第169話 力の使い方
「シイナ様……そ、それは……」
それって、なんのことだ?
なにもおかしなところはないと思うのだが……あ、そう言えば――
「先代、大丈夫か?」
「酷いじゃないか! 死ぬかと思ったよ!?」
振り返ると土塗れの先代の姿があった。
先代の腕を掴んで走っていたのだが、途中から引き摺っていたらしい。
でも早く着いたのだから、そのくらいは大目に見て欲しいものだ。
「あの……シイナ様、お身体は大丈夫なのですか?」
「
大丈夫じゃなさそうなのは先代であって、俺は普通に走っていただけだしな。
まったく身体に異常はない。健康そのものだ。
しかし、少し遅かったみたいだ。先代の危惧していたことが目の前で起きていた。
あの鬼のように暴れているのはセレスティアだよな?
力を制御できていないことは見れば分かる。完全に暴走していると言った様子だ。
「先代、〈
「……できるのかい?」
「たぶん大丈夫だ」
モンスター化していない今の状態なら、恐らくどうにかなるだろう。
サンクトペテルブルクの一件と比べれば、状況はマシな方だ。
「分かった。それじゃあ、ティアのことはキミに任せるよ」
そう言って〈
ちなみに先代のことは少しも心配していなかった。
昔はユミルに助けられたが、いまの俺なら〈
俺にとって相性の良い相手と言うことは、先代にとっても楽な相手と言うことだ。
「本当にセレスティア様を救えるのですか?」
「ああ、あのくらいなら大丈夫だと思うけど……」
「お願いします! セレスティア様をお助けください! セレスティア様を救って頂けるのなら、私は……」
余程セレスティアのことが心配だったのだろう。
必死に懇願するシキの頭にポンッと軽く手を置き、
「行ってくる」
俺は先代の後を追うのだった。
◆
「少しは先輩らしいところも見せないとね! ――〈
先代の手が金色に輝いたかと思うと、巨大な手が現れる。
魔力を手足のように使って戦うテレジアの魔法に似ている。
魔法の効かない〈
「弾け飛べ!」
横っ面を引っぱたき〈
やはりあの手、ただの魔力の塊ではないようだ。テレジアの魔法と似ているが、構成されているものは魔力ではない。星の力――アストラルエネルギーを先代は使っていた。
世界樹がアストラルエネルギーを魔力に変換する装置だと先代は言っていたが、錬金術でも同じことは出来る。その最たる例が〈賢者の石〉だ。あれはアストラルエネルギーを凝縮したもので触媒として利用する際、アストラルエネルギーを魔力に変換する機能が付与されている。だから錬金術を使えば、逆のことも可能と言う訳だ。
ようするに魔力をアストラルエネルギーに〈再構築〉することが――
もっとも石油を原油に戻すようなもので、実際にはほとんど意味がなく効率も悪い。そんな面倒な方法を取らなくても魔力を糧とするモンスターなら、もっと簡単に倒す方法があると思うのだが……。先代が気付いていないとは思えないし、たぶん何か考えがあるのだろう。
「おっと、この先は通行止めだ」
先代が〈
俺や先代を見ても反応がないところを見るに、やはり意識はないようだ。
しかし、凄いな。本気のユミルに匹敵するほどの力を感じる。
とはいえ、
「問答無用か」
力の運用が甘過ぎる。
殴りかかってきたセレスティアの右拳を左手で受け止めると、かなりの威力が込められていたらしく雷のような轟音が鳴り響く。
攻撃を受け止められたことに驚く様子もなく、無表情で拳や蹴りを放ってくるセレスティア。
物凄い威力ではあるが、やはり俺の思ったとおりだ。
彼女は力を使いこなせていない。いや、持て余していた。
「たいした力だ。しかし――」
俺とセレスティアでは、魔力の運用に大きな違いがある。彼女は世界樹から引き出した力を体内に押し留めているようだが、俺は外から取り込んだ魔力を主に身体の外で運用している。
ホムンクルスのように強靱な肉体を持っているのであればセレスティアのやり方でも間違いではないが、普通の人間がそんな真似をすれば身体が保たない。そもそもホムンクルスが絶大な魔力と強靱な肉体を持っているのは、彼女たちが〈生命の水〉から錬成された存在だからだ。
アストラルエネルギーから生まれた存在なら、精霊と一緒で魔力に対する適性が高いのも当然だ。同じ真似が人間に出来るはずも無かった。
だから俺は魔力炉から取り込んだ魔力を身体に押し込めるのではなく、収まりきらない魔力を身体に纏わせるように運用していると言う訳だ。この方法なら肉体に負担をかけることなく、強大な力を振るうことが出来る。
ちなみに先代は俺よりも高度なことを自然とやってのけていた。
俺の場合は魔力炉に頼っているし、取り込んだ魔力を全身に纏わせることで負荷を減らしているが、先代は必要な時に必要な分だけ大気中の魔力を取り込んで調整しているみたいなのだ。
だから無駄がない。魔力を無駄なく効率的に運用できているから、魔力炉を必要としない訳だ。
経験の差だと思うが、正直あのレベルにはまだまだ追いつけそうにない。例えるなら霞を食って生きている仙人みたいな感じだ。魔力操作の技術に大きな差はないと思うのだが、魔力の運用技術に限って言えば先代の方が遥かに上手かった。
とはいえ、
「魔力の運用も技術もお粗末すぎる。これなら生徒たちの方がマシだぞ?」
先代には及ばないが、いまのセレスティアよりはマシだ。
確かにセレスティアは強い。本気のユミルに匹敵するほどの力を持っているが、それだけだ。
いまのセレスティアは力を持て余している状態で、自分の力を制御できていない。
どれだけ大きな力でも使いこなせければ宝の持ち腐れだった。
「――解析完了だ。もう、その攻撃は通用しない」
俺に向かって大きく拳を振りかぶるも、自分の放った攻撃で吹き飛ぶセレスティア。〈
魔力と原理が同じなら対策は簡単だ。先代なら簡単に解析されないように工夫をしてくるだろうが意識がないからか、いまのセレスティアの攻撃は単調で読みやすい。
これならオルテシアの方が強かったと思えるくらいだ。
「とはいえ、このくらいじゃダメージはないか」
地面に叩き付けられてローブは土塗れだが、ダメージを負っている様子はない。
恐らくは力のほとんどを身体強化に回しているのだろう。
魔力量だけでなくパワーやスピードなど、ありとあるゆる面でセレスティアの方が俺よりも上だ。
それは当然だ。俺が魔力炉から力を引き出しているように、セレスティアは世界樹と繋がっている訳だしな。星の力を際限なく引き出せるのだから比較になるはずがない。
しかし、
「何度でも言うが、力の制御が甘過ぎる。もう少し技術を磨いた方がいい」
俺との相性は最悪だった。
懲りずに仕掛けてくるセレスティアの攻撃を再び弾き返し、そのまま地面に押し倒す。
そして――
「
セレスティアの腕を掴んだまま〈分解〉を使用する。
正確には彼女が取り込んだアストラルエネルギーを分解し、魔力へと再構築する。
以前、サンクトペテルブルクでやったことと同じだ。
とはいえ、これだけでは不十分だと考える。
暴走を止めるには、力の供給源を断つ必要があるからだ。
「世界樹を破壊する訳にはいかないしな。となると……」
先代が言っていた〈星核〉がどこかにあると思うんだよな。
たぶん、このあたりに……お、これかな?
思ったとおり、ホムンクルスと身体の構造は同じみたいだ。
というか、普通の人間と言うよりは半精霊みたいな感じになっているようだな。
そうすると〈星核〉をセレスティアから切り離すのはまずそうだ。魂と混ざり合ってしまっているし、いまのセレスティアにとって〈星核〉は心臓のようなものだ。
となれば、選択肢は一つしかない。
「取り出すのは無理そうだな。少し
このまま際限なく力を取り込まれるとキリがないしな。
ようするに力の元栓を閉めてしまえば、暴走も止まるはずだ。
そのためにも――
「
悶え苦しむセレスティアの胸に右手をかざすのだった。
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