第184話 黄昏の光

 身代わりのタリスマンが壊れた。

 警戒しながら振り返ると、剣を持ったテレジアが斬り掛かってくる姿が見えた。


「テレジア!?」


 どうやら先程のは、背中から剣を突き立てられそうになったようだ。

 オルテシアの時と同じだ。魔力を限界まで抑え、魔力を一切帯びていない鉄製の剣で不意を突いたのだろう。

 だから〈反響の指輪リフレクションリング〉も反応しなかった。

 これは今後のことも考えると、なにかしらの対策を講じた方が良さそうだな。

 しかし、


「聞こえていないのか?」


 テレジアの様子がおかしい。目が虚ろで意志を感じない。

 まるで、なにかに操られているかのようだ。


「テレジア、目を覚ませ!」


 呼び掛けてみるも反応はない。

 やはり〈魔女王〉の時のように自我を失っているようだ。

 状況から察するに原因として最も怪しいのは、やはり特殊個体だろう。


「この代償は高くつくぞ」


 俺には絶対に許せないものが二つある。

 それが、自分の作品・・を穢されることと家族・・を傷つけられることだ。

 テレジアは俺の作品むすめであり、家族だ。

 その彼女を操って俺の命を狙うなど、到底許せることではなかった。


「テレジア、悪いが少し眠っていてくれ」


 栄光の手ハンズグローリーを使ってテレジアを地面に抑え込む。

 いつもの彼女ならこんなにも簡単に拘束されたりはしないだろうが、自我がないということは動きが単調になると言うことだ。正直、いまの彼女を俺はまったく脅威に感じていなかった。

 問題は――


「やはり対策・・をしてきたか」


 特殊個体が身を守るための結界・・を展開する。

 テレジアが俺の弱点をついてきたことから、なんとなく察しは付いていた。

 恐らくこいつはテレジアを操るだけでなく、彼女の記憶を読んでいる。だから、俺の〈分解〉への対策も講じられたのだろう。

 俺のスキルへの対策。それは簡単で、結界を展開すればいい。

 勿論、展開された結界を〈分解〉することは可能だ。しかし、俺のスキルは一度に一つの対象にしか効果を発揮しない。それに構造を最初から理解できているものならともかく、そうでないものは〈解析〉にも相応の時間が掛かる。

 結界を構築している魔法式を〈解析〉して〈分解〉する。そんな時間を悠長に与えてくれる敵はいないだろう。それに解除されれば、また張り直せばいいだけのことだ。

 分かっていれば、対策の容易なスキルと言う訳だ。

 戦闘用のスキルではないと言っている理由がここにある。

 あくまで〈大いなる秘術アルス・マグナ〉は錬金術をサポートする複合型のスキルだからだ。

 だが、


「それで対策したつもりなんだろうが、錬金術にはこういう使い方もある」


 錬金術とは〈解析〉〈分解〉〈構築〉の三段階からなる創造の力だ。

 俺はこの力で様々な魔導具を生みだしてきた。

 それは即ち、様々なスキルを〈解析〉してきたと言うことだ。

 そのなかには〈原初はじまり〉の六人のスキルも含まれている。

 魔王の名を冠する権能。〈魔王の権能ディアボロススキル〉が――


大いなる秘術アルス・マグナ――」


 錬金術の基礎にして奥義。大いなる秘術アルス・マグナを発動する。

 いつも使っているじゃないかって? 確かにそうだが少し違う。俺はいつもこのスキルを〈解析〉〈分解〉〈構築〉の三段階に分けて、それぞれ異なる個別のスキルとして使用している。その方が魔力消費が少なく、魔導具製作をするには効率が良いからだ。

