第174話 魔槍

「やっぱりない……」


 心当たりはすべて探したのだが〈時空間転移・・・・・〉のスキルを付与した〈技能の書スキルブック〉が見当たらなかった。〈時空間転移〉とは〈時間跳躍〉と〈空間転移〉を融合させたスキルで、副会長のユニークスキルを俺なりに再現したものだ。

 転移先は勿論、現代の地球だ。とはいえ、〈技能の書スキルブック〉は誰にでも使えるが、そのためにはスキルの発動に必要な魔力を魔導書に充填しておく必要があった。

 ところが〈時空間転移〉に必要な魔力は膨大なため、取り敢えず完成した魔法式だけ〈技能の書スキルブック〉に記憶させておいたのだ。魔力の目処がついてから実験を行うつもりだったと言うのに……恐らくはエミリアが拾って〈時空間転移〉を発動したのだろう。

 セレスティアの話が確かなら無事に現代の地球に転移できたと言うことになるが、そもそも魔力をどうやって調達したのかが謎だ。〈精霊喰いエレメントイーター〉も一緒に姿を消したという話だし、もしかすると〈精霊喰いエレメントイーター〉が蓄えた魔力が〈技能の書スキルブック〉に影響して〈時空間転移〉を発動したと言うことなのだろうか?

 ありえない話ではないが、なんか引っ掛かるんだよな。

 そこまでの魔力が〈精霊喰いエレメントイーター〉にあるとは思えないからだ。

 それに、もう一つ疑問があった。


「転移できたってことは、あの白い部屋にエミリアは行けたってことだよな」


 そこが最大の疑問だ。俺が〈技能の書スキルブック〉に〈時空間転移〉を付与して実験を試みようとしていたのは、あの白い部屋に行ける確証がなかったからだ。

 前にも一度言ったと思うが、例の白い部屋は世界の狭間――ありとあるゆる時間と空間に繋がる上位次元だと俺は考えている。神と呼ばれる存在が実在するのだとすれば、あの部屋へ自由に行き来できる存在だと俺は考えていた。

 だから、あそこに行くには特別な権限が必要である可能性が高いと考えた訳だ。

 そのために副会長のスキルを〈解析〉し、再現しようと試みたのが〈時空間転移〉な訳だが、このスキルにはその上位空間にアクセスするための鍵が不足していると思っていた。

 ユニークスキルが他のスキルと大きく異なる点が、この高位次元に干渉するための力が付与されているかどうかだと考えているからだ。

 エミリアがあの白い部屋を経由して現代の地球に転移したのだとすれば、エミリアは上位空間へのアクセス権限を所持していると言うことになる。


「〈星詠み〉がアクセスキーになった可能性があるな」


 星詠みは未来を視ているのではなく〈星の記憶〉を視ていることが分かっている。

 即ち、アカシックレコードへのアクセス権限を持つと言うことだ。そのことからもエミリアの能力が〈白い部屋〉に転移するのに必要な条件を満たしていた可能性が高い。

 だとすれば、俺の仮説を裏付ける証明になるかもしれない。実験しようと考えていたのがまさにそれで、ユニークスキルが他のスキルと違うのは上位空間へのアクセス権限を持つかどうかなのではないかと考えていた。

 所謂、管理者権限マスターキーが付与されたものがユニークスキルであるという仮説だ。だから事象の再現は可能でも、スキルそのものを複製はできない。この仮説が正しければ、ユニークスキルを付与した魔導具の開発も現実味を帯びてくる。

 ようするに魔導具に管理者権限マスターキーを付与できれば、問題は解決すると言うことだからだ。

 とはいえ、

 

「二人には悪いことしたな……」


 シキとエミリアを元の世界に帰してやる必要があると考える。

 そのためにも、俺自身が現代の地球に帰還する必要があった。 

 幸い、二人のお陰で俺の仮説が正しいことが証明されたようなものなので、ずっと再現できなかった魔導具の開発を試していいかもしれない。それが成功すれば、確信を持てるからだ。


「まずは管理者権限マスターキーの〈解析〉を進める必要があるな」


 管理者権限を魔導具に付与できなければ、話は始まらない。

 この研究が上手く行けば、魔導具の可能性は大きく広がると胸を躍らせるのだった。



  ◆


 

