第172話 椎名の被害者
「エミリア様、少しよろしいですか?」
「シキさん? どうかしました?」
後片付けを手伝っているところをシキに声をかけられ、振り返るエミリア。
椎名の魔導具のお陰で建物に関しては、ほぼ元通りに修復が完了していた。
しかし想像していたよりも被害の範囲が広く、荒れ果てた森など今朝から被害状況の確認と復旧作業に〈精霊殿〉の巫女たちは奔走していた。その手伝いをエミリアも買ってでたと言う訳だ。
「マジックバッグをお返ししようと思いまして」
「あ、そう言えば……シキさんが拾ってくれてたんですね。ありがとうございます」
マジックバッグをシキから受け取り、感謝を口にするエミリア。
その反応からも察せられるように、バッグのことを忘れていたのだろう。それも無理はない。国際会議の最中に起きた〈
そのなかでも特にエミリアが気にしているのは、セレスティアのことだった。
体内の魔力がほとんど枯渇しているような状態で保護されたため、いまも深い眠りに付いているためだ。魔力の枯渇が原因で命の危険はないと説明されても、やはり心配なのだろう。
「いえ、こちらこそ助かりました。エミリア様の回復薬がなければ、危ないところでしたから……」
落としたのが偶然だとしても、シキはエミリアに感謝していた。
結局あの後すぐに椎名とアルカが駆けつけて〈
「それこそ気にしないでください。薬の材料はシーナに貰ったものだから、タダ同然ですし……」
「そう言えば、霊薬の材料もシイナ様から譲って頂いたとか」
「はい……調合用の工房まで用意してもらって、正直シーナには与えてもらってばかりで……」
「それを言うなら私もですね……。セレスティア様の件で、シイナ様には感謝しきれないほどの恩を受けてしまいました」
二人とも椎名に大きな恩があった。
しかし、まったくと言って良いほど、その恩を返せていない状況だ。
なのに本人は少しもそのことを気にしていない。椎名にとってはたいしたことではなかったのかもしれないが、二人にとってはそうではなかった。
それだけに――
「フフッ、私たちどこか似ていますね」
「はい。本当なら少しでもシイナ様の厚意に報いることが出来ればと考えているのですが……」
「シキさんが思い悩むことはないですよ。これだけ感謝してるのに気付かないフリをして、少しも恩を返させてくれないシーナが悪いんですから」
「でも、それがあの方の優しさなのだと思います」
自分たちはよく似ていると二人は笑い合う。
椎名の
エミリアもシキも椎名から望まれれば、どんなことだってするだろう。
自分のすべてを捧げてもいい。そう思えるほどに感謝しているからだ。
なのに少しも恩返しをさせてくれないのだから、エミリアが愚痴を溢したくなるのも無理はない。
与えられてばかりで何も返せないのは逆に不安になるからだ。
「大事なことを忘れるところでした。エミリア様、マジックバッグの中を見せては頂けないでしょうか?」
共通の話題で話が弾む中、鞄の中を見せて欲しいとシキに頼まれ、エミリアは首を傾げる。
「実はセレスティア様の持ち物をバッグのなかに入れて持ち帰ってしまい、その……」
「ああ、取り出せなくなったんですね」
シキから事情を聞き、エミリアは納得した様子を見せる。
マジックバッグには、盗難防止用の魔法が掛かっているものが多い。持ち主から一定の距離が離れると自動的に転移する機能を椎名が弟子のマジックバッグに付与したように、エミリアのマジックバッグにも盗難防止用の魔法がかけられていた。
と言っても、転移の魔法をマジックバッグに施させるような魔導具技師はいない。そのため、エミリアのバッグに付与されているのは、本人以外はバッグのなかに入れたものを取り出せなくなると言ったよくある機能だった。
誤解の無いように言っておくと、これでも十分に高性能な魔導具なのだ。
