第171話 二つの世界樹
「その魔導具、便利だよね」
精霊殿の壊れた建物を修復していると、先代が物珍しそうに声をかけてきた。
俺が使ったのは〈
割と昔に作った奴だしな。
「珍しい魔導具でもないだろう? 先代もこのくらいのなら作れるんじゃないか?」
「構造は理解できるけど、キミ忘れてない? それも天使の素材が使われてるよね?」
あ、そう言えば……この時代の〈
天使系のモンスターは〈
「霊薬の材料って魔導書には〈竜王の血〉が必要だって書いてたけど、竜王って〈
「いや、深層で普通に出現したよ? ああ、そうか。あれって最下層への道を閉ざしていた守護獣の一体だから、キミたちの時代には攻略されちゃって出現しなくなってるのか」
守護獣というのは〈
いや、待てよ。かなり重要な話を聞いたような気がするんだけど……。
最下層への道を守護獣が閉ざしていた?
それって、もしかすると――
「守護獣は全部で何体いたんだ?」
「十二体かな。深層は広いだろう? 全部見つけるのに四百年も掛かってね。もう大変だったよ……」
ユミルたちが倒した神獣の数は俺が把握している限りでは、全部で
深層と仕組みが同じとは限らないが、まだ九体の神獣がいるってことか。
そのすべてを倒せば、新たな道が拓ける可能性があると――
これは良い話を聞けた。とはいえ、奈落は深層よりも広大だからな。全部見つけるのに、どのくらいの歳月が掛かるのか検討もつかない。神獣を探す方法が見つかればいいんだけど、そんな都合の良い手段があるはずもないか。
「その様子だと〈
「ああ、神獣っていうのがいてな。いまのところ三体は倒しているはずなんだが……」
「なら、そっちの線の可能性は高いかもね。頑張ってとしか言えないけど」
他人事のように話す先代。しかし、やるしかないんだよな。
大災厄の正体を知ってしまうと、さすがにこのままダンジョンを放置するのはまずい気がする。少なくとも不測の事態に備えて〈
「それより〈無形の書〉に魔力を貯めてたみたいだけど、もう完成したのかい?」
「ん? ああ、実験はまだだけど魔法式は組み込んであるよ。ほら」
黄金の蔵から〈無形の書〉をだして先代に手渡す。
まだ発動できるほどの魔力は貯まっていないが元の世界へ帰還するための魔法式は、既に〈無形の書〉に記録していた。ただ副会長にも協力してもらって細かく調整しないと、ちゃんと元の時代に帰れる保証がないんだよな。
いまのまま使っても、まったく違うところに放り出されるようなことにはならないと思うのだが、僅かな計算ミスでも時間軸が数十年単位でズレる可能性がある。下手をすると別の世界に跳ばされるなんて可能性も考えられた。
俺が慎重になっている理由は、これで分かってもらえたと思う。
ようするに、まだ未完成なのだ。この魔法式は――
「凄いね、これ……。これほど美しく複雑な魔法式を見るのは久し振りだ。カルディアが生きていたら喜んでいただろうね。自分と対等に魔法式の話が出来る相手がいないって、よく嘆いていたから」
「先代なら付き合えたんじゃないのか?」
「よく付き合わされたけど、それでも彼女の方が魔法式の知識や技術に関して言えば上だったしね。対等とは言えなかったんじゃないかな?」
ちょいちょい話に聞いているが〈魔女王〉って凄い人だったんだな。
俺が先代よりも魔法式の構築に優れているのは、現代の知識――錬金術とは異なる発展を遂げた科学の知識があるからだと思っている。しかし〈魔女王〉はこの世界の人間だ。
なのに俺と同等以上の知識と技術を持っていたと言うのなら、それは間違いなく天才だったのだろう。正直に言うと、ちょっと会ってみたかったと思う。それだけに残念だ。
「これ、少し預かってもいいかな? なかなか興味深い技術だし、私の方でも調べたいことがあってね。それにキミの懸念って、ちゃんと元の世界に戻れるか分からないことだろう? 私の考えが正しければ、その懸念を解決できるかもしれないよ」
「本当か? それなら、こいつも渡して置くか」
一冊の魔導書を〈黄金の蔵〉から取り出す。
これは既存の魔導書ではなく、
「それってキミの研究成果だろう? いいのかい? 私に見せて……」
「先代の遺した魔導書には世話になったし、これでも感謝してるんだ。それに俺以外だと、錬金術を使えるのは先代だけだしな。作戦を確実に成功させるためにも、備えはしておくべきだろう?」
俺の話を聞いて納得したらしく、魔導書を受け取る先代。失敗が許されない以上、技術の秘匿とか言っていられる状況じゃないしな。それに俺の研究成果は、先代の研究を引き継いだ成果だと考えていた。
先代が楽園や魔導書を遺してくれなければ、ここまで錬金術を極めることは出来なかっただろう。
これで恩返しが出来るのなら安い物だ。
それに自分の研究成果を自慢したいという気持ちが、まったくない訳じゃない。誰にでも見せたいと言う訳ではないが、一番見て欲しい。認めて欲しいと思っているのは、やはり先代だと思う。
「そこまで言うのなら受け取っておくよ。しかし、キミが私のことをそんな風に思っていたなんてね。フフ、恥ずかしがらずにもっと
と、考えていたのだが、やはり思い違いだったかもしれないと考えるのだった。
◆
セレスティアは夢を見ていた。
(これは……未来の記憶? シイナ様の世界……)
それは未来の記憶。世界樹が、星の記憶が見せる未来の光景。
こことは異なる世界。異なる時代。異なる地球――
セレスティアにとって、すべてが新鮮で驚くべき光景であった。
世界樹は一つの世界に一本だけしか存在できないという制約があるが、すべての世界樹は〈星の記憶〉を通して繋がっている。だから異なる世界に存在する世界樹の記憶が、こうして流れ込んでくることもある。
しかし、
(楽園の世界樹を通して、星の記憶が流れ込んできている? いえ、これは……)
いま見ている光景は、アルカに託した世界樹のものではないとセレスティアは気付く。ダンジョンに植えられた世界樹の記憶であれば、ダンジョンの景色が映し出されるはずだからだ。
しかし、いまセレスティアが見ている光景は、椎名が生まれ育った世界のものだった。
(シイナ様の世界には、もう一本の世界樹が存在する? なるほど、そういうことですか)
アルカに託した苗木が生長し、次代の種を椎名の世界に芽吹かせたのだとセレスティアは察する。その年若い世界樹が〈星の記憶〉を通して、この世界の世界樹と繋がったのだと――
しかし、いまになってどうしてという考えがセレスティアの頭に過る。
(あれは……エミリア? どうして彼女が……)
椎名の世界の記憶にエミリアの姿を見つけ、驚くセレスティア。
椎名と共に未来の世界に渡った? 可能性としてありえない話ではない。
エミリアが椎名を愛していることは、誰の目にも明らかだからだ。
しかし、
(隣にいるのはシキ? 一体なにがどうなって……)
エミリアだけなら分かるが、彼女の隣にはシキの姿があった。
なにが起きているのか分からず困惑するセレスティアの目に、最後に飛び込んできたのは――
(これが、月の楽園……)
多くの人々で賑わう月面都市――緑に覆われた月の姿であった。
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