第183話 ライフドレイン
建物が激しく揺れる。
「静まれ!」
円環の間に響く大きな声で鎮めるディルムンド。
冒険者らしからぬ情けない姿に呆れながらも無理もないという考えが頭を過る。
力を解放したガブリエルと対峙した時は、ディルムンドですら足が竦むほどの絶対的な力の差を感じ取ったのだ。現役のオリハルコン級の冒険者でさえ恐怖を覚える相手と対峙した直後に、この揺れだ。取り乱すなと言う方が無理があった。
とはいえ、
「シイナ殿が……新たな神人がこの国を守るため、不甲斐ない我々のために戦っておられるのだ。お前たちの為すべきことはなんだ? 恐怖で取り乱し、騒ぐことか? 違うだろう!」
ディルムンドの言葉に、ハッと我に返る冒険者たち。
いま自分たちが出来ること。そんなものは分かりきっている。
「既に衛兵たちは行動を開始しているはずだ。お前たちも冒険者なら役割を果たせ」
ディルムンドの号令で、一斉に行動を開始する冒険者たち。
戦えないまでも出来ることはある。いま、この状況で一番恐怖を感じているのは何も知らない一般の人々だ。そうした人々を安全な場所まで避難させ、モンスターの更なる襲撃に備えることも大切な仕事だ。
恐怖で取り乱したものの、この状況で自分たちが出来ることを彼等は理解していた。
「〈神樹の森〉の方からみたいじゃな」
「ええ、凄い力を感じます。これは……少々まずいですね」
世界樹の方角を見ながら、話をするサテラとコルネリア。
神樹の森と言うのは〈精霊殿〉のある森のことだ。
魔力探知が得意でなくとも感じ取れるほどの力が、森の方角に渦巻いていた。
「アルカ、これはもしかすると……」
「うん、暴走しているみたいだね。彼に追い詰められて
セレスティアとアルカの話を聞き、深刻な表情を見せるサテラとコルネリア。
魔力暴走の危険性は二人もよく理解しているからだ。
これが普通の人間であれば、そこまで深刻に考える必要はないが相手はあの天使だ。仮に周囲を巻き込んで魔力爆発を引き起こすようなことになれば、この街は――いや、この国は消滅する。
世界樹諸共、この世界から消えてなくなるだろう。
深刻な状況であることは間違いなかった。
なのに――
「……その割に二人は落ち着いているわね」
「後輩くんがいるしね」
「シイナ様がいらっしゃいますから」
落ち着いた様子の二人にカルディアは理由を尋ね、そして呆れる。
しかし、
「確かに彼ならどうにかしてくれそうな予感はするわね」
どのみち椎名にどうしようもなければ、他の誰にもどうすることは出来ない。
いまから逃げたところで間に合いはしないだろう。
自分たちが助かる道は椎名に賭けるしかないと、カルディアにも分かっていた。
「そう言えば、アルカ。あの男のこと、本当に知らないの?」
「あの男って、司教のこと? 会ったことはないと思うんだけどな……」
「あっちはそんな雰囲気じゃなかったけどね」
カルディアの問いに記憶に無いと答えるアルカ。
しかし、ガブリエルの反応を見る限りでは、そのような感じではなかった。
あれは間違いなく深い憎しみと怒りを抱いた者の目だ。
とはいえ、アルカの性格を考えれば、
「アルカのことですから、またどこかで恨みを買ったのでは?」
「たぶん、そうよね。逆恨みだとしても、どこで恨みを買っていても驚かないわ」
「キミたちね……」
知らない間に恨みを買っていても不思議ではないと、お互い納得した表情で頷くセレスティアとカルディアにアルカが不満を口にしようとした、その時だった。
「どうしたのじゃ!?」
緑の国の女王が突然、倒れたのは――
心配して駆け寄るサテラだったが、倒れているのはコルネリアだけではなかった。
バタバタと倒れる各国の代表と、その補佐たち。
それだけではなく〈円環の間〉の警備に当たっていた兵士までもが次々に倒れていく。
「カルディア!」
「もう、やってるわ!」
すぐに状況を察したカルディアが、アルカの言葉を待つよりも先に魔法を発動していた。
カルディアが両手を空に掲げると光の障壁が建物を包み込み、結界で閉ざす。
「さすが見事な結界ですね」
「お世辞はいいわ。いまの私じゃこれが限界……」
セレスティアの評価に対して、納得の行かない様子を見せるカルディア。
謙遜などでなく全盛期の自分と比較して、力の衰えを感じてのことだった。