魔導具のなかには、盗難防止機能のないものも存在する。というか、冒険者が使っているものなど大半はそうした魔導具ばかりだ。それでも金貨が何百、何千枚と消えるような値段がするため、一般人には手の出ない代物だった。
マジックバッグを買うことが、一人前の冒険者の指標と言われるくらい高価な代物なのだ。
「すぐに取り出しますね」
そう言って、シキに見えるようにバッグの中身を確認するエミリア。
と言うのも椎名の〈黄金の蔵〉と違って一般的なマジックバッグは、入れた物を覚えておく必要がある。頭に思い浮かべることで一つ一つ取り出すことが出来るのだが、そうでないならバッグの中身を一旦すべて外にだす必要があった。
少し不便に思えるが、冒険者がダンジョンの素材を持ち帰ったり、商人が仕入れた商品を運ぶために使うことがほとんどであるため、手軽に大量の物資を運べるのがマジックバッグの利点であって、そんなことを気にする者はいない。
何度も言うようだが、椎名の所持している魔導具がどれも異常すぎるだけだった。
「これで全部です」
「……見当たりませんね」
「そんなはずないと思うんですが……」
バッグを逆さまにして入っていないことを確認するエミリア。
そんなことをしても意味はないのだが、エミリアが嘘を吐いているとはシキも考えていなかった。
となれば――
「エミリア様、この黒い魔導書は?」
「あ、それはシーナの……あれ? 拾った時には白い色をしてたと思うんだけど……」
一冊の魔導書がシキの目に留まる。
それは以前、エミリアが拾った椎名の忘れ物だった。
シキの目に留まった理由は、その魔導書から感じ取れる魔力が例の金色に輝く魔石に酷似していたからだ。
「この魔導書を見て、なにも感じませんか?」
「そう言えば……なんですか。この魔力……」
シキに言われて魔導書を確認したエミリアは目を瞠り、顔を青ざめる。
魔導書から感じ取れる魔力量が尋常ではなかったためだ。
それこそ、世界樹を前にしているかのような魔力が一冊の魔導書から感じ取れるなど、どう考えても普通ではなかった。
「もしかすると、あの魔石は星霊力が結晶化したものだったのかもしれません……」
「それって、まさか……」
「はい。恐らくはシイナ様がセレスティア様の暴走を止めるために、なんらかの方法で星霊力を魔力へと変換して取り出されたのかと……」
それなら、すべての辻褄が合うとシキは説明する。
それだけに――
「申し訳ありません。私がちゃんと確認していれば……」
自分の判断ミスだと謝罪する。
セレスティアの持ち物だと決めつけず、椎名に確認を取るべきだった。
それを怠った結果がこれだ。
恐らく魔石は魔導書に吸収されてしまったのだろうと推察できる。
「シキさんは悪くありませんよ。魔導書のことといい、そんなものを忘れて行くシーナが悪いんですから」
自分の所為だと責めるシキに、悪いのは椎名だと励ますエミリア。
もっともな話ではある。そもそも、それほどの力を秘めた魔石など国の宝物庫にも存在しない。
魔石とは長い歳月をかけて魔力が結晶化したものだ。同じような魔石を作ろうとすれば、それこそ何千年……いや、数万年の歳月が必要になる。現実的に存在するはずもない魔石を落としていくなど、普通は考えられないことだった。
「とにかくシーナに相談した方がいいと思います。元々はシーナが原因ですし……」
そう言って、エミリアが取り出したアイテムをマジックバッグに一旦仕舞おうとした、その時だった。
「――ッ! シキさん!」
星詠みによって何かを察知したエミリアの声に、素早く反応したシキが自分とエミリアを守るように影の防護壁を展開する。その直後、地中から巨大なモンスターが現れ、二人を呑み込んでしまう。
「まさか、〈
一部始終を目撃した巫女の悲痛な声が響く中、眩い光が〈精霊殿〉を照らし――
「シキ様……エミリア様?」
まるで幻を見ていたかのように、巫女の前から〈
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