第170話 錬金術の奥義

 アストラルエネルギーから魔力に変換することや、逆に魔力をアストラルエネルギーに変換することは錬金術なら可能だ。しかし、後者に関して言えば効率が悪く現実的とは言えなかった。

 例えるなら大量の金貨を使って、一枚の銅貨を得るようなものだからだ。

 このことからも〈賢者の石〉というのは、非効率的な触媒であることが分かる。

 星の力を直接引き出すことは、世界樹と契約した〈巫女姫〉にしか出来ないからだ。

 そのため、世界樹の手を借りずに錬金術だけで〈賢者の石〉を作ろうとすれば、途方もない量の魔力が必要になる。それこそ、何万人という魔法使いを犠牲にするほどの魔力が必要であった。

 だからアルカは魔力の運用を効率化することで、この問題を解決しようとした。

 等価交換とまでいかずとも、せめて金貨一枚で銀貨を交換できるくらいにまで変換効率を高めることが出来れば、実用レベルの運用が可能になると考えたからだ。その研究の過程で生まれたのが〈栄光の手ハンズグローリー〉であった。

 

「本当に凄いね。私の後輩は――」


 どれだけ凄いことをしているのか、恐らく本人は理解していないのだろうとアルカは思う。

 椎名が身体に纏っている黄金の光は、魔力でもアストラルエネルギーでもない。

 至高の領域にまで高められた〈神の力〉そのものだ。

 魔力をアストラルエネルギーに変換するのではなく、賢者の石を錬成するかのように膨大な魔力を凝縮して至高・・の域にまで力を高めるやり方は思いついても実践できることではなかった。

 同じことを他の者がしようとしても、膨大な魔力を制御しきれずに暴走させるだけだ。そう、自らの限界を超えて魔に堕ちたカルディアや、星の力に呑まれたセレスティアのように――

 それはアルカも例外ではなかった。

 そうでなければ、限られた魔力を効率的に運用する方法を何千年もかけて研究したりしない。自分の限界くらいは分かっているからだ。

 魔力操作の技術は同等?

 とんでもない。椎名の力は自分を遥かに超えていると、アルカは考える。

 椎名のやっていることは、錬金術を学ぶ者が誰も為し得なかったこと。

 錬金術の奥義と言えるものだからだ。


「あれは本物の〈王者の法アルス・マグナ〉だ。神の真似事・・・などではなく〈原初〉へと至った真の錬金術師だけに許された力――」


 錬金術の奥義アルス・マグナに至るには、二つの理が存在する。

 解析・分解・構築の三工程を極め、大いなる秘術・・・・・・を用いて魔導の歴史に名を刻む創造の担い手。アルカが至った至高カミの領域が、まさにこの理であった。

 しかし、そんなアルカでさえ、辿り着けていない錬金術の秘奥が存在する。それが、王者の法・・・・――自らの身体を触媒に、神の領域へと至る原初の理だ。

 この領域に到達する者がいるとすれば、それはセレスティアのように世界樹と契約できる適性を持ち、自分と同じ錬金術の才能を持ち合わせている者でなければ不可能だとアルカは考えていた。

 しかし、そんな人間がいるはずもない。アカシックレコードへのアクセス権限と、創造の極みという神の領域へ至ることの出来る稀有な二つの才能スキルを、一人の人間が合わせ持つということになるからだ。

 ダンジョンで得られるスキルが一人に一つであるように、現実的な話ではない。

 決して人間には到達しえない領域だと、そう思っていた。

 椎名と出会うまでは――


「本当に何者なんだろうね。彼は……」


 正直、この世界を造った創造神の生まれ変わりだと言われても驚かない。

 それが椎名に対するアルカの正直な感想だった。

 とはいえ、感謝もしているのだ。

 自分の後を継いだのが、彼のような者でよかったと――


「でも、彼に代を譲るのは未来の話だ。先輩として少しは良いところを見せないとね」


 確かに椎名は凄い。

 この先どんな錬金術師に成長するのか、アルカにも想像が付かない。

 ダンジョンを創造した神を超えるような存在へと成長するかもしれない。

 しかし、それは未来・・の話だ。


栄光の太陽サンズ・グローリー


 少しずつ集めた魔力を星霊力アストラルエネルギーへと変換することで、黄金に輝く太陽を創造するアルカ。〈栄光の手ハンズグローリー〉とは比較にならないほどの力が、その小さな太陽には込められていた。