 しかし、本来の〈大いなる秘術アルス・マグナ〉は複合スキルだ。

 すべての工程を並列して実行することで本来の力を発揮する。


「〈並列処理マルチプロセス〉開始――プライマルコードVI〈無色の軍勢アウラ・ゲニウス〉を起動」


 俺が魔法式コマンドを口にすると、無数の魔力体・・・が現れる。

 スカジのスキル〈白き国を守護せし者アウラ・ゲニウス〉を俺なりに再現したものだ。

 とはいえ、あくまで事象の再現・・・・・に過ぎないのでオリジナルには及ばないのだが、注意を引くには十分だ。


「プライマルコードI――」


 百を超える魔力体が時間を稼いでいる間に、圧縮された魔法式を展開する。

 空を覆う巨大な魔法陣から無数の光が差し込む。

 これから俺が使うものは三十年の集大成と言えるものだ。

 錬金術を学び、研究し、辿り着いた一つの終着点。

 これまで一度も成功したことはないが、いまなら恐らく――


黄昏の光ラグナレク・ロア


 創造と対を為す破壊の力が解き放たれるのだった。



  ◆



「凄いわね。これは……」


 星の中心にまで繋がっているのではないかと思えるほどの大穴を覗き込んで、息を呑むカルディア。

 椎名の放った〈黄昏の光ラグナレク・ロア〉で出来たものだ。効果範囲こそ絞られてはいるが、その破壊力はアルカの〈栄光の太陽サンズグローリー〉を凌ぐほどのものだとカルディアは推察する。

 それに、この魔法の痕跡には見覚えがあった。


「アルカ……これはもしかして……」

「ああ、間違いない。彼、〈原初の魔王〉の力を再現したみたいだね」


 なにかに気付いた様子を見せるセレスティアに、アルカは間違いないと答える。

 原初の魔王。それは、ダンジョンの最深部を守護していた魔王の名であった。

 忘れるはずもない。〈三賢者〉全員で挑んで死にかけたほどの強敵だったからだ。


「あの力を再現しようとするなんて……錬金術師というのは、みんなそうなのですか?」

「……それ、私に聞いてる?」

「他にいますか? カルディアでさえ封印した方がいいと忠告したものを、勿体ないからと言ってホムンクルスの実験に使うような人が?」

「で、でも、上手く行った訳だし……」

「結果論です。そもそも、彼女・・が暴走するようなことがあったら世界が滅びますよ?」


 自分たちでも止められないと、弁明するアルカにセレスティアは呆れながら話す。

 アルカが〈原初の魔王〉の魔核から製造したホムンクルス。それが、〈原初〉の名を与えられた最初の一体。はじめての成功例にして完成型と言える人造星霊ホムンクルスであった。

 その力は神人すら超える。

 そんなものを好奇心から生みだしたアルカに、セレスティアが呆れるのは当然だ。

 

「でも、未来の世界では彼と上手くやっているみたいだよ?」

「……みたいですね。正直、いまの彼女たちからは想像も付きません」

「だろうね。その辺りの成長を期待して三大貴族にエクストラナンバーを預けたんだけど、彼女たちも上手く人間社会に溶け込めているかと言えば、ちょっと怪しいところだしね」

「だからと言ってあの子たち・・・・・におかしなことばかり教え込むのも、どうかと思いますよ……」


 アルカがホムンクルスに勉強と称して、おかしなことばかりを教えているのを知っているからこそのツッコミだった。

 感情の起伏に乏しく人間らしさに欠けるホムンクルスたちを心配してのことだとは思うが、それでも知識が偏り過ぎているとセレスティアは以前からアルカの教育方針に疑問を持っていた。

 そんななか――


「カルディア? どうかしたのですか?」


 カルディアの様子がおかしいことに気付き、声をかけるセレスティア。

 苦しげな表情で胸を押さえ、なにかに耐えている様子が見て取れる。

 

「……逃げて……アルカを連れて早く……」

「なにを言って……」

「ティア! いますぐにカルディアから離れるんだ!」


 アルカの声に驚きながらも咄嗟に飛び退くセレスティア。

 その直後、カルディアの身体から膨大な魔力が溢れ出し、紅蓮の炎が天に向かって立ち上る。

 それは〈紅き創星の炎プロミネンスノヴァ〉の光だった。


「まさか、魔力暴走!?」


 十年前の記憶が鮮明に蘇る。

 あの時と同じ光景。しかし、疑似霊核は椎名が既に取り除いたはずだ。

 ガブリエルの命令もきかなかったはずなのにどうしてと、セレスティアの頭に疑問が過る。


「……ガブリエルの狙いが分かったわ」

「カルディア、まだ意識が!?」

「余り長くは保たない……だから、アルカ。取り返しがつかなくなる前に、ホムンクルスたちを楽園に……ダンジョンに封印して……」

「なにを言ってるんだ?」


 カルディアがなにを言っているのか理解できず、困惑するアルカ。

 そんなアルカを見ても、カルディアはなにかに耐えながら淡々と話を続ける。

 しかし、


「……声が聞こえるのよ。頭の中をかき乱すように、抗えない声が……たぶん、これは……ダメ! もう……」

「カルディア!?」


 話を終える前にカルディアの瞳から光が消え、炎の嵐が吹き荒れるのだった。

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