第176話 魔法の極み

 もくもくと立ち込める白い煙。〈精霊殿〉の建物は半壊し、まるで隕石でも落ちたあとかのように爆発で出来たクレーターに川の水が流れ込み、森の中心に円形にくりぬいた大きな湖が現れていた。

 魔女王、カルディアの放った魔法によって――


「一体なにが……」


 最高ランクの魔法を軽々と凌駕するほどの破壊力だ。

 一人の人間が為したとは思えないほどの光景が目の前には広がっていた。

 なのに怪我一つ負っていないことを不思議に思いながら、オルテシアは周囲の状況を確認する。

 すると――


「主様」


 雷鳴のような轟音に気付き空を見上げると、そこには椎名とカルディアの姿があった。

 どうやって空を飛んでいるのかは分からないが、目で追い切れないほどの速さで激しい攻防が繰り広げられているのが見て取れる。攻撃を放つ度に大気が震え、轟音が鳴り響く様は、とても只人に立ち入れる戦いでないことは明らかだった。

 それに――


「気付きましたか? シイナ様が魔力障壁を広域展開して守ってくださったのです」


 自分たちの周りだけ被害が少ないことにオルテシアが気付くと、セレスティアがその理由を説明する。〈精霊殿〉の建物が全壊を免れたのは、シイナが咄嗟に展開した魔力障壁のお陰だった。

 それがなければ建物は全壊し、ここにいる全員が命を落としていただろうとセレスティアは話す。それだけの破壊力がカルディアの放った魔法には込められていたからだ。


「悔しいですか?」


 心を見透かすかのように、セレスティアはオルテシアに語りかける。

 複雑な表情で空を見上げるオルテシアを見れば、なにを考えているかなど想像が付くからだ。

 きっと彼女は怒っているのだろう。

 自分の不甲斐なさに、椎名の力になれず守られてばかりいることに――

 気持ちは分からないでもなかった。

 そうした悩みを抱える者たちを数え切れないほどセレスティアは見てきたからだ。

 神人とは人間の限界を超越した者。神の領域に踏み込んだ人間のことだ。

 空を見上げるしかない只人が、遥か雲の上にいる神の力になれるはずもない。

 これは神人に仕える者が一度は陥る悩みだ。

 大抵の者は諦め、それを仕方がないと受け入れた時、忠誠は信仰へと変わる。


「その気持ちを忘れないでください。そうすれば、あなたはもっと強くなれます」


 だからこそ神人は孤独で、寄り添う者が必要だとセレスティアは考えていた。

 アルカがまさに、そうした人生を歩んできたのを見ているからだ。

 ホムンクルスの研究をアルカがはじめたのは、まさにそれが切っ掛けだったのだろう。

 魔導具を人間に与えたのは、あの時のアルカはまだ人の可能性を信じていたからだ。弟子を取ったのも自分のように人間の限界を超える者が現れるのではないかという期待があったのだろう。しかし、誰一人として神の領域に至ることは出来なかった。

 アルカの目に適う結果を見せたのはカルディアだけだ。だから、アルカは人間に見切りを付けた。そして、誰一人として辿り着けないのであれば、自分の手で人間を超えた存在を作ってしまえばいいと考えた。

 そうして生まれたのが、ホムンクルス。人の魂と星霊の力を宿した人造星霊。

 しかし、それが本当に正しいことだったのかは、セレスティアにも分からない。

 だからこそ、願わずにはいられないのだ。

 椎名に心から信頼できる家族が、友人が、理解者が現れてくれることを――


「アルカの容態はどうですか?」

「いまのところ落ち着いています。完治とまではいきませんが、ご主人様から頂いた〈万能薬〉の効果があったようです」

「……〈万能薬〉が?」


 テレジアの話を聞き、驚いた様子を見せるセレスティア。

 アルカが受けた〈女王の魔槍レジーナ・ハスタ〉の効果は一種の呪いと言えるものだ。

 この世界に古の時代から伝わる神器は、神が自らの手で創造したものだと伝えられている。だからこそユニークスキルにも匹敵する力を持ち、アルカでさえ再現の出来ない神秘を秘めていた。

 そんな神の呪いと言えるものを〈万能薬〉で治療できるなど聞いたことがない。それに〈万能薬〉の素材となるのは〈世界樹の実〉だ。しかし〈世界樹の実〉にそんな効果がないことはセレスティアが一番よく知っていた。


「そう言えば、アインセルト家の令嬢をシイナ様が〈万能薬〉で治療したとイスリアが言っていましたが……まさか一時的な快復ではなく、一度の治療で完治させた?」


 あの時は気に留めなかったが、よく考えると〈魔力欠乏症〉はダンジョンから与えられた力に適応できなかった者の身体にあらわれる症状だ。その原因はスキルの力に対して、器となる魂の力が見合っていないからだと言われている。 