「まったく彼には驚かされるよ」


 精霊殿の地下に設けられた工房で、椎名から預かった〈無形の書〉の〈解析〉を進めるアルカの姿があった。

 この工房は嘗てアルカがセレスティアと一緒に暮らしていた頃に作ったもので、数百年もの間、開かずの間となっていた場所だ。

 この工房のことを知るのはセレスティアだけで、精霊殿の巫女たちも開かずの間のことは知っていても、アルカの工房だとは教えられていなかった。

 そのため、セレスティア以外は誰もここを尋ねてくる者はいないはずなのだが――


「何者だい? 認識阻害で姿を隠しているみたいだけど、私には通用しないよ」


 アルカは侵入者を察知する。セレスティアであれば、姿を隠して近付く必要などない。姿を隠し、気配を消して近付いてくる者など、不審者だと自分から言っているようなものだ。

 しかし、


(なんだ? この感覚……)


 どことなく懐かしい気配を感じ、アルカは怪訝な視線を侵入者に向ける。

 黒いローブを纏った女性だった。佇まいからも只者でないことは読み取れる。

 少しの揺らぎもない洗練された魔力。オリハルコン級の冒険者に匹敵するレベル――いや、魔力制御の技術は自分に匹敵するレベルだと、アルカは侵入者の実力を察する。

 そして――


「まさか、そんな……」


 なにかに気付いた様子を見せるアルカ。

 自分に匹敵するレベルの人間など、椎名やセレスティアを除けば存在するはずがない。

 そんな真似が出来る人物を、アルカは他に一人しか知らなかったからだ。


「カルディアなのか?」


 魔女王――〈三賢者〉の一人にして、白き国の女王。

 そして、アルカが自分の手で殺した親友。それが、カルディアであった。


「ありえない! カルディアは私が殺したはずだ! 彼女の〈魔核・・〉も回収して――」


 腕輪型の空間収納・・・・から黒い輝きを放つ石を取り出し、ちゃんとあることを確認するアルカ。暴走したカルディアを殺めた際、アルカは彼女の魔核を回収し、保管していた。

 ホムンクルスは前世の記憶を継承することはないが、逆に言えばその問題さえ解決すれば死者を蘇らせることが可能と言うことだ。そのために〈魔核〉を回収し、保管してあったのだ。

 魔核とは、魔王の魂。力に呑まれ、魔に身を堕とした者の霊核だ。

 アルカの手元に魔核がある以上、目の前の人物がカルディアであるはずがなかった。

 しかし、


「それは〈女王の魔槍レジーナ・ハスタ〉!?」


 アルカの心臓目掛けて放たれる槍。

 カルディアしか使えないはずの魔槍を目にして、アルカは動揺する。


「くッ!」


 動揺して反応が遅れたが、寸前のところで回避するアルカ。

 神や魔王であっても、この槍で心臓を貫かれれば死を免れることは出来ない必殺の槍だ。

 不老不滅の存在であるアルカとて、魔槍で心臓を貫かれれば死を免れない。

 それだけに――


「カルディアの姿で私を動揺させようとしても無駄だ!」


 一切の出し惜しみをせず、アルカは魔力・・を解き放つ。


解析アナライズ――」

 

 本物であるはずがないと心のどこかで願いながら、魔槍を〈解析〉するアルカ。

 しかし、


「私の〈解析〉が弾かれた!?」


 その願いは叶わなかった。〈解析〉が弾かれたからだ。

 アルカの〈大いなる秘術アルス・マグナ〉は魔力を含むものであれば、どんなものでも〈分解〉や〈構築〉が可能なスキルだ。しかし、例外は存在する。それが再現の不可能とされるもの――神が遺した古代遺物――〈神器〉と呼ばれるものだった。

 無形の書もその一つで〈女王の魔槍レジーナ・ハスタ〉はアルカが神器を再現しようと試みた傑作の魔導具だ。と言っても、実際には〈黒き国〉に伝わる神槍に手を加え、カルディアの手に合うように調整されたものが〈女王の魔槍レジーナ・ハスタ〉の正体だった。

 スキルが弾かれたと言うことは、少なくとも槍は本物であると言うことだ。


「なら――〈栄光の手ハンズグローリー〉!」


 精霊喰いエレメントイーターを圧倒した技で、侵入者を迎え撃つアルカ。

 しかし、


「な――」


 槍の尖端に触れた瞬間、アルカの〈栄光の手ハンズグローリー〉が砕け散る。

 そして、その魔槍はアルカの身体を――


「ガ――」


 一切の躊躇なく、無慈悲に貫くのであった。

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