそうですか?」

「……正直に言うと分かりません。一つ言えることは、私では時間を稼ぐので精一杯と言うことだけです」


 カルディアの魔力はまったく衰えていなかった。

 そのことにセレスティアは勿論、ネリーシャも気付いていた。

 魔女王の二つ名は伊達ではない。戦闘力ではアルカとセレスティアに譲るが、魔法の知識と技術だけで言えばカルディアの右にでる魔法使いはいない。その上、ホムンクルスとなったことで肉体が強化されただけでなく魔力量も生前より増しているのだ。

 不幸中の幸いは、カルディアの体調が万全ではないことだ。それは先に見せた結界魔法からも明らかだ。生前の彼女であれば、建物だけでなく国を覆うような巨大な結界も楽々と展開することが出来た。

 それが出来ないと言うことは、繊細な魔力操作が難しくなっていると言うことだ。

 力を使えば使うほどに寿命が縮むと言っていたが、影響はそれだけではないのだろう。

 このまま放って置いても自滅する。そうと分かっていても――


「なら、私の出番だね」

「アルカ……出来るのですか?」

「誰に言っているんだい? 最近は後輩くんに見せ場を奪われてばかりだけど、私は〈至高〉の二つ名を持つ錬金術師だ。同じ過ちは繰り返さないさ。今度こそ、カルディアを救ってみせる」

「では、お手伝いします。あの子を救いたい気持ちは、私も同じですから」


 セレスティアとアルカは親友カルディアを見捨てるつもりはなかった。

 十年前の悲劇を繰り返さないため、二人は困難な戦いに臨むのだった。



  ◆



 結論から言うと、上手く行った。

 テレジアの身体から黒いモヤ――呪いは完全に除去された。

 思った以上に、呪いに対するこの杖の効果は高いようだ。

 とはいえ、俺の呪いに効果があるのかは微妙なところではあるけど……。

 まだ試してみた訳ではないが、これで解除できそうな気はしないんだよな。

 同じように見えて、呪いの種類が違うのかもしれない。


「ん……」

「テレジアさん!」


 テレジアの名を叫ぶオルテシア。

 どうやらテレジアが目を覚ましたようだ。


「ここは……私は一体……」


 まだ頭がぼんやりとしているようで、自分の身に起きたことを理解してないようだ。

 しかし、


「ご主人様、私は……」


 俺と目が合ったことで、ようやく状況を理解したらしい。

 子供のように震えるテレジアに近付き、優しく抱きしめる。


「心配するな。お前はなにも悪くない」


 そう、悪いのはあの羽虫・・だ。

 元から先代に協力するつもりではいたが、俺にも理由が出来た。

 俺の家族に手をだした報いは必ず受けさせる。

 あの羽虫どもは一匹残らず狩り尽くして素材に変えてやる。


「ご主人様……やはり、私はあの男のことを知っているようです」

「そう言えば、そんなことを言っていたな。それって、俺も知っている奴なのか?」

「いえ……ご主人様はご存じではないはずです。私が知っているのは、あの男が人間であった頃の話ですから」

「……もしかして、記憶を取り戻したのか?」

「はい。すべてではありませんが……」


 これは驚いた。怪我の功名という奴だろうか?

 シオンや〈魔女王〉に続いて、テレジアまで前世の記憶が戻るとはな。


「ご主人様に話しておきたいことがあります。あの男は――」


 テレジアが過去を語ろうとした、その時。


「シイナ様! お助けください!」


 メイド服を着たエミリアのお袋さんが助けを求めて、部屋に駆け込んでくるのだった。

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