第168話 星霊の力


「イスリア、右後方から八体のモンスターが召喚されるわ!」

「了解! 風よ、刃となりて我が敵を切り刻め――刃の風塵ストーム・ブレード!」


 エミリアの〈星詠み〉で敵の出現を予測し、魔法を放つイスリア。

 息の合ったコンビネーションで、着実にモンスターの数を減らしていく。

 しかし、


「やっぱり、きりがないわね……」

「うん……姉さん、ポーションの残りは?」

「残り三つと言ったところね」


 倒しても倒しても湧き出るモンスターに、二人の体力と魔力はじわじわと削られていく。いまは回復薬でどうにか凌いでいるが、それもいつまで保つかわからない。その上、シキの方も予想通り苦しい戦いを強いられていた。

 精霊喰いエレメントイーターには魔力を伴う攻撃が一切通用しない。それはスキルも例外ではなく、シキの影を使った攻撃はすべて〈精霊喰いエレメントイーター〉の身体に触れる前に魔力へと分解され、吸収される。

 しかし、


(やはり、影による直接的な攻撃は効果がありませんか。でも、これなら……)

 

 攻撃を繰り返しながら、なにか閃いた様子を見せるシキ。

 そして、チラリとエミリアの方を見て、笑みを浮かべる。


「イスリア! すぐに風の障壁を展開して!」

「え――わ、分かった!」


 シキと目が合った瞬間、頭に数秒先のイメージが浮かび、エミリアは妹に叫ぶ。

 エミリアの言葉に従い、風の障壁を展開するイスリア。

 その直後だった。


「――暗黒球ブラックホール


 シキが呪文を唱えた直後、上空に黒い球のようなものが現れたのは――

 暗黒球ブラックホール。それは、次元の狭間へと通じるあなを召喚する闇と影の究極魔法。これの欠点は敵味方を問わず、効果範囲内のものを無差別に吸い込んでしまうことにあった。

 その上、魔力消費が激しいことからシキも滅多に使用することのない奥の手と言える技だ。しかし魔法の通用しない相手でも、これで次元の狭間に落としてしまえば排除できるかもしれないと考えたのだろう。

 そんなシキの読み通りブラックホールの引力に引かれ、巨大な〈精霊喰いエレメントイーター〉の身体が浮かび上がる。

 

「姉さん! もう、無理! 障壁ごと吸い寄せられそう!」

「もう少し耐えて! 私もサポートするから」


 イスリアの展開した風の障壁に、光の防護壁を上乗せするエミリア。

 モンスターだけでなく建物や周囲の木々まで、無差別にブラックホールへと吸い込まれていく。その後を追うように〈精霊喰いエテメントイーター〉の身体が次元の穴へと吸い寄せられるが――


「な――まさか、ブラックホールの魔力を――」


 急に吸い寄せる勢いが弱まり、ブラックホールが消滅する。そのことから完全に身体が吸い込まれる前に、ブラックホールを形成する魔力を〈精霊喰いエレメントイーター〉が吸収したのだとシキは察する。

 ブラックホールが消滅したことで地面に落下する〈精霊喰いエレメントイーター〉だが、シキの方も無事では済まなかった。急に空間が閉じた反動で吸い寄せられた風が行き場を失い、突風となってシキに襲い掛かったのだ。