 魔力を循環させるために必要な魂魄の機能が損傷し、生じる病だ。即ち、完治させるには損傷した魂魄を修復する必要がある。しかし〈万能薬〉はあくまで身体の異常を治す薬だ。どんな病気や状態異常も治す薬ではあるが、損傷した魂を修復する力があるなど聞いたことがない。

 一時的に症状がよくなることはあっても〈万能薬〉で〈魔力欠乏症〉が完治することはなかった。


「まさか、シイナ様は既に……」


 アルカでも到達し得なかった領域に辿り着いているのかもしれないと、セレスティアは考える。

 以前アルカが言っていた言葉が頭を過ったからだ。


『錬金術師というのは凄いのですね。その力を使えば、なんでも出来るのではありませんか?』

『なんでもは無理だよ。私にだって出来ることと出来ないことがある。でも――――に至ることが出来れば、大抵のことは出来るようになるんじゃないかと思うけどね』

『――――ですか?』

『そう、錬金術の奥義にして世界の理。私はね。こう思っているんだよ。この世界は神によって創造された。なら――』


 ――神と呼ばれる存在がいるのだとすれば、それは錬金術師じゃないかってね。

 それが、アルカが目指した錬金術の極み。

 数多の錬金術師が夢見て辿り着けなかった世界の真理であった。


  

  ◆



 まさか、空中戦をすることになるとは思っていなかった。

 こんなこともあろうかと〈重力制御〉のスキルを付与したブーツを作っておいてよかった。

 慣れるまでが大変だが、上手く使えば空を自由に飛ぶことも可能な魔導具だ。

 しかし、俺は魔導具で空を飛ぶことが出来るとはいえ、それを風の魔法で再現して動きに付いてきている〈魔女王〉のセンスは凄い。その上、魔法式の構築はお手本のように早く綺麗だし、魔力操作も完璧だ。 さすがに先代が褒めるだけのことはある。

 だけど――


「技術はなかなか・・・・だけど、それだけだな」 


 セレスティアと対峙した時のような圧倒的・・・な力の差は感じなかった。

 魔力炉とリンクしている俺と同じくらいの魔力量を持つのは凄いと思うが、それだけだ。

 魔力操作も魔法式の構築も上手いが、それだけだ。

 他の誰にも負けない圧倒的なものを〈魔女王〉は持っていない。

 先代やセレスティア。それに楽園のメイドたちなど、これは絶対にかなわないと思える実力者を大勢見てきたが、それが〈魔女王〉からは感じられない。俺から見れば、よくできた優等生と言った感じだった。

 いや、少し違うな。俺と魔女王は得意なものが似ているのだ。

 だから負ける気がしない。他のことならまだしも魔法式の構築と魔力操作の技術で、俺は誰にも負ける気がしないからだ。


「――〈千の雨サウザンドレイン〉」


 火、水、風、光、闇。ありとあるゆる属性の魔法を無数に出現させ、解き放つ。

 女王の魔槍レジーナ・ハスタは強力な魔導具だが、穂先に触れた魔法を魔力へと〈分解〉するだけで魔法が通用しない訳じゃない。

 だから捌ききれないほどの攻撃を放てば、槍だけでの対処は難しくなる。


「へえ……」


 どうやって対処するのかと思ったら〈魔女王〉も対抗するように無数の魔法を放ってきた。

 距離を詰めて戦うのは難しいと考え、魔法戦に切り替えたのだろう。

 悪くない判断だ。風の魔法でどうにか付いてきているとはいえ、彼女のやり方では動きが直線的で読みやすい。自由に軌道を変えて空を飛べる俺とでは、機動力に大きな差があるからだ。

 しかし、


「――〈千の雨サウザンドレイン〉」


 魔力操作で魔法の軌道を変え、魔女王の放った魔法を魔法で正確に撃ち抜く。


「――〈千の雨サウザンドレイン〉」


 それを――


「――〈千の雨サウザンドレイン〉」


 何度も、何度も、ただひたすらに繰り返す。

 ほんの僅かでも集中を途切れさせれば、押し負けることになる。

 しかし、この手の魔法の競り合いで俺は負けたことがない。相手が誰であってもだ。

 何時間だろうと、何日だろうと魔力の続く限り、繰り返すことが出来る。

 その鍛練を三十年以上もの間、ずっとやってきたからだ。

 だから俺にとって、これは魔力操作の練習・・の延長でしかない。


「集中が途切れたな?」


 一発だけだが、弾幕を掻い潜り〈魔女王〉の障壁に魔法が命中する。

 しかし、その一発が致命的な隙になる。一発が二発に、二発が四発に。

 一度のミスは次のミスを招く。

 そして、


「――〈千の雨サウザンドレイン〉」


 魔法の雨が〈魔女王〉に降り注ぐのだった。

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