 嘗て、最果ての地を不毛の大地へと変えた力だ。

 この太陽一つで、幾つもの国を蒸発させるほどの力がある。 

 とはいえ、アルカもそのくらいのことは考えていた。


「逃げられないだろ? これ、カルディアの魔法からアイデアを得た魔導具でね。位相空間を発生させる結界型の魔導具なんだけど、これならどんなに暴れても外には影響を及ぼさないからね」


 そう言って指輪型の魔導具を〈精霊喰いエレメントイーター〉に自慢するアルカ。 

 そして、


「終わりだ」


 灰色の空に輝く太陽を〈精霊喰いエレメントイーター〉の頭上に目掛けて落とすのだった。



  ◆



「なんとかなったみたいだな」


 セレスティアが大人しくなったことを確認して、ほっと安堵の息を吐く。

 俺がやったことは単純で〈星核〉の機能の一部を封印・・したのだ。

 世界樹とのリンクを制限したので、これでセレスティアは星霊力を使うことが出来ないはずだ。

 しかし、


「なんで、また服まで〈分解〉されてるんだ……」


 不可抗力とはいえ、とんでもないことをしたのでは……と不安になる。

 全裸のまま放置するのは誤解を招きそうなので、取り敢えず〈黄金の蔵〉から予備の外套をだしてセレスティアの身体にかける。

 これで、どうにか誤魔化せるといいのだが――


「シイナ様!」


 ビクリと肩を震わせながら振り返ると、こちらに向かって走ってくるシキの姿があった。

 ビビらせないで欲しい。


「セレスティア様……よかった。生きていらっしゃる……」


 セレスティアが息をしていることを確認して、安堵するシキ。

 しかし、その一方で俺の心は穏やかではなかった。

 シキが心の底からセレスティアを慕っていることが分かっているからだ。

 そのため、セレスティアを裸に剥いたのが俺だとバレると、いろいろとまずいことになりそうな気がする。


「シイナ様……ありがとうございました。セレスティア様を救って頂いて、なんと感謝すればいいか……」

「き、気にしないでくれ」


 本当に気にしないで欲しい。

 どうして裸なのかとか、その辺りのツッコミは入れないでくれると助かる。

 とにかく、こういう時は墓穴を掘る前に撤収するのが最善だ。

 先代の方も丁度終わったみたいだしな。

 先代を誘って逃げ……いや、急いでここを離れよう。


「まだ為すべきことが残っている。あとのことは任せた」

「あ、シイナ様!」


 呼び止めるシキの声を無視して、俺は走り去るのだった。



  ◆



 シキが冒険者を引退し、精霊殿の巫女になったのはセレスティアに命を救われたことがあったからだ。

 ベヒモスを単独で撃破したと言うことになっているが、その代償にシキは仲間を失い、自身も生死の境を彷徨う重傷を負った。そんな彼女を深層から連れて帰り、霊薬で治療したのがセレスティアだったと言う訳だ。

 シキがアルカに対してもセレスティアと同じくらい敬意を払っているのは、その霊薬をセレスティアに提供したのがアルカだと知っているからだった。

 だからセレスティアのためなら、シキはすべてを差し出すつもりだった。

 セレスティアが助かるのなら、自分のすべてを対価にしても構わないと思っていたのだ。

 なのに結局、椎名は何も見返りを求めずに立ち去ってしまった。

 

「本当にありがとうございました。シイナ様……」


 そんな椎名の優しさに触れ、シキは心の底から感謝する。

 それに――


『私に感謝されてもね。ティアにあげたものだからティアがどう使おうと自由だよ』


 そう言っていた当時のアルカの言葉を思い出し、シキの口元から笑みが溢れる。

 性別は違うが不器用で優しいところは、本当によく似ている。

 やはり〈楽園の主〉の後継者に相応しい御方だと、再確認したからだ。


「これは……」


 もう一度、深々と椎名の立ち去った方角に頭を下げると、セレスティアの傍に光るものが目に入り、シキは拾い上げる。それは金色・・に輝く手のひらサイズの魔石だった。

 しかし、一目で普通の魔石ではないと気付く。

 魔石に秘められた魔力が尋常ではなかったからだ。

 背筋に寒気が走るほどの魔力を感じ取り、どうするべきかとシキは考えるが――


「凄い力を感じるけど、たぶんセレスティア様の持ち物よね?」


 取り敢えずマジックバッグに入れ、セレスティアが目覚めた時にでも相談しようと考えるのであった。

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