第175話 魔女王
「地震? いや……」
建物が大きく縦に揺れる。
最初は地震かと思ったが、これは――
「ご主人様――」
「主様!」
テレジアとオルテシアが慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
その直後、更に大きな地響きが鳴り、精霊殿の建物の一角が崩れる。
折角、直したのに……と言っている場合ではないか。
この魔力反応。どうやら、先代が何者かと戦っているようだ。
「二人も感じたか?」
「はい。ですが、これは……」
珍しく困惑した表情を見せるテレジア。無理もない。
なにと戦っているのかは分からないが、先代の魔力反応が明らかに小さくなっていた。
弱々しく、まるで死にかけているかのようだ。
「行くぞ」
俺の言葉に頷き、後を付いてくる二人。
しかし、本当になにが起きているんだ? 〈
だとすると余程の化け物か、先代が油断するような相手と推察できる。
「見つけた――二人は先代を頼む」
崩れた建物の近くで先代と敵と思しき人影を見つけ、俺は一気に加速する。
先代が深手を負うような相手だ。最初から出し惜しみなどせずに全力で行く。
「
髪の色が灰色に変わり、瞳が黄金へと変化する。
理由はよく分かっていないが、魔力炉と接続すると身体に起きる変化だ。
たぶん身体に収まりきらないほどの膨大な魔力を取り込んだ影響なのだろう。
実際、漏れ出た魔力を俺は身体に纏わせることで制御していた。
原理はテレジアの魔法や先代の〈
これなら魔力を無駄にすることもなく身も守れて一石二鳥だしな。
「そこまでだ」
トドメを刺そうと先代に向かって槍を突き出す人影に、横から腰に抱きつくように体当たりする。
魔法を使わないのかって? これだけ勢いがついてたら距離を詰めた方が早いし、俺はそもそも格闘技なんて一切できないからな。なら格好を付けてパンチや蹴りで攻撃するよりも、魔力を全開にして体当たりした方が確実だ。
しかし、この柔らかな感触――
「……女?」
人型のモンスターかと思ったら人間だった。それも女性だ。
一瞬の戸惑いから俺の力が緩んだ瞬間に拘束を解き、距離を取る女。
その反動でフードが取れ、顔があらわになる。
「……人間じゃない? まさか、ホムンクルスか?」
長い銀色の髪に、金色の瞳をした女性だった。
人間かと思ったが、これは……間違いない。ホムンクルスだ。
どうしてホムンクルスが先代を襲っていたのか分からないが、誰かに似ているような気がする。はじめて会ったはずなのだが、一体誰に――
あ、そうか。スカジに雰囲気が似ているのだ。
「カルディア!?」
と考えごとをしていると、セレスティアの声が後ろから響いた。
騒ぎに気付いて、俺たちの後を追ってきたようだ。
「カルディアがどうして……」
「セレスティア様。その名前って……」
「はい。〈白き国〉の女王。〈魔女王〉の名で知られる私とアルカの仲間です」
セレスティアとオルテシアの話を聞いて、なるほどと納得する。
この人が噂の魔女王か。でも、十年前に死んだと聞いていたのだが……。
いや、でも髪と瞳の色から察するにホムンクルスみたいだしな。先代が魔女王の霊核を使って復活させた可能性もあるのか?
ホムンクルスになることを生き返ると言っていいのかは分からないが、実際その方法なら死者を復活させることは可能だ。もっとも前世の記憶を継承することはないので、魂だけを継承した別人と言った方が正しいのだが――
しかし、どこか様子がおかしい。目が虚ろで、まるで人形のように生気を感じ取れない。
その上、彼女の手には――
「あれは〈魔核〉?」
魔核と思しき
どうして、そんなものを持っているのかと疑問を抱く俺に――
「あれは……カルディアの〈魔核〉だ。私がずっと保管していた……」
瀕死の重傷を負った先代が答える。
「テレジア」
「既に治療をはじめています。ですが……」
急いで先代を治療するようにと指示をだそうとしたが、既に彼女の手には霊薬が握られていた。もしもの時のためにと何本か渡しておいた霊薬の一つだ。
霊薬の瓶は既に空になっていて、どうやら既に傷は塞がっているらしい。
なのに先代の顔色は青いままだった。
むしろ、回復するどころか徐々に弱々しくなっていた。
「なら、
「……無駄だよ。致命傷は避けたけど、これは魔法薬で回復するような傷じゃない」
万能薬をテレジアに向かって投げるが、先代は治療を拒否する。
「どういうことだ?」
「あの槍の効果さ……。〈
それが限界だったのか、先代は意識を失う。
死んではいないようだが、衰弱が酷い。
そのため、身体が強制的に意識をシャットダウンしたのだろう。
「テレジア、念のため〈万能薬〉を先代に飲ませてやってくれ」
「畏まりました」
先代の言うように無駄だとしても、なにもしないよりはマシだろう。
しかし〈
先代が作った魔導具の一つと聞いている。
使用者のイメージに応じて、様々な形状に変化する武器だったはずだ。
スカジがレギルを相手に自慢気に話していたのを覚えていた。
効果は確か――
「シイナ様!」
セレスティアの叫ぶ声が聞こえる中、魔女王の攻撃が迫る。
やはりそうだ。〈
正確には、この槍が吸収できるのは魔力だけではない。どちらかと言えば、魔力を吸収する効果は副次的なもので、本来の能力は英雄の魂を〈
スカジの〈
「相変わらず、凄い効果だ。だが、油断したな」
「――ッ!」
俺の胸に槍の尖端が触れた直後、身代わりのタリスマンが発動し、砕け散る。
どんな攻撃でも、致命傷に至る攻撃は確実に一回防いでくれるという御守りだ。
肉を切らせて骨を断つという言葉があるように、攻撃の瞬間にこそ隙は生まれる。
大抵、一撃必殺の武器を持っている相手というのは、攻撃が決まったと思った瞬間に油断をするものだ。
「
先代の技を拝借し、背中から地面に叩き付け、そのまま身動きが取れないように押さえ込む。
魔力に分解すると言っても、どんな攻撃でも防げる訳じゃない。
ようするに槍の尖端に触れなければ攻撃は通る訳だ。
「……シイナ様、大丈夫なのですか?」
「ああ、問題ない。まだ残機はあるし、補充すればいいだけだから」
「ザンキ?」
この現代ネタはセレスティアには通用しないようだ。
実際、稀少なものでメイド全員に行き渡るほどの数はないと言っても滅多に使うものではないし、俺一人で使うなら十分過ぎるほどの量が〈黄金の蔵〉には仕舞ってある。
常に三個は携帯しているし、一個くらい消費しても問題はなかった。
「諦めろ。この拘束は簡単には――」
解けないと忠告しようとしたところで、魔女王の魔力が跳ね上がる。
どういうことかと確認すると、先程まで右手に持っていた〈魔核〉が見当たらない。
「まさか、〈魔核〉を取り込んだのか?」
虚ろだった瞳に光が宿り、魔力が更に増大する。
魔力炉に接続した俺に匹敵するほどの絶大な魔力だ。
しかも暴走したセレスティアの時と違い、魔力の密度が桁違いだった。
暴走などではなく、完全に自分の力を制御できているとしか思えない。
まずいな。
「
拘束を諦め、魔力炉の出力を全開にして防御に魔力を集中する。
その直後、白い閃光が視界を覆い隠すのだった。
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