以前のカルディアなら、一瞬で国を覆うような結界を構築できていたからだ。
まだ体調が完全に戻っていないというのも理由にあるが、不完全な状態で復活したことが理由として大きいのだろう。
「この症状は……我が国で広まっている呪いに似ておる」
「そう言えば、そんなことを言っていましたね」
「なら状況から言って、それもあの司教の仕業と考えるのが自然だろうね」
セレスティアとアルカの話を聞き、怒りに震えるサテラ。
信頼を寄せていた相手が呪いを広めた張本人だと聞かされれば、その反応も無理はない。
「アルカ。この呪いは……」
「ああ、生命力を吸収するみたいだね。それも、かなり強力な呪いだ」
高位のアンデットが同じような呪いを使うが、それよりもずっと強力なものだとアルカはセレスティアの疑問に答える。このまま放って置けば、大勢の死者がでかねないほどのものだ。
下手をすれば、これだけで国が滅びる。
「私たちにできることは時間稼ぎくらいだね」
「動ける人間で手分けして、住民を避難させましょう。ディルムンド、聞いていましたね?」
セレスティアの言葉に頷き、すぐに行動を開始するディルムンド。
まだ動ける兵士を伴い、建物の外へと走って行く。
「レティシア、キミも頼む。キミなら結界の外でも動けるだろう?」
「陛下のご命令とあれば」
臣下の礼を取り、レティシアもディルムンドの後を追い掛ける。
そして、アルカたちも犠牲者を少しでも減らすため、行動を開始するのだった。
◆
「テレジア、怪我はないか?」
「はい、申し訳ありません。足を引っ張ってしまったみたいで……」
「気にするな。ほとんど不意打ちみたいなものだったしな」
木々は枯れ、大地も砂のように干からびてしまっている。これはあの特殊個体が、周囲の生命力を根こそぎ吸収した結果だ。そのため、
恐らくは、これがあの特殊個体の
結界を張るのが遅れれば、俺やテレジアも干からびていたかもしれない。
「既に自我はないようだな」
自身の限界を超えて魔力を吸収した結果、完全に魔力暴走を引き起こしていた。
スキルも暴走しているみたいだし、放って置くのは危険だな。
森が干からびる程度では済まない。このまま効果範囲が広がっていけば、死傷者もでるだろう。
最悪、国が滅びる可能性があった。
「ご主人様、少しよろしいでしょうか?」
「どうかしたのか?」
「先程の
俺が感じていたような既視感を、テレジアも感じていたようだ。
共通の知り合いだったりするのだろうか?
でも、テレジアにはシオンや〈魔女王〉と違って前世の記憶がない。
だとすれば、目覚めてから出会った人物と言うことになるのだが――
(ダメだな。さっぱり思い出せん)
記憶を辿るも、まったく思い出せそうになかった。
天使の上位種は基本的に全員イケメンなのだが、あの特殊個体は顔は整っているがどことなく幸が薄そうな冴えない風貌をしていたしな。記憶に残っていないのは、たぶんそれが理由だろう。
「ご主人様……あれから情報を得ることは出来ないでしょうか?」
いや、無理だろう。もう自我はなさそうだしな。
それに――
「テレジア、あれは
言葉が分かるからと言って、モンスターはモンスターだ。
何度も言うようだが、言葉が分かることと話が通じるかは別の問題だ。
俺がその結論に至ったのは、既に何度も実験を試みているからだった。
多種多様なスキルが存在するのにモンスターを使役するスキルが存在しないのは、ダンジョンが人間の敵として生みだしたのがモンスターだからではないかと俺は考えていた。
だから根本的に理解し合うことが難しい。言葉は話せても会話にならないのだ。
しかし、テレジアがそのくらいのことを理解していないとは思えない。
やはり、今日の彼女はどこか変だった。
「テレジア、少し下がっていろ」
「……はい」
テレジアを下がらせて、特殊個体に向かって手をかざす。
魔力暴走を引き起こしているのなら、やるべきことは単純だ。
サンクトペテルブルクで一度やったように、こちらで魔力を制御してやればいい。
そして、
「
スキルを発動した直後――
「――ッ!」
身代わりのタリスマンが一つ、砕け散るのだった。
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