「くッ――」


 風圧で地面に叩き付けられるシキ。

 それを目にしたエミリアとイスリアは障壁を解除し、シキのもとへと走る。


「シキさん! 待っててください。すぐに回復薬を――」


 陥没した地面の上で横たわるシキを見て、慌ててマジックバッグから薬を取り出そうとするエミリア。

 しかし、シキはゆっくりと身体を起こし――


「〈精霊喰いエレメントイーター〉の排除には失敗しましたが、他のモンスターは完全に排除できたようですね。いまなら逃げられます。お二人は逃げてください」


 周囲の状況を確認して、いまが逃げるチャンスだと二人に促す。

 そう言えばと、周囲を見渡すエミリアとイスリア。

 シキの言うとおり、あれだけいた虫型のモンスターはすべて姿を消していた。

 恐らくはブラックホールに吸い込まれたのだろう。


「シキさんは、どうするつもりですか?」

「私はもう少し時間を稼いでみます。安心してください。私には影の転移魔法がありますから、いつでも逃げられます。お二人は今のうちに早く……」


 時間をかければ、またモンスターを召喚される可能性がある。

 そうなったら今度こそ終わりだ。

 逃げるチャンスが今しかないというのは、エミリアも分かっていた。

 しかし、シキを置いて行くことを躊躇うエミリア。


「イスリア?」

「逃げるよ。姉さん」


 そんななかイスリアはエミリアの手を強引に取り、風の魔法で一気に加速する。

 一度は覚悟を決めて共闘したが、あれはそうするのが一番生き残る可能性が高いと考えたからだ。

 逃げられるチャンスがあるのなら迷ったりしない。

 シキには悪いと思うが、イスリアにとって最優先はエミリアだからだ。


「待って、イスリア! このままじゃ、シキさんが!」

「いまは自分が助かることだけ考えて。彼女には悪いけど、私は姉さんの方が大事」


 姉を想うイスリアの言葉に、なにも言えなくなるエミリア。

 一度も振り返ることなく、イスリアは全速力で戦場から離脱するのだった。



  ◆



「二人にはああ言いましたが、もう転移するほどの魔力は残っていないようですね……」


 ブラックホールに魔力の大半を持って行かれ、既に転移を発動するほどの魔力はシキの身体に残されていなかった。

 それでも逃げる訳にはいかないと気力をふり絞る。

 そんな時だ。マジックバッグと思しき小さな鞄が目に入ったのは――


「……これはエミリア様の?」


 慌てていたのだろう。

 バッグの周りには、回復薬の入った瓶や魔導書と思しき物が散らばっていた。

 

「生きて帰れたら、御礼を言わないといけませんね……」


 地面に転がった回復薬の瓶を取り、一気に飲み干すシキ。

 これで、まだ戦える。もう少し時間を稼ぐことが出来ればと――

 再び闘志を燃やし、〈精霊喰いエレメントイーター〉を睨み付ける。


「もう少し、付き合ってもらいます。シイナ様とアルカ様が到着されるまで……」


 時間を稼ぐため、シキは〈精霊喰いエレメントイーター〉との距離を詰める。

 しかし、


「え――」


 シキが攻撃を仕掛けるよりも先に〈精霊喰いエレメントイーター〉の巨大な身体が宙を舞った。


「まさか、セレスティア様!?」


 一瞬のことだったが舞い上がる土煙のなかに、シキはセレスティアの姿を捉える。

 だが、様子がおかしかった。

 いつものセレスティアなら満身創痍のシキを見て、なんの反応も示さないなんてことはない。だからと言って、シキの存在に気付いていないとは思えなかった。

 先に行くようにと指示をだしたのは、セレスティア自身だからだ。

 だとすれば――


「まさか……封印を解かれたのですか!?」


 黄金の輝きを纏ったセレスティアを見て、星霊の力を解き放ったのだとシキは気付く。

 原初を司る魔力の根源にして、星霊力――またはアストラルエネルギーとも呼称される神の力だ。

 精霊を捕食し、魔力を糧とする〈精霊喰いエテメントイーター〉でも神の力までは吸収できない。

 即ち――


「――ッ! なんて破壊力なの……これが、セレスティア様の力……」


 セレスティアが拳を振るっただけで大地が割れ、暴風が吹き荒れる。

 どんな攻撃も通用しなかった〈精霊喰いエレメントイーター〉が為す術なく、たった一人の人間に蹂躙されていた。

 いや、人ではない。神が降臨したのだと、シキは考える。

 世界樹の敵を、星を害する存在を抹消する殺戮人形キリングドール

 それが、いまのセレスティアであった。

 しかし、


「このままだとセレスティア様が……」


 シキは知っていた。

 巫女姫が星霊の力を解放すると言うことが、どういうことを意味するのかを――

 このままではセレスティアの肉体は限界を超え、死を迎えることになる。星霊力を扱えることが〈巫女姫〉に求められる適性ではあるが、その力に人間の器が耐えきれないからだ。

 だから普段は自らに封印を施すことで星霊の力を抑え込んでいた。その状態でさえ、人間では逆立ちしても太刀打ちできないほどの力を有するため、星霊の力を解き放つ必要がなかったためだ。

 だが、世界樹に危機が迫ったことでセレスティアは自らに課した封印を解いた。魔力を糧とする〈精霊喰いエレメントイーター〉を確実に倒すには、星霊の力を使う必要があったからだ。

 しかし、


「どうしてなのですか、セレスティア様……。アルカ様やシイナ様に頼れば……」

 

 セレスティアが星霊の力を使わずとも、アルカや椎名であれば〈精霊喰いエレメントイーター〉を倒すことが出来たはずだ。二人が到着するまで時間を稼げば、セレスティアが犠牲になる必要はない。だからシキは残ったのだ。

 セレスティアに力を使わせないために――

 なのにどうしてと、戸惑いを見せるシキ。そんななか――


「呼んだか?」


 背後から見知った声がする。

 もしかしてと期待に満ちた顔でシキが振り返ると、そこには――


「どうかしたのか? 随分と驚いているみたいだけど……」


 セレスティアと同じ光・・・を纏った椎名の姿があった